第033話:敗者たちの凱旋
天神・イムズホールでのTMF九州・沖縄エリア大会は、奇妙な結末を迎えた。
俺たち『beat less』がステージを降りた後も、会場の熱狂とざわめきは一向に収まらなかった。
その異様な空気の中で演奏を強いられた後続のバンドたちは、ことごとく精彩を欠いた。
彼らは皆、自分たちが信じて疑わなかった「お行儀の良い正解」に強烈な迷いを生じさせていた。弾き慣れたはずのクリーントーンが、ひどく空虚なものに思えてしまったのだろう。
山口以外の県から集まった本命のバンドたちでさえ、焦りと動揺からアンサンブルを乱し、自滅していった。
結果として、グランプリの栄冠を手にしたのは、俺たちの前に完璧な演奏を終えていた相良率いる『スカイ・ハイ』だった。
外側の基準に沿えばそれしかあり得ない。
そして俺たち『beat less』には、当然のごとく「大会進行の妨害および規定違反」による失格処分が言い渡された。
深夜、山口へと帰る貸切バスの車内は、完全にお通夜のような静けさだった。
行きにあれほど和気藹々と音楽理論を語り合い、音楽の秀才としての余裕を見せつけていた山口県の代表バンドたちは、今は誰一人として口を開かない。
彼らは皆、疲労とは違う、得体の知れない喪失感に囚われたように虚ろな目で窓の外を眺めている。
最前列の特等席に座る相良も同じだった。
彼の膝の上には立派なグランプリのトロフィーが置かれているが、その背中からは歓喜の欠片も感じられない。
観客の熱を俺たちに奪われ、埋めがたい格差を突きつけられた彼にとって、その金色のトロフィーはただの重い鉄屑にすぎないのだろう。
「……すげえ空気だな。誰も喋んねえ」
最後列の薄暗い席で、薫が面白そうに声を潜めた。
「当然ですよ。彼らは今日、自分たちの信じてきた基準が通用しない現実を見たんですから」
俺が淡々と返すと、勝も博士も「違いねえ」と肩を揺らして押し殺したように笑った。
だが、俺たちの隣の席だけは、別の意味で凍りついていた。
引率として同行した養護教諭の川村敬子先生が、腕を固く組んだまま、ピリピリとした怒りのオーラを放っていたのだ。
放送事故レベルの騒ぎを起こした生徒の引率として、彼女は大会の運営やヤマハの大人たちから、相当な小言と嫌味を言われたに違いない。
「……先生。引率、ありがとうございました。色々とご迷惑をおかけして――」
俺が完璧な営業スマイルを作って労いの言葉をかけようとしたが、敬子先生は俺の方を一切見ようとせず、冷たく言い放った。
「話しかけないで。……あなたたちの顔、今は見たくないの」
その声には、大人としての怒りだけでなく、あの強烈な音の衝撃を間近で浴びたことによる、感情の処理のつかなさが混ざっているように聞こえた。
智ちゃんが申し訳なそうに身を縮こまらせている。
(……悪いことをしたな。だが、これも必要なコストだ)
俺は小さく息を吐き、高速道路の街灯が一定のリズムで流れていく車窓へと視線を移した。
失格という結果は、痛くも痒くもない。
FM福岡の電波を通じて、俺たちの放った規格外の音は間違いなく九州全土の若者たちの耳へと届いた。
相良のような音楽の秀才たちに、決して消えない「迷い」を植え付けることにも成功した。
山口を飛び出し、福岡という巨大な発信地から音を届けるという最初の試みは、完璧な形で終わったのだ。
次に俺たちがアプローチするべきターゲットは決まっている。
秋に開催される、中学校の文化祭だ。
親父や教師たちという、この世界の既存の秩序を司る大人たちの目の前で、俺たちの音を響かせる時がくる。
バスのタイヤが関門橋の継ぎ目を越え、重い振動を伝えてくる。
敗者たちの沈黙を乗せたまま、バスは深夜の山口へと向かって静かに走り続けていた。
いつも応援ありがとうございます。
アキラたちが巻き起こす音楽の革命は、いよいよ大きなうねりとなって加速しています。
物語の内容と読者層の親和性を鑑み、本作を「文芸(現代ドラマ)」へ移籍させることにしました。
カテゴリは変わりますが、彼らが鳴らすロックの熱量は変わりません。
これからも、この狂騒をリアルタイムで追いかけていただけますと幸いです。
一日二話投稿は 変更ございません。




