第048話:模範解答の供述
職員室の古びた引き戸をガラリと開けた瞬間、タバコのヤニとインスタントコーヒーが混ざった重苦しい空気が、一斉に俺の方へ向かってきた。
奥の応接スペースには、腕を組んだ学年主任と数人の教師が待ち構えていた。彼らの顔は、卒業式の余韻などなく、明確な怒りと苛立ちを浮かべている。
「……二条。あの真似は一体何だ!」
学年主任が、机を強く叩いて怒鳴りつけた。
「お前がただ脅されて操作していただけだなんて、誰も信じていないぞ。あの機材を、脅された人間があんなに完璧なタイミングで操作できるわけがないだろう!」
周囲の教師たちも、厳しい目でこちらを睨みつけている。
俺は表情を一切崩さず、学年主任の目を静かに見返した。
「……途中で音を消すことはできたかもしれません。でも、もしそうすれば、橘先輩たちが激高して機材を壊したり、もっと大きな騒ぎになっていたと思います。だから、被害を抑えるために最後まで指示に従うしかありませんでした」
「詭弁を弄するな! お前が裏で糸を引いていたんだろう!」
学年主任の怒声に対し、俺は声のトーンをわずかに落とし、淡々と事実を並べた。
「……先生。橘先輩たちは、すでに山口高等学校に合格しています」
「……何が言いたい」
「もしここで僕が自発的に協力したと認めれば、在校生の問題として処理しなければならなくなり、単なる卒業生の悪ふざけでは済まなくなります。先生方は、せっかく進学校に受かった彼らの合格を取り消すような、大きな問題として上へ報告しなければならなくなりますよね」
学年主任の顔から、スッと怒気の赤みが引いた。
進学実績は学校の評価そのものだ。卒業式の日に起きた不祥事を大事件として処理すれば、確実に関係した教師たちの管理責任が問われる。
俺は、あくまで丁寧な、中学生としての言葉遣いで提案した。
「僕はただ、先輩たちに凄まれて、仕方なく機材を操作していただけです。……そう処理していただくのが、学校にとっても一番波風が立たないのではないでしょうか」
職員室に、重苦しい静寂が落ちた。
学年主任は手元の調書を強く握りしめている。俺の提示した理屈が、彼ら大人の事なかれ主義にとって一番都合が良いことに気づいたのだろう。
「……今日はもう帰りなさい。後日、反省文を書いて提出するように」
数分の沈黙の後、学年主任は疲労しきった声でそれだけを絞り出した。
「はい。ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
俺は深く頭を下げ、職員室の出口へと向かった。
*
戸を閉め、誰もいない廊下に出た瞬間、小さく息を吐き出す。
教師たちは俺の嘘を見抜いている。だが、自分たちの保身のために、その嘘を飲み込むしかない。俺が橘を裏切ったのではなく、事態を穏便に収束させるために、すでに卒業した彼らを理由に使わせてもらっただけだ。
静まり返った春の校舎を歩きながら、俺はネクタイを少し緩めた。
面倒な事後処理はこれで終わった。あとは、次の準備を淡々と進めるだけだ。




