第028話:赤い光の中の暴動
第028話:赤い光の中の暴動
八月七日、夜。
『山口七夕ちょうちんまつり』の二日目は、俺たちの仕掛けた「口コミ」という名の導火線が、想定以上の引火力を見せていた。
出番の直前。アーケードの銀行前には、昨日とは比較にならないほどの大群衆が押し寄せていた。
最前列には麻耶たちを中心に、噂を聞きつけた中高生や祭りの客たちが幾重にも人垣を作っている。
銀行の軒先という環境だが、電力の心配はない。
博士の実家であるお茶屋から、アーケードの屋根裏を這わせて極太の電工ドラムを引き込み、真空管アンプをフルテンで駆動させるだけのインフラは確保してある。
「す、すげえ……なんだこれ」
博士がドラムスティックを握る手を震わせて呟いた。
「怖気づいてる場合じゃないですよ」
俺はエレクトーンの鍵盤を指で撫でながら、三人に言った。
「昨日と同じように、まずはバラードで彼らの足を止めます。……そして最後に、一発ぶち込む」
俺たちは昨日と同様に、『Yesterday』や『Let It Be』といったバラードを演奏した。
薫の裏声と、俺と智ちゃんが作り出す重厚なアンサンブル。観衆は息を呑み、麻耶たちの涙につられるように惜しみない拍手を送っていた。
群衆の後方には、腕を組みながらこちらを睨みつける相良たちの姿があった。出番を控えた彼らは、無名の中学生の偵察に来たのだろう。
俺は最後のバラードの残響が消えるのを待ち、マイクに向かって静かに告げた。
「……最後にもう一曲だけ、挨拶代わりに」
俺は博士と勝に視線を送る。二人が、待ってましたとばかりに獰猛な笑みを浮かべた。
「薫さん。――喉を、壊していいですよ」
その言葉を合図に、博士がハイハットを乱暴に刻み始めた。
勝のギターが、それまでのクリーントーンを捨て去り、アンプから唸るようなフィードバック・ノイズを吐き出す。
「……ッ!!?」
群衆の奥にいた相良の顔から、はっきりと余裕が消え去るのが見えた。
頭上を埋め尽くす提灯の赤い光の下、薫がマイクスタンドを掴み、腹の底から絶叫を叩きつけた。
曲は『Twist and Shout』。
黒人のリズム・アンド・ブルースをイギリスの不良たちが白熱させた、生々しいエネルギーの塊。
薫のリードボーカルに呼応するように、勝が、そして博士が、マイクに向かって声を張り上げた。
「アー……!」
「アーーー!」
それはこの世界の合唱曲にあるような、お行儀の良い三声コーラスではない。
音階が一つずつせり上がり、エネルギーが極限まで圧縮されていく本能の叫びだ。
「アーーーーー!」
「アーーーーーーー!」
俺もエレクトーンの鍵盤を叩き潰しながら声を張り、智ちゃんも重いベースラインを弾き狂いながら悲鳴のようなコーラスを重ねる。
四人の叫び声が頂点に達し、限界まで張り詰めた瞬間。
「ワァァァァァァッ!!」
薫の絶叫と共に、五人の声と理屈抜きの暴力的なバックビートが、狭いアーケードの中で完全に爆発した。
「なんだよ、これ……っ!」
相良が後ずさりする。
彼が信奉してきた美しく正確な調和が、俺たちの喉から絞り出される不協和音の塊の前で、物理的にかき消されていく。
最初は戸惑っていた最前列の女の子たちが、やがて本能に突き動かされるように体を激しく揺らし始めた。
「きゃあああああっ!」
悲鳴のような歓声が上がる。
それに呼応するように、後ろに立ち並んでいた中高生たちも、見よう見まねで拳を突き上げ、荒々しいビートに合わせて足を踏み鳴らす。
誰もこんな音楽を聴いたことはなかった。どう乗ればいいのかも分からない。
ただ、腹の底を直接殴りつけてくる重低音と、獣のようなシャウトの連鎖に煽られ、彼らの抑圧されていた衝動が完全に解放されていた。
熱狂は波のように群衆の後方へ伝播していく。
狭いアーケードの空気が、理屈抜きの熱気で完全に飽和していた。
一曲が終わったとき、会場に流れたのは拍手ではなく、嵐のような「どよめき」だった。
*
「アキラ, 機材の積み込み終わったぜ!」
熱狂の余韻が冷めやらない中、汗だくの博士が駆け寄ってきた。
博士の親父さんが裏路地にライトバンを回してくれていたおかげで、撤収作業は思いのほか早く終わった。
「助かります。明日の朝早く, みんなで学校の倉庫に搬入しましょう」
俺が頷くと、智ちゃんが麻耶、ゆい、瑠璃の三人を連れてこちらへやってきた。
彼女たちも興奮で顔を紅潮させ、浴衣が少し着崩れていることすら気にしていないようだ。
「アキラくん! 最後のアレ、なによ! すっごくドキドキした!」
麻耶が俺の腕を掴み, 弾むような声で言った。
「バラードも綺麗だったけど、最後のあの激しい曲……息ができないくらい、最高だった!」
「喜んでもらえて何よりです」
俺が適当に微笑みを返していると、智ちゃんがツンと少し不気嫌そうに俺と麻耶の間に割って入った。
「ほら、機材の片付けも終わったし。せっかくのお祭りなんだから、みんなで打ち上げしようよ」
俺たち八人は、祭りのメインステージ付近に設けられた飲食用のテーブル席を陣取った。
ちょうどメインステージでは相良たちが演奏を終えようとしていたが、観客席はまばらだった。
多くの客が俺たちの演奏の余韻にあてられ、メインステージの行儀の良いポップスを聴く気力をなくしてしまったのだろう。
ステージから俺たちを見下ろす相良の表情には、明確な焦りと屈辱が浮かんでいた。
「かんぱーい!」
紙コップのコーラやラムネで乾杯し、焼きそばやかき氷をつつく。
ステージでの凶暴な顔から一転し、薫や勝は女子三人を前にして柄にもなくドギマギし、気の利いた冗談ひとつ言えずに真っ赤になっている。
中学生の夏祭りらしい、微笑ましくも眩しい光景だ。
俺は、騒ぐ彼らを少し離れた視点から眺めながら、紙コップのコーラを啜った。
(……福岡への手土産は、これで十分だ)
大会の本命としてふんぞり返る相良たちと、この街の審査員たち。
彼らの目の前で、この「おとなしい中学生」という被り物を脱ぎ捨てて牙を剥く準備が、すべて整ったのだ。




