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第056話:木箱のビートと泥臭い叫び

六月。


放課後の旧校舎の裏手で、俺は一人、汗を拭いながらノコギリを引いていた。


技術室の木工旋盤を無断で借りようとしたが、教師の目があって断念した。

仕方なく、手引きのノコギリで三ミリ厚のシナ合板を切り出している。


「……微妙に曲がってるね」


背後から唐突に声がして、俺は手を止めた。


振り返ると、音楽部(合唱部)の摩耶が屈み込み、切りかけの合板を覗き込んでいた。


「……お前、あの映像ビデオに出るのかよ」


「私? 出るわけないじゃん。顔バレしたら先生に怒られちゃう」


摩耶はくすくす笑いながら、俺の手元を不思議そうに見つめた。


「でも、なんでアキラくんがやってるの? 博士先輩が叩くものなら、先輩に作らせればいいのに」


「設計図を渡しても、彼には作れませんよ」


俺は再びノコギリを引き始めながら答えた。


「いや、図面通りに木の箱を組み上げることはできるかもしれない。だが、構造と音の鳴る理屈が分かっていないと、ただのゴミ箱にしかならないんです」


傍らには、博士の実家の蔵から運ばせた古い「木製の茶箱」が転がっている。


昔ながらの杉板で作られたその箱は、人が座って叩くのに十分な強度があり、乾燥にも強い。

内側に貼られていた防湿用のトタン板は木の響きを殺すため、俺がすでにバールで引っぺがしておいた。


俺は切り出したシナ合板の端材を、茶箱の前面に当てて寸法を確認する。


「……よし」


俺は技術室からくすねてきた木ネジを取り出し、合板を茶箱に固定し始めた。

だが、四隅をぴったりと塞ぐわけではない。


上部の角のネジをあえて数ミリ浮かせ、合板と茶箱の間にわずかな隙間を作る。


「ねえ、そこ隙間空いてるよ? 失敗?」


摩耶が指摘するが、俺は鼻で笑った。


「これが『スネア』の音になるんです。ここを叩いた時、板が本体に打ち付けられてパチッという破裂音(スラップ音)が鳴る」


俺は茶箱を裏返し、内部に手を突っ込んだ。


仕込むのは、四月に旧校舎でプレシジョンベースを修理した際、取り外して捨てた茶色く錆びついた古いベース弦だ。


技術室のボルトとナットで作った自作のテンション調整具を使い、打面となる合板の裏側に、ベース弦が軽く触れるように張っていく。

これで、叩くたびに弦が震え、ドラムのスナッピーのような「ジャラッ」という高音(バズ音)が加わる。


仕上げに、蔵に転がっていた厚手のお茶の紙袋を丸め、箱の底に敷き詰めた。

余計な残響を吸い取らせ、バスドラムのようなタイトで重い低音を作るためのミュート(吸音材)だ。


「……完成だ」


俺は茶箱――手製のカホンの上に跨るように座り、両手で打面の中心と縁を交互に叩いた。


ドンッ、パシッ、ジャラッ。


旧校舎の裏手に、乾いた、しかし確かな重量感を持ったバックビートが響き渡った。

ただのゴミの寄せ集めが、明確な殺意を持った「楽器」へと変貌した瞬間だ。


「……すごい。本当にドラムの音がする」


摩耶が目を丸くして呟いた。


電気アンプがなくても、音は作れるんです」


俺は木箱を叩きながら、冷たく笑った。


国宝の五重塔の前で、この無骨な木の箱がビートルズのビートを刻む。

その異物感が映像に収められたとき、退屈な世界へのハッキングは次の段階へと進む。

申し訳ありません、ボツ案があがっていましたので修正投稿しました。 後日再度修正いたします。

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