第027話:提灯の少女たち
八月六日。『山口七夕ちょうちんまつり』の初日。
山口市の中心商店街と浴衣姿の人波を妖しく照らし出していた。
俺たち『beat less』に割り当てられた演奏場所は、アーケード内にある銀行前の、わずかな段差があるだけの狭いスペースだった。一筋離れた広場のメインステージからは、相良率いる高校生バンド『スカイ・ハイ』が演奏する爽やかなポップスが微かに流れてくるが、アーケードの喧騒に阻まれて、ここまでは届かない。
目の前を行き交う祭りの客たちは、最初は無名の中学生の機材など一瞥することもなく通り過ぎていった。
だが、俺のエレクトーンから『Yesterday』や『Let It Be』の深いストリングスが響き、薫が甘く切ない裏声を響かせた瞬間、空気が変わった。
最前列に陣取った麻耶たち十数人の少女たちは、両手で口元を覆い、ポロポロと涙を流し始めていた。彼女たちの涙は、智ちゃんが指示したサクラとしての演技ではない。純粋にメロディに当てられ、こぼれ落ちたものだ。
群衆の心理は、最初に声を上げた数人の熱量に動かされる。少女たちの涙に引き寄せられるように通行人の足が次々と止まり、用意した三曲のバラードが終わる頃には、銀行前はアーケードの通行を塞ぐほどの人だかりになっていた。
深いお辞儀をして演奏を終えると、惜しみない拍手が降り注いだ。
「……すげえ。本当に、立ち止まりやがった」
アンプの電源を落としながら、勝が震える声で呟いた。足を止めた群衆の数に、薫も博士も興奮を隠しきれないでいる。
「アキラくん、お疲れ様! すっごくよかった!」
機材の片付けを始めようとした時、最前列にいた麻耶やゆい、瑠璃たちが駆け寄ってきた。彼女たちは智ちゃんに駆け寄り、「手伝うよ」と率先してシールドを巻いたり、譜面台を畳んだりし始める。
搬送のために博士の親父さんが出してくれたお茶屋のライトバンに機材を積み込み終えると、俺たちは運転席の親父さんに向かって「ありがとうございました!」と深く頭を下げて見送った。
その後、俺たちは女の子たちと一緒に、祭りの提灯のトンネルを少しだけ歩くことになった。薫や博士たちは、相変わらず浴衣姿の女子たちを前にドギマギして、気の利いた冗談ひとつ言えずにいる。
「ねえ、アキラくん」
不意に、麻耶が俺の隣にぴたりと身を寄せてきた。浴衣越しの熱と、少し上気した顔が距離を詰めてくる。
「あの曲、ただのバラードじゃないよね。すごくおとなしいメロディなのに、聴いてるうちに胸の奥をギュッと掴まれてるみたいで、なんだか痛くなったの。あんなの、学校の合唱曲じゃ絶対にならない」
「……気のせいですよ。でも綺麗な曲だったでしょう?」
俺がとぼけて見せると、麻耶は俺の腕に軽く触れ、熱を帯びた上目遣いでじっと見つめてきた。
「ううん。私、アキラくんのキーボードから目が離せなかった。もっと別の曲も聴いてみたいな。明日も絶対に一番前で聴くからね」
俺が適当に躱そうとしたその時だった。
「……アキラくん、こっち手伝って」
不機嫌そうな低い声と共に、俺の反対側の腕がグイッと引かれた。
振り返ると、智ちゃんが笑みの消えた冷たい目で俺を睨んでいる。
「智ちゃん? どうしたんですか」
「別に。明日も早いんだから、あんまり油を売らないの」
智ちゃんはプイッとそっぽを向き、俺の腕を引いたまま無言で歩き出してしまった。俺は少し困惑してため息をつきつつ、頭上を紅く染める数万の提灯を眺めた。
(……仕掛けは、機能しているな)
彼女たちの言葉と態度が証明している。俺たちがバラードの中に忍ばせたノイズは、確実に彼女たちの感覚を狂わせ始めている。
「明日が本番ですよ、先輩たち」
俺が誰にともなく呟くと、薫が獰猛な笑みを浮かべて隣に並んだ。
「ああ。明日は、もっとデカい声で泣かせてやるよ」
そして翌日、八月七日の夜。
女の子たちの口コミというネットワークによって、銀行前には昨日とは比較にならない大群衆が押し寄せることになる。
俺たちが、この街に『Twist and Shout』の爆音を放つ夜だ。




