第043話:見えざる伝播と、ブラック・アルバムの波紋
二月中旬。
吐く息が白く染まる旧校舎の備品倉庫で、俺は折りたたみ式携帯電話の液晶画面をスクロールしていた。
画面に表示されているのは、県内の中高生が集まるローカルな匿名掲示板だ。
『最近出回ってる真っ黒に塗りつぶされたCD、誰か持ってないか?』
『MDにダビングしてもらったけど、音が歪んでてヤバい。マジでどこのバンドなの?』
『ブラック・アルバムって呼ばれてるらしい。あれ聴いたら、学校の行儀のいい音楽が退屈に思えてきた』
書き込みの数は、日を追うごとに着実に増えている。
俺たちが冬休みに一発録りでテープに刻み、マジックで黒く塗りつぶしたアルバムの熱は、親や教師の目を盗む形で、着実に同世代のリスナーたちへと浸透していた。
「アキラくん! すごいことになってるよ!」
錆びた鉄扉を開けて、麻耶が興奮した様子で駆け込んできた。その後ろから、薫や勝、博士たちも集まってくる。
「どうしました、麻耶さん。そんなに慌てて」
「私が回した塾の高校生の先輩たちから、知り合いの高校全部に噂が広がってるみたい! 中学校にはまだ全然回ってなくて、高校生の間だけで話題になってるの」
麻耶の言葉に、薫が身を乗り出した。
「高校生の間だけでか?」
「うん。盤面が真っ黒で手作りっぽいから、みんな『市内のどこかの高校生バンドが作ったんじゃないか』って噂してるんだって。まさか中学生が作ってるなんて、誰も疑ってないみたい」
勝と博士が顔を見合わせ、ニヤリと笑う。
智ちゃんも、誇らしげに微笑んでいる。
「……自然な流れです」
俺は携帯をポケットにしまい、静かに言った。
「退屈な音楽に飽き飽きしているのは、高校生も同じです。普通のCDショップに並べなくても、本当に熱を持った音は、自分たちで探して勝手に広めていくんです」
数日後。俺たちはレコーディング機材の消耗品を買い足すため、アーケード街の『幸楽楽器』に立ち寄った。
レジカウンターの前に立つと、夏に俺たちの福岡行きを後押ししてくれた若い店員が、周囲を気にするように声を潜めた。
「……なぁ。最近出回ってる真っ黒なCD、あれ、君たちのだろ?」
店員の言葉に、薫や博士がギクッと肩を揺らす。俺は表情を変えずに、唇に人差し指を立てた。
「秘密ですから、黙っていてくださいよ」
店員は呆れたように息を吐き、苦笑した。
「やっぱりな。高校生たちの間じゃ『市内のすごい高校生バンドが作ったブラック・アルバム』なんて噂になってるけど、夏のTMFで君たちの演奏を聴いた人間の中には、あの時の衝撃と結びつける奴も出始めてるんだ」
「……バレてきてるってことか」
勝が低く呟く。店員は小さく頷いた。
「現に今日、『ザ・ベルベット・スカラーズ』の連中から店に問い合わせがあったよ。どういうルートか知らないが、彼らもこの黒いCDを手に入れたらしくてね。あの時の『beat less』の音源じゃないかって」
ベルベット・スカラーズ。夏の大会で二位に入った、完璧なベル・カント唱法を誇る下関の優等生グループだ。
「彼ら、ショックを受けてたよ。それに、彼らのツテで海を越えて、小倉のバンド仲間の間にもこのブラック・アルバムが回り始めてるらしい」
「……小倉まで」
薫が、面白そうに口角を上げて笑った。
大人の知らないところで増殖する真っ黒なディスク。
冷え切った冬の空の下で、俺たちの仕掛けた導火線は、目に見えない火花を散らしながら、次のステップに向けて確実に熱を帯び始めていた。




