第055話:顔のない偶像と、アンプラグドな武器
映像の撮影と現場の仕切りは、薫たちと映画部の尾田に任せることにした。
五月下旬。中間考査が終わった中学校で、俺は一人だった。旧校舎の備品倉庫にあった拠点はもうない。俺は帰宅部になり、放課後はさっさと家へ帰って時間を潰すだけの中学生に戻っていた。
四人が卒業式のステージで暴動を起こして以来、『ブラック・アルバム』の正体の一部が俺たちだという事実は広まりつつあった。さらに、山高の軽音部で薫たちがいきなりフルテンのアンプを鳴らす騒ぎを起こしたことで、山高内では完全に「伝説のバンドの正体が一年生にいる」と特定されていた。
だが、その噂はまだ他校にまでは広まっていない。山高は真面目な進学校ゆえに、生徒たちが携帯電話でこっそり写真を撮って面白半分に出回らせるような、盗撮の文化もなかった。
ネットの匿名掲示板にも、「例の黒いCDの作成者は、山口市の某進学校の一年だ」という書き込みが散見されるようになったが、顔写真がないため、決定的な身バレには至っていない。
さらに言えば、俺が一足先に海の向こうのサイト(YouTube)へ投下した四つの動画も、シルエットしか映していない上、そもそもあのサイトの存在自体がまだ世間に認知されていないため、誰にも気付かれず静かに眠ったままだ。
(……いいご身分ですね、先輩たち。大いにモテてください)
俺は自室のデスクで教科書をめくりながら、一人静かに毒づいた。
週末。分厚い土壁の蔵に、久しぶりに五人が集まっていた。
「テストも終わったしよ。そろそろ外でロケを行おうと思うんだ」
薫が上機嫌で口を開いた。尾田が回すカメラの前で、俺たちが演奏の当て振りをするシーンの相談だ。
ギターとベースは軽い。俺のキーボードも、弾くフリだけなら安いシンセサイザーを担いでいけばどうにでもなる。問題はドラムだ。
「タンバリンで代用か?」
勝が茶化して笑うと、博士が不満げに口を尖らせた。
「あほか! 俺だけ楽器なしで突っ立ってんのかよ。絶対にやだね」
「じゃあ、ドラム缶でも叩くか」
「だから、どこにドラム缶があるんだよ!」
漫才のようなやり取りを眺めながら、俺は小さく息を吐いて口を挟んだ。
「……そうですね。カホンって楽器、知ってますか」
「カホン?」
「ペルーの打楽器です。ただの四角い木の箱なんですが、中に響き線が張ってあって、叩く位置でバスドラムとスネアに近い音を鳴らせる。なにより、人が座れるくらいコンパクトです」
「なんだそりゃ。そんな珍しいもん、この辺の楽器屋で手に入るのかよ」
勝が首を傾げる。二〇〇五年の日本の地方都市で、そんなマイナーな打楽器が売っているわけがない。
「日本ではまだ難しいでしょうね。……ですが、ネットで作り方が上がっていたような気がします。俺が調べておきますよ」
俺はしれっと嘘をついた。スタジオの現場で、パーカッション奏者が持ち込んでいたその構造は嫌というほど見ている。ホームセンターでベニヤ板と響き線を調達すれば、半日もあれば自作できる代物だ。
「木の箱でドラムの音か……面白えじゃねえか。頼んだぞ、アキラ」
薫が獰猛な笑みを浮かべた。
国宝である瑠璃光寺の五重塔の前で、アンプラグドな楽器を抱えた顔のないシルエットたちが、ノイズまみれの音楽を奏でる。その圧倒的な違和感を描き出すための、新しい武器の準備が始まろうとしていた。




