第036話:文化祭のステージと、本当の居場所
十一月初旬。山口市立第一中学校の体育館は、文化祭特有の埃っぽい熱気に包まれていた。
午後の有志発表ステージ。俺たち『beat less』と、楽器を抱えて緊張に強張る麻耶たち音楽部の生徒たちは、ステージ袖の薄暗がりで出番を待っていた。
客席の後方には保護者席が設けられ、そこには腕を組んで座る父・真と、その隣で所在なげにしている母・由紀子の姿があった。
俺たちの活動に対し、父さんはあくまで「健全なクラブ活動」という条件で黙認している。ここで少しでも粗相をすれば、即座に楽器を取り上げられ、俺の時間は学習塾の机へと戻されるだろう。
福岡でのステージで、観衆を圧倒的な熱狂に巻き込んでから二ヶ月。あの熱を知ってしまった薫や勝、博士は、この退屈な体育館でもう一度、あの爆音をぶっ放したくてうずうずしていた。
「……アキラ、本当にやらねえのかよ。最後の一曲だけでもさ」
薫が、出番直前だというのに不満げに口を尖らせる。
「やりません。事前に言った通り、今日は徹底してお行儀良くやります。……これが、俺たちの自由を守るための条件になるんですから」
俺が冷たく釘を刺すと、三人は渋々といった様子で頷いた。
幕が上がり、俺たちはステージに出た。体育館を埋め尽くす全校生徒と教師たち、そして保護者たち。
前半は、徹底して音を抑えた。
『Yesterday』や『Let It Be』。爆音のディストーションも、感情をぶちまける激しいリズムもすべて封印し、かつての現場経験で培った「大人が最も心地よく感じる音の配置」を完璧に再現した、極上のアンサンブル。
教師たちは目を潤ませ、保護者席の父さんも満足げに一つ頷いていた。
そして、最後の曲。
「音楽部の皆さんと合同で演奏します」
俺の合図で、麻耶たちがステージに上がり、トランペットやトロンボーンを構える。合唱部員たちがマイクの前に並んだ。
曲は『All You Need Is Love』。
俺の弾くエレクトーンと、博士の刻む変則的なビートに乗せて、ブラス隊が一斉に息を吹き込む。華やかなトランペットの高音が体育館の天井を突き抜けるように響き渡り、トロンボーンの太い低音がアンサンブル全体を底から持ち上げる。
ただの伴奏ではない。管楽器が放つ圧倒的な音圧の壁が、俺たちのバンドサウンドと完璧に噛み合い、体育館の空気を分厚く支配していく。
その壮大な音の渦の中で、合唱部員たちが背後で荒れ狂うロックの構造など知る由もないまま、「Love」という単語を力強く連呼し始めた。それは、大人の目には「管楽器の華やかな響きを伴った、純粋で感動的な大合唱」にしか映らない。
だが、変拍子と単純なフレーズの反復、そしてブラスの暴力的なまでの音の厚みが織りなすその構造は、紛れもなく強靭なロックのアンセムだ。
演奏が終わると、体育館は水を打ったような静寂に包まれ、やがて割れんばかりの拍手が巻き起こった。
(……完璧だ。これで『不良とつるんではいるが、極めて情操教育に良い音楽をやっている』という実績が成立した)
ステージを降り、旧校舎の備品倉庫へと戻ってきた四人は、拍手喝采を浴びたにもかかわらず、ひどく不機嫌な顔をしていた。
「……なんか、全然スッキリしねえな」
薫がギターをケースに放り込み、苛立たしげに吐き捨てる。「あんな大人しい演奏で褒められても、嘘っぱちの自分に拍手されてるみたいで気持ち悪いぜ」
博士も勝も、同じように不完全燃焼の息を吐いている。智ちゃんだけが、少しホッとしたような顔で微笑んでいた。
俺は、倉庫の壁に立てかけられたベースを撫でながら、彼らを見回した。
「だから言ったでしょう。ここは、俺たちの本性を隠すための場所です。でも、これで誰にも文句は言われません。学校も親も、俺たちを無害な優等生バンドだと完全に思い込みました」
俺は彼ら一人一人の目を見た。
「審査はパスしました。明日から、放課後の旧校舎で鳴らす音はすべて俺たちの自由です」
その言葉に、さっきまで退屈そうにしていたメンバーの纏う空気が、はっきりと熱を帯びた。
「……違いねえ。明日からは容赦なくアンプ鳴らさせてもらうぜ、アキラ」
大人たちが求める『優等生』を完璧に演じ切ったことで、俺たちはついに、鼓膜を揺らすためだけの絶対的な聖域を手に入れたのだ。




