第004話:空白の棚と五重塔
リビングの時計を見ると、午前十時を回ったところだった。
『ベートーヴェンのいない世界』。
点と点が繋がり、導き出されたその絶望的な仮説を、俺の脳は全力で拒絶していた。
パソコンを起動してネット検索すれば、一瞬で答えは出るかもしれない。
だが、数キロバイトの薄っぺらい文字列などで、俺の愛した音楽が消え去ったことを認めるわけにはいかなかった。
物理的な証拠が必要だ。
あの圧倒的な質量を持った遺産が「ない」という事実を自分の目で確かめなければ、頭がおかしくなりそうだった。
本当なら今すぐ学校の音楽室へ行き、戸棚の楽譜を端からひっくり返したい気分だったが、今は春休みだ。
新入生として中学校の敷地に入るわけにはいかないし、卒業したばかりの小学校へ戻るのも不自然極まりない。
俺は玄関を出て、マウンテンバイクに跨った。
十二歳の身体にはサドルが高く、バランスを取るのすら煩わしい。
立ち漕ぎで強引にペダルを踏み込み、自転車で十分ほどの距離にある大型レンタルビデオ店を目指した。
商店街にあった小さなCDショップは、元の記憶の通りなら、とうの昔に潰れているはずだ。
この大型店なら、クラシックの在庫も豊富だろう。
自動ドアを抜け、店内に入ると、有線放送から知らない曲が流れてきた。
ロックの体裁は取っているが、ひどく行ぎが良く、綺麗すぎる音楽だ。
歪み(ディストーション)の奥にあるべき「怒り」も「泥臭さ」も、完全に消毒されている。
俺は迷いなく、一階の奥にあるレンタルCDスペースへ向かった。
「クラシック:作曲家別」の棚の前に立つ。
「あ・か・さ・た・な……」
震える指でプラスチックの仕切り板を弾きながら、「は」行の列へ視線を落とす。
ハイドン。バッハ。ヘンデル。……ブラームス。
「……ない」
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンは、いない。
嫌な汗が背中を伝った。
俺は急いで「さ」行と「ら」行の棚を探る。
ショパンがない。リストもない。
……そうか。
ベートーヴェンという特異点が失われたことで、「個人の情念」を爆発させるロマン派の系譜そのものが、この世界には誕生しなかったのだ。
音楽史は、宮廷のサロンを彩る「客観的な美」の段階で、完全に成長を止めてしまったらしい。
棚の前に立ち尽くす俺の目に、ふと「ま」行の仕切り板が飛び込んできた。
「……モーツァルト」
そこには、見慣れた天才の名前が確かに存在していた。
かつての俺は、家で好んでモーツァルトを聴くタイプではなかった。
だが、当たり前に存在していた名前があることに、不思議と深い安堵を覚えた。
俺は棚から三枚のアルバムを抜き出した。
『レクイエム ニ短調』『ピアノ協奏曲第二十番』『フィガロの結婚』。
これが、この世界における音楽の最高到達点であり、「限界」だ。
モーツァルトが遺した「次の時代へのヒント」を、この世界の住人がどう消費しているのか、確かめておく必要があった。
三枚のCDをリュックに詰め、再び自転車を走らせる。
久しぶりの山口の街を、あてもなくペダルを漕いだ。
最後にこの街を歩いたのは、何年も前のさやの結婚式で、新山口の式場に来たときだったか。
「あの頃と、何も変わってないな」
見慣れた街並みを眺めていると、ふと強烈な空腹感に襲われた。
途方もない絶望を抱えていても、十二歳の真新しい胃袋は容赦なくメシを要求してくる。
江戸金ラーメンの、あの暴力的な豚骨の匂いが懐かしい。
明日、昼飯にでも食べに行こう。中学生の小遣いでも、ラーメン一杯くらいならどうにかなるはずだ。
一の坂川沿いに入ると、見事な桜が満開だった。
川面に向かって枝を伸ばす薄紅色の群列。
その景色を眺めながら、俺は瑠璃光寺の境内にたどり着いた。
青空を背景にスッと立ち上がる国宝の五重塔は、それ単体で完璧な美しさを誇っている。
静寂の中、俺はリュックの中の三枚のCDと、部屋に隠してきた『全集』の重みを思った。
ベートーヴェンも、ショパンも、ビートルズもいない世界。
俺の愛した音楽は、すべて消え去った。
だが、嘆いていても始まらない。
この平坦で退屈な世界に、俺の記憶にある正しい音楽史の続きを鳴らす余地があるというのなら。
春のぬるい風が、前髪を揺らした。
重苦しい絶望の底で、俺は一人の裏方としての静かな諦念と、これから始まる途方もない作業への覚悟を噛み締めていた。




