【閑話】無自覚な看板たちと、呆れ顔のベーシスト
「キャーッ! 橘くん、今のフレーズすっごくかっこいい!」
「斎藤くん、ちょっとこっち向いて! ああっ、伏し目がちなの最高……!」
「梶井くんのドラム叩いてる笑顔、ほんと反則だよね〜」
放課後の山口高等学校、軽音部室。
部屋の隅でベースの弦を拭きながら、私、芦田智子は深大なため息をついていた。
部室の入り口には、二年生や三年生の先輩女子たちが群がり、熱を帯びた瞳で室内を見つめている。彼女たちの視線の先には、まんざらでもない顔で楽器を構える薫くん、勝くん、博士先輩の三人組がいた。
(……アキラくんに、「高校の部室では行儀よく潜伏しろ」って言われてたのに)
山高に入学した初日。薫くんはアキラくんの言いつけをあっさりと破り、部室のアンプをフルテン(最大音量)にして『センコー』の爆音をぶっ放した。
絶対にしこたま怒られる。そう思って身構えた私だったが、結果は真逆だった。圧倒的な音圧に言葉を失った先輩たちは、やがて彼らがネットの裏で噂になっている『ブラック・アルバム』の正体だと気づき、瞬く間に熱狂的なファン(追っかけ)へと変貌してしまったのだ。
無理もない。悔しいけれど、普段の彼らを知っている私から見ても、楽器を持った時のこの三人には、同年代の女子の頭をバグらせるような妙な『華』がある。
薫くんは、普段は三白眼で目つきが悪く、近寄りがたい不良そのものだ。けれど、一度マイクスタンドを握ってシャウトし始めると、汗に濡れた前髪の隙間から覗く鋭い目に、危うくて暴力的な色気が宿る。
勝くんは、無愛想で口数が少ない。でも、職人のように伏し目がちでテレキャスターを弾きこなすその横顔は、涼しげでひどく大人っぽく見えるらしい。(先輩女子たちからは「クール系イケメン」と呼ばれている)。
そして博士先輩は、普段はお調子者でバカなことばかり言っているけれど、ドラムを叩いている時の心の底から楽しそうな無邪気な笑顔が、年上の女子たちの母性本能を容赦なくくすぐっている。
「……ねえ、橘くん。放課後、駅前のカフェに行かない? 音楽の話、もっと聞かせてほしいな」
特に薫くんへのアプローチは凄まじく、校内でも美人だと有名な二年生の先輩が、少し上目遣いで甘い声をかけていた。
「えっ? あ、いや……今日はちょっと、その……俺たち、練習が……」
ステージの上ではあんなに獰猛に大人を睨みつけていた薫くんだが、いざ至近距離で年上の女子に迫られると、耳まで真っ赤にしてドギマギと視線を泳がせている。勝くんも博士先輩も、助け舟を出すどころか同じように顔を赤くして固まっていた。
(……ほんっと、ただのバカ男子なんだから)
私は呆れて、もう一度ため息をついた。
音楽の魔法が解ければ、彼らはただの女の子に免疫のない、中学生の抜け殻みたいな野郎どもだ。
だけど、ふとアキラくんの顔が頭をよぎった。
彼らが無自覚に放っている、この強烈な視覚的な魅力。それすらも、あの冷徹な年下のプロデューサーは、初めから計算していたのだろうか。
彼らのルックスを、退屈な進学校の女子たちを自分たちの音楽へ引きずり込むための、強烈な『看板』として。
「……智ちゃん、なに怖い顔してんだ?」
ようやく先輩女子の包囲網から解放された勝くんが、不思議そうにこちらを覗き込んできた。
「なんでもない。……ほら、早く片付けないと、土日の練習でまたアキラくんに怒られるよ」
私はプイッとそっぽを向き、ベースをケースにしまった。
彼らが本物の『伝説』になるまで、私はこの騒がしい男たちの隣で、重低音を支え続けるしかないのだ。




