表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
59/119

第058話:視覚の矛盾と、白い爆弾

六月の蒸し暑い土曜日。

土壁に囲まれた蔵の薄暗い空間に、俺が持ち込んだノートパソコンの青白い光が浮かび上がっていた。


俺は、ノートPCのドライブに一枚の真っ白なCD-Rを押し込む。

ウィィィンとドライブが回転する音を、薫たち三人と智ちゃん、そして映画部の尾田が息を殺して見守った。


「……エンコード、終わりましたよ」


俺の声には、数日間の徹夜の疲労が滲んでいた。

尾田から受け取った編集済みの映像データを、自宅のXP機を二日二晩唸らせてDivX形式に圧縮し、ようやく一枚のディスクに定着させたのだ。

尾田は「僕が編集した映像が、本当にこれ一枚の高画質データに収まったのか……?」と半信半疑の顔をしている。


俺はマウスをクリックし、動画再生ソフトを立ち上げた。


画面に映し出されたのは、雲一つない青空と、瑠璃光寺の五重塔。

その手前で、制服姿の井川京子が、尾田の執念によってスタイリッシュで最高に可愛らしくスクリーンに収まっている。


次の瞬間、PCに繋いだ外部スピーカーから、空気を叩き割るような爆音が放たれた。


――ジャ、ガガッ、ギャァァァァァァン!!


蔵の空気が、真空管アンプの焼け焦げるようなディストーションで震える。

だが、画面の中で薫と勝が抱えているのは、電源すら繋がっていないアコースティックギターだ。

博士が跨り、力任せに殴りつけているのは俺が作った木の茶箱。俺は首から下だけがフレームに収まり、安っぽいシンセサイザーの鍵盤を指で叩き潰している。


映像は「静」のアンプラグド。

手前には可憐な女子高生。しかし、そこから流れてくるのは、限界まで歪みきった『Revolution』の凶悪な重低音。


視覚と聴覚の決定的な矛盾。

脳が処理を拒否するような圧倒的な違和感が、逆に画面から目を離せなくさせる強烈な引力を生み出している。

可愛い京子の後ろで狂ったように楽器を振り回す、顔のないシルエットたち。

だが、曲の最も激しい部分で一瞬だけ、荒い編集と共に薫、勝、博士の獰猛な笑顔がフラッシュのように差し込まれた。


ジャーン、という不協和音の余韻と共に、動画が終わる。

蔵の中には、PCの冷却ファンの音だけが残された。


「……すっげえ」


沈黙を破ったのは、勝の掠れた声だった。


「なんだよこれ。俺たち、こんなにヤバく映ってんのかよ」

「最高じゃねえか!」


薫が立ち上がり、拳を握りしめた。


「音だけ聴くより、何倍もえげつねえ。あんなすました顔の国宝の前で、俺たちの爆音が鳴ってるんだぜ!」


博士も興奮しきった顔で、太ももをバシバシと叩いている。

智ちゃんは、画面を見つめたまま小さく身震いしていた。


尾田が、ひきつったような顔で俺を見た。


「音と映像が、まったく噛み合っていない……。それなのに、最後まで目が離せなかった。僕が編集した映像が、君のエンコードと音響でこんなバケモノみたいな作品になるなんて……。君たち、本当に何を作ろうとしてるんだ……?」

「退屈な世界への、新しい挨拶ですよ」


俺はPCのドライブを開け、熱を持った白いCD-Rを取り出した。


「お疲れ様です、尾田さん。完璧な仕事だ。……先輩たち。これを山高の退屈な連中のパソコンへ、異物として紛れ込ませる準備を始めましょうか」


俺が白いディスクを掲げると、薫たちが獰猛な笑みを浮かべて頷いた。

視覚と聴覚の両方からこの世界の秩序を打ち壊す、新しい爆弾が完成した瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
更新が楽しみでしょうがないです!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ