第035話:テスト期間と、活動の条件
十月中旬。
文化祭へ向けたブラスバンドとの合同練習が熱を帯びてきた矢先、学校のルールが容赦なく俺たちの前に立ちふさがった。
二学期中間考査。
それに伴う、一週間の部活動停止期間だ。
旧校舎の備品倉庫で、俺はギターケースを開けようとする薫たちを冷たい声で制止した。
「今日からテスト最終日まで、音出しは禁止です。楽器はすべてここに置いて帰ってください」
「はあ!? ふざけんなよアキラ!」
薫が噛み付くように身を乗り出す。博士も勝も不満げに口を尖らせた。
「ブラスとの合わせ、ようやく形になってきたところじゃねえか! 一週間も休んだら感覚が鈍るぞ」
「鈍りません。それよりも、あなたたちが赤点を取って親から楽器を取り上げられ、文化祭のステージに穴を開けることの方が致命的です」
俺は、カバンから数学と英語の教科書を取り出し、パイプ椅子にドサリと積んだ。
「いいですか、先輩たち。この世界で俺たちが自由に活動を続けるためには、大人たちを納得させるだけの結果が必要です。テストの点数という名の盾を、ここで確実に手に入れてもらいます」
「……お前、本気で言ってんのか? 俺たちに勉強しろって?」
「安心してください。俺が出題傾向を絞ります」
俺はため息をつき、チョークを手にして黒板に向かった。
中学校の退屈な授業など、一度人生を終えた頭脳にとっては、どこに罠があり、どこが出題されるかなど手に取るようにわかる。
出題者である教師たちの出題パターンを分析し、過去のテストから抽出した「確実に出る問題」だけを黒板に書き殴っていく。
「博士は英単語のスペルは捨てて構いません。その代わり、この五つの文法だけ丸暗記してください。勝先輩は数学のこの公式二つ。薫先輩は……とにかくこの歴史の年号をリズムに乗せて覚えてください。赤点さえ回避できればそれでいい」
俺の無駄を極限まで削ぎ落とした「ヤマ当て」の前に、三人は毒気を抜かれたようにノートを開き始めた。
「……なんか、お前の前で大人しくノート取ってるの、すげえムカつく」
薫がシャーペンを握りしめながら悪態をつく。
「同感です。教える側の身にもなってください」
俺が冷たく返すと、隅で自分の勉強をしていた智ちゃんが、呆れたようにクスクスと笑い声を漏らした。
*
一週間後。中間考査の順位表が貼り出された日。
俺の順位は、当然のごとく学年一桁をキープしていた。
これさえあれば、どれだけ俺が旧校舎に籠もろうが、父・真が干渉してくることはない。
そして、備品倉庫に駆け込んできた三人も、安堵と疲労の混ざった顔で崩れ落ちた。
「……危なかった。英語、ギリギリ回避したぜ」
博士が答案用紙を丸めて放り投げる。薫と勝も、なんとか親の雷を落とされずに済む点数を死守したようだ。
「お疲れ様でした。これで、親や教師に文句を言わせないだけの言い訳は立ちましたね」
俺は静かにアンプの電源を入れ、ボリュームのノブを回した。
真空管が熱を帯び、低いハムノイズが部屋を満たし始める。
「条件はクリアしました。……さあ、文化祭まで残り二週間。ここからは一切の遠慮を捨てて、俺たちの音を仕上げますよ」
俺の言葉に、一週間の抑圧で極限まで飢えていた三人の瞳に、野性の光が戻った。
彼らは無言で自分の楽器を掴み、ジャキッ、と鋭い歪みのコードを鳴らす。
退屈なテスト期間を乗り越え、学校のど真んで自分たちの音楽を響かせるための準備が、いよいよ最終段階に入ろうとしていた。




