第042話:休み明けのテストと、ブラック・アルバム
一月上旬。
冬休みが明け、三学期の始業式を迎えた直後の中学校には、浮き足立った生徒たちを現実に引き戻すような「休み明けの実力考査」が待ち構えていた。
これまでなら、薫や勝、博士の三人は頭を抱え、赤点による親からの「楽器没収」や「部活禁止令」に怯えていたはずだ。
だが、今回の彼らは違った。
「……こんなもんか」
テスト終了のチャイムが鳴り、薫が余裕の表情でシャーペンを机に放り投げた。
クリスマス前から、旧校舎で俺が叩き込んだリズムに乗せた学習法と、徹底的に無駄を省いた暗記戦術。
彼らの脳内には、弾き慣れたバックビートに乗せて、複雑な英語の構文や歴史の年号がしっかりと定着していた。
これで親や教師に文句を言わせず、バンドを存続させるための足場は盤石になった。
放課後の旧校舎。
備品倉庫に集まったメンバーたちの前で、俺はカバンから十数枚の無地のCD-Rを取り出し、パイプ椅子の上に積み上げた。
「テストも無事にクリアしたことですし。いよいよ、冬休みに一発録りしたアルバムを外の世界に放ちます」
俺は、買ってきたばかりの極太の黒い油性マジックを数本、テーブルに放り投げた。
「その前に、少しだけ作業を手伝ってください。この盤面を、隙間なく真っ黒に塗りつぶすんです」
「はあ? 黒く塗る?」
博士が怪訝な顔でマジックを手に取る。
「ええ。市販のCDみたいに、バンド名も曲名もご丁寧に書く必要はありません。綺麗にパッケージされた市販品ではなく、中身の音だけで勝負するための仕掛けです」
薫がニヤリと笑い、一番太いマジックでキュッキュッと音を立てながら、無地の盤面を乱暴に黒く塗りつぶし始めた。
博士や勝、智ちゃんもそれに続く。
皆の指先がインクで汚れ、パイプ椅子の上には異様な「真っ黒なディスク」の山が出来上がっていった。
「……なんだこれ。最高に不気味だな」
出来上がったディスクを光にかざしながら、勝が呟いた。
「文字すらない、真っ黒なアルバムか。……ブラック・アルバムだな」
「いいですね、それ」
俺は一つ頷いた。
「親や教師の目を盗んで出回る、真っ黒なアルバム。これを、口コミとネットの力で拡散させます」
俺が視線を向けると、智ちゃんが小さく頷いた。
彼女の隣には、すっかり俺たちの協力者となった麻耶たちの姿がある。
「麻耶さんたちに、この黒いCDを他校の友達に回してもらいます。中身のバンド名も、学校名も一切説明しなくていい。ただ『ヤバい音が入ってる』という言葉と一緒に渡すだけでいいんです」
「任せて。私の塾の友達とか、他の中学にも顔が広い子がいっぱいいるから」
麻耶が黒いCDの束を受け取り、悪戯っぽく笑った。
「それだけじゃありません」
俺は、カバンから携帯電話を取り出した。
「最近普及し始めている、中高生向けのローカルなインターネット掲示板。そこに、このCDの噂を匿名で書き込みます。大人たちは誰も知らない、真っ黒なディスクでしか回ってこない音源があるらしいと。……退屈を持て余している連中なら、面白がって探し始めますよ」
薫が、インクで汚れた手を拭いもせず、不敵な笑みを浮かべてマイクスタンドを引き寄せた。
「普通のCDショップになんか、最初から並ぶつもりはねえよ」
俺はエレクトーンの電源を入れ、ボリュームを上げた。
教師たちの目を完全にすり抜け、俺たちの仕掛けた「ブラック・アルバム」が、見えないネットワークに乗って山口の街へ静かに浸透していく。
冷え切った冬の備品倉庫で、俺たちは誰に咎められることもなく、思う存分に歪んだコードを鳴らした。




