第053話:空白のチャンネルと、白い設計図
深夜のリビング。青白いモニターの光を浴びながら、俺は冷めたコーヒーを飲み込んだ。
画面には、立ち上がったばかりの海外サイト『YouTube』が表示されている。
俺が数日前にアップロードした四つのシルエット動画は、まだ海の向こうのサーバーで静かに眠っている。
だが、俺の意識は再生数のカウンターではなく、別の「違和感」に向けられていた。
この数日、俺はネットの海を漁り、海外の音楽サイトや掲示板を巡回していた。
そこで気付いたのだ。プロのアーティストが作った「音楽映像作品」が、どこにも存在しないことに。
週末。分厚い土壁に囲まれた蔵の中で、俺はベースのチューニングをしながら三人に尋ねた。
「……先輩たち。MTVって知ってますか」
「エムティーブイ? なんだそりゃ。新しいテレビの局か?」
薫がストラトキャスターの弦を弾きながら、怪訝な顔をする。
「音楽専門のチャンネルです。アーティストが自分たちの曲に合わせて、ストーリー仕立ての映像や、派手なパフォーマンスを映像化して流す番組なんですが」
「はあ? 音楽にわざわざ映像をつける? なんでそんな面倒なことすんだよ」
勝が鼻で笑った。博士も首を傾げている。
智ちゃんに至っては、「歌番組や演奏会の中継ならテレビでやってるけど……曲に合わせてお芝居をするの?」と不思議そうだ。
俺は小さく息を吐いた。
今まで気付かなかった。この世界の退屈なポップスに俺自身が一切興味を持っていなかったからだ。
この世界の住人にとって、音楽とは「耳で鑑賞する美しい調和」に過ぎない。
だから、音楽を視覚的に演出し、過激な映像やメッセージと融合させるという「ミュージックビデオ(MV)」の概念そのものが、発達しなかったのだ。
ということは。
(俺が一足先にあの空箱へ撃ち込んだ映像が、この世界におけるミュージックビデオの幕開けになるのか)
「……アキラ。何かまた、良からぬことを考えてる顔だぞ」
薫がニヤリと笑う。
「ええ。せっかくなら、その幕開けを確実なものにしようと思いまして」
俺は傍らに置いたカバンから、一束の無地のCD-Rを取り出した。
「山高には、映画部や放送部があるはずです。機材と編集技術を持て余している退屈そうなオタクを一人、この蔵へ連れてきてください」
「連れてくるって、拉致でもしろってのか?」
薫が呆れたように言うと、俺は鼻で笑った。
「先輩の追っかけになった軽音部の女子たちを使えば簡単でしょう。『ちょっと機材のことで教えてほしいことがあるの』とでも言わせれば、尻尾を振ってついてきますよ。……まあ、ちょっとした美人局ですね」
「……お前、中三のくせに本当にえぐいこと考えやがるな」
博士がドン引きしつつも、面白そうにニヤリと笑う。
「シルエットだけのゲリラ動画は終わりです。俺たちの音を視覚から脳に叩き込むための、本格的な映像作品を撮ります」
俺は無地のCD-Rを一枚、テーブルの中央に放り投げた。
「去年ばら撒いた真っ黒なディスクの次は、真っ白なディスクです」
「……ホワイト・アルバムか。上等だぜ。次はどんなヤバい音を仕掛けるんだ?」
勝が、ギターのネックを撫でながら好戦的に呟く。
「ただの音楽CDじゃありません。DivXという規格で映像データを圧縮し、この七百メガのディスクにねじ込みます。つまり次のホワイト・アルバムは、普通のステレオデッキでは再生できない。パソコンのドライブに突っ込んで初めて、俺たちの爆音と映像が飛び出してくる『ミュージックビデオ集』になるんです」
薫が獰猛な笑みを浮かべ、アンプのボリュームノブに手を伸ばした。
「目と耳の両方から、この退屈な世界をハックするってわけだな。面白え。山高のオタク共なんて、俺たちがすぐに釣り上げてきてやるよ」
俺たちは互いに顔を見合わせ、蔵の空気を震わせる重低音を響かせた。
視覚と聴覚、その両方からこの退屈な世界を壊すための、新しい準備が始まろうとしていた。




