第046話:卒業式のステージと、本当の答辞
三月。
山口市立第一中学校の体育館は、卒業式特有の厳粛で、少し鼻につくような感傷に包まれていた。
式典後の「三年生を送る会」。
体育館のステージには、薫、勝、博士、そして智ちゃんの四人が立っている。
今回、俺はステージに上がらない。俺はまだ二年生であり、あくまでこれは「卒業生たち」のステージだからだ。
俺は体育館の隅、PA機材の前に陣取り、静かにマスターボリュームのフェーダーに指をかけていた。
数日前、薫は学年主任に「卒業の記念に、バンドで三曲だけ演奏させてほしい」と直接交渉した。
一年前なら「不良の騒音など言語道断」と一蹴されていただろう。だが、彼らは今や県内トップの進学校である山口高等学校へ見事合格を果たした生徒だ。
加えて、一昨年の文化祭で披露した、教師たちを涙ぐませるほどの「行儀の良い演奏」という実績もある。教師たちはすんなりと許可を出した。一年間の沈黙と引き換えに手に入れた信用の威力は絶大だった。
ステージ上で、薫がマイクを握る。
一曲目は『The Long and Winding Road』。
一昨年の文化祭と同様、極限まで歪みを抑えたクリーントーンと、智ちゃんの弾く静謐な鍵盤の音が体育館を満たす。
薫の囁くような歌声に、パイプ椅子に座った在校生たちや保護者、教師たちはうっとりと聴き入り、満足げに頷いていた。
誰もが、この感動的な余韻のまま彼らがステージを降りるものだと信じきっていた。
だが、最後の和音が消え、教師たちが安心しきった拍手を送り始めた瞬間。
俺はPAのマスターボリュームを限界まで押し上げた。
ワン、ツー、スリー、フォー。
博士のカウントが、体育館の静寂を鋭く叩き割った。
勝がエフェクターを踏み込み、一年間のフラストレーションを限界まで溜め込んだディストーションの轟音が、音の壁となって放たれる。
二曲目、『センコー(仮)』。
「センコー!! いい加減にしろォォッ!!」
薫がマイクスタンドを蹴り倒さんばかりの勢いで、喉を裂くようなシャウトを叩きつけた。
美しいバラードを期待していた大人たちの顔から、一瞬で血の気が引く。
一年前、旧校舎で産声を上げたあの不満の塊が、重厚なバックビートに乗って全校生徒の頭上から降り注ぐ。
一年間、進学という目標のために息を潜めて机に向かい続けた彼らなりの、これが本当の「答辞」だ。
「……なんだこれは! 演奏を止めなさい!」
教師たちが慌てて立ち上がるが、遅かった。
体育館の空気を支配したのは、大人たちの怒声ではない。パイプ椅子を蹴り倒し、立ち上がった生徒たちの歓声だった。
退屈な日々に飽き飽きしていた生徒たちが、自分たちの抱える苛立ちを代弁するような爆音に突き動かされ、次々とステージの前へ押し寄せていく。
そして演奏は止まらない。間髪入れず、三曲目の『Twist and Shout』のイントロが炸裂した。
薫が残された声のすべてを振り絞るようにリードボーカルを叫び、勝と博士、そして智ちゃんがマイクに向かって呼応するように分厚いコーラスを重ねる。
ルート音を刻み続けるベースと、ドライブ感に満ちたドラムのビート。理屈抜きの圧倒的な熱量が、体育館を完全なライブ空間へと塗り替えていく。
曲の終盤、バンド全員で和音を重ねながら徐々にコーラスの音程を上げていき、限界まで張り詰めた頂点で一斉にシャウトし、再び激しいリフへと雪崩れ込む。
「電源を落とせ! そこの生徒、退きなさい!」
数人の教師がステージへ向かおうと突進するが、最前列に陣取った麻耶たちをはじめとする生徒の群れが、もみくちゃになりながらスクラムを組むようにしてそれを物理的にブロックした。
怒号と歓声が入り交じる中、生徒の壁に阻まれた教師たちはステージに指一本触れることができない。
もう誰にも、彼らの音を止めることはできない。
俺はPA卓の影で、腕を組みながらその光景を見渡した。
行儀良くパイプ椅子に座っていただけの生徒たちが、たった四人の放つ音圧に当てられ、本能のままに体を揺らして歓声を上げている。
俺の書いた設計図の枠を越え、自分たち自身の力で学校という場所を最高のライブハウスに変えてみせた四人の卒業生たち。
体育館を揺るがすシャウトと熱狂を浴びながら、俺はプロデューサーとしての心からの満足と共に、静かに笑みを深めた。
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