第058話:視覚の矛盾と、白い爆弾
六月の蒸し暑い土曜日。
土壁に囲まれた蔵の薄暗い空間に、俺が持ち込んだノートパソコンの青白い光が浮かび上がっていた。
俺は、ノートPCのドライブに一枚の真っ白なCD-Rを押し込む。
ウィィィンとドライブが回転する音を、薫たち三人と智ちゃん、そして映画部の尾田が息を殺して見守った。
「……エンコード、終わりましたよ」
俺の声には、数日間の徹夜の疲労が滲んでいた。
尾田から受け取った編集済みの映像データを、自宅のXP機を二日二晩唸らせてDivX形式に圧縮し、ようやく一枚のディスクに定着させたのだ。
尾田は「僕が編集した映像が、本当にこれ一枚の高画質データに収まったのか……?」と半信半疑の顔をしている。
俺はマウスをクリックし、動画再生ソフトを立ち上げた。
画面に映し出されたのは、雲一つない青空と、瑠璃光寺の五重塔。
その手前で、制服姿の井川京子が、尾田の執念によってスタイリッシュで最高に可愛らしくスクリーンに収まっている。
次の瞬間、PCに繋いだ外部スピーカーから、空気を叩き割るような爆音が放たれた。
――ジャ、ガガッ、ギャァァァァァァン!!
蔵の空気が、真空管アンプの焼け焦げるようなディストーションで震える。
だが、画面の中で薫と勝が抱えているのは、電源すら繋がっていないアコースティックギターだ。
博士が跨り、力任せに殴りつけているのは俺が作った木の茶箱。俺は首から下だけがフレームに収まり、安っぽいシンセサイザーの鍵盤を指で叩き潰している。
映像は「静」のアンプラグド。
手前には可憐な女子高生。しかし、そこから流れてくるのは、限界まで歪みきった『Revolution』の凶悪な重低音。
視覚と聴覚の決定的な矛盾。
脳が処理を拒否するような圧倒的な違和感が、逆に画面から目を離せなくさせる強烈な引力を生み出している。
可愛い京子の後ろで狂ったように楽器を振り回す、顔のないシルエットたち。
だが、曲の最も激しい部分で一瞬だけ、荒い編集と共に薫、勝、博士の獰猛な笑顔がフラッシュのように差し込まれた。
ジャーン、という不協和音の余韻と共に、動画が終わる。
蔵の中には、PCの冷却ファンの音だけが残された。
「……すっげえ」
沈黙を破ったのは、勝の掠れた声だった。
「なんだよこれ。俺たち、こんなにヤバく映ってんのかよ」
「最高じゃねえか!」
薫が立ち上がり、拳を握りしめた。
「音だけ聴くより、何倍もえげつねえ。あんなすました顔の国宝の前で、俺たちの爆音が鳴ってるんだぜ!」
博士も興奮しきった顔で、太ももをバシバシと叩いている。
智ちゃんは、画面を見つめたまま小さく身震いしていた。
尾田が、ひきつったような顔で俺を見た。
「音と映像が、まったく噛み合っていない……。それなのに、最後まで目が離せなかった。僕が編集した映像が、君のエンコードと音響でこんなバケモノみたいな作品になるなんて……。君たち、本当に何を作ろうとしてるんだ……?」
「退屈な世界への、新しい挨拶ですよ」
俺はPCのドライブを開け、熱を持った白いCD-Rを取り出した。
「お疲れ様です、尾田さん。完璧な仕事だ。……先輩たち。これを山高の退屈な連中のパソコンへ、異物として紛れ込ませる準備を始めましょうか」
俺が白いディスクを掲げると、薫たちが獰猛な笑みを浮かべて頷いた。
視覚と聴覚の両方からこの世界の秩序を打ち壊す、新しい爆弾が完成した瞬間だった。




