第049話:アジトの移転と、土壁の蔵
三月下旬の春休み。
俺たちは旧校舎の備品倉庫から、アンプやドラムセットといった機材一式を運び出していた。
卒業式の暴動を経て、薫たち四人は無事に中学校という大人の檻から放たれた。だが、彼らが卒業したことで、この「幽霊部員たちの秘密基地」を維持し続ける口実は完全に消滅したのだ。
機材をリアカーに積み終え、自動販売機の前で一息ついていると、薫が鋭い目で俺を睨んだ。
「おい、アキラ。お前、卒業式のあとの職員室で、あの騒ぎを全部俺のせいにしたらしいじゃねえか。いい加減にしろよ」
麻耶あたりから情報が漏れたのだろう。薫は機嫌悪そうに首の骨を鳴らした。
俺は缶のコーラを一口飲み、平然と肩をすくめた。
「仕方ないじゃないですか。俺はまだあと一年、この学校に残らなきゃいけない。俺の内申点が下がって、来年山口高等学校に行けなくなったら、先輩たちも困るでしょう?」
「……チッ、相変わらず口の減らねえ野郎だ」
薫は舌打ちしたが、それ以上は追及してこなかった。俺が彼らと同じ「防波堤(山高)」の内側に入ることが、バンドの絶対条件であることを理解しているからだ。
「ところで、今後の活動ですがどうします?」
俺は空になった缶をゴミ箱に放り込み、話題を切り替えた。
「山高は、全員が必ず何かの部活に入らなければならない規則だと聞いています。先輩たちは、軽音部に入りますか?」
「他に選択肢はねえよな」
薫の言葉に、勝と博士、そして智ちゃんも深く頷いた。
「俺はまだ中学生ですから、平日は一緒に練習できません。今後しばらくは、俺が書いたスコアを先輩たちに高校の軽音部で練習してもらい、土日にどこかで合わせることにしましょうか」
「それはいいが、合わせる場所がないぞ」
勝が、リアカーに積まれたアンプを指差して言った。
「高校の部室で土日に勝手なマネをすれば、すぐに目をつけられる。かといって、スタジオを借りる金もねえしな」
少しの沈黙。その時、博士がポンと手を打った。
「……実はな。うちの店の奥に、使ってない蔵があるんだが」
「蔵?」
「ああ。中を整理したら、練習するスペースが作れそうなんだよ。商品は置いてなくて、古い茶筒なんかが転がってるだけだ。ただ、高い茶器もいくつかあるから、気をつける必要はあるけどな」
俺は少し考えて、頷いた。
「悪くないですね。土壁なら天然の防音材になります。昼間なら、アンプの音もある程度ごまかせるはずです」
博士の言葉に、勝が目を丸くした。
「お前んち、蔵があんの? すげー、金持ちじゃん」
「ばか、俺が金持ちに見えるかよ! うちの茶屋がただ古いだけだ」
顔を真っ赤にして否定する博士を尻目に、薫がニヤリと笑った。
「上等だ。じゃあ、春休みの間に片付けとけよ、博士」
「ばか、俺一人にやらせる気か! お前らも手伝うんだよ!」
博士が抗議すると、勝が立ち上がって首を鳴らした。
「善は急げだ。明日からやろうぜ。明日、だめな奴いるか?」
俺と薫は無言で頷き、智ちゃんも「私も手伝うよ」と手を挙げた。
大人の目を盗むための、次なる秘密基地。
俺たちの音楽史への反逆は、埃まみれの茶屋の蔵から、新たな段階へと進もうとしていた。




