第039話:新春の祈りと、完全版への渇望
一月三日。
冬の刺すような冷気の中、山口市中心部のアーケード街と駅通りが交差する場所に、俺たち『beat less』のメンバー五人は集まっていた。
三日ともなると、初売り目当ての客でアーケードは日頃にない賑わいを見せている。
昔から「西の京」と呼ばれるこの街は着道楽の土地柄らしく、アーケード内には小洒落たブティックが並び、最近では古着屋も増えていた。地方都市にしては、なかなかの活気だ。
俺たちは人混みを抜け、県庁の方向へと歩き出した。
目指すのは「西のお伊勢様」と親しまれる山口大神宮だ。
道中、薫や博士たちは他愛のない話で盛り上がっていたが、年末のクリスマスパーティーでの出来事――俺が酒に酔って見知らぬ女の名前を叫び、大号泣したあの失態――については、誰一人として口に出さなかった。
気を遣われているのか、単に触れてはいけない地雷だと思われているのか。
俺としてはありがたい配慮だったが、背中に張り付くような居心地の悪さは拭えなかった。
山口大神宮の鳥居を潜る。
三日目ということもあり、参道の石段に行列はなく、スムーズに登っていくことができた。
石段の先には、本家である伊勢神宮と同じように「外宮」そして「内宮」へと続く深い木立の空間が広がっている。
室町時代、当時の大名であった大内氏が伊勢の神をこの地に勧請した歴史を持つだけあり、冷たい空気の中には地方の神社とは思えない荘厳さが漂っていた。
途中の外宮で何度か柏手を打ち、一番奥の内宮へと辿り着く。
五人並んで賽銭を投げ入れ、静かに柏手を打った。
目を閉じ、それぞれが胸の内で願いを念じる。
かつての人生から引き継いだ厄介な運命への愚痴をこぼしそうになるのをこらえ、俺は手短に祈りを済ませた。
「みんなどんなお願いしたの?」
石段を下り始めたところで、智ちゃんが白い息を吐きながら尋ねた。
「そりゃー、将来メジャーデビューさ」
勝と博士が、示し合わせたように口を揃えて笑う。
「まぁそれはそうだが、俺は一流のギタリストになりたいよ。誰にも文句言わせねえくらいのな」
薫がポケットに両手を突っ込んだまま、前を見据えて言った。その声には、ただの夢物語ではない確かな熱があった。
「アキラくんは?」
智ちゃんに水を向けられ、俺はつい、頭の片隅にあった本音をそのまま口にしてしまった。
「……ベートーヴェンの復活」
「えっ、なに?」
四人が一斉に怪訝な顔をして振り返る。
俺は内心で舌打ちをし、大人の営業スマイルを作って誤魔化した。
「ははは。いや、俺たちの音で、世界の音楽を変えたいって祈ってたんですよ」
「……なんだよそれ。相変わらず大げさな野郎だな」
薫が呆れたように鼻を鳴らすが、智ちゃんだけは真剣な目で俺を見て、こくりと頷いた。
「アキラくんなら、できるよ」
「智ちゃんはどうなんだ?」
俺が話を逸らすように尋ねると、彼女はマフラーに口元を少し埋め、悪戯っぽく微笑んだ。
「……私は、秘密」
「なんだそりゃ」と野郎どもからブーイングが飛ぶ中、薫が不意に足を止め、真面目なトーンで口を開いた。
「ところでさ。アキラが前に作った例のデモCD、麻耶たちの口コミのおかげで、結構色んな学校の奴らの間で回ってるだろ」
「みたいですね。それがどうかしましたか」
「あれさ……アキラが一人でパソコンいじって全部作ったんじゃん。ベースもドラムも」
薫は、少し悔しそうに、だが確かな闘志を込めて俺を見た。
「あれをさ、俺たち五人の生きた演奏で『完全版』にしようぜ」
「……」
「そうだよ!」
博士が身を乗り出す。
「今の俺たちなら、アキラが作ったあの偽物の音より、ずっとすげえ音を出せるはずだ! 冬休みの間に録り直そうぜ」
「あれを完全版にすれば、絶対にウケるって。俺たちの本物の音を残そうぜ」
勝も目を輝かせて同調する。
俺は、彼らの顔を順番に見回した。
俺が打ち込みで作ったデモ音源の枠に満足せず、自分たちの手で音を刻みたいという、バンドマンとしての確かなエゴ。
彼らはもう、俺の指示通りに動くだけの素人ではないのだ。
「……分かりました」
俺は頷き、冷たい冬の空気を深く吸い込んだ。
「明日から学校の旧校舎に入れます。俺の機材を全部部室に持ち込みますから、マイクの前に立つ準備をしておいてください。……さっそく作りましょうか、俺たちの完全版を」
「おうっ!」
薫たちの力強い返事が、冷え切った神社の境内に響き渡る。
クリスマスに失ったプロデューサーとしての威厳を取り戻すためにも、明日からのレコーディングは容赦するつもりはなかった。




