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第018話:取引と封印

「おにい、なにしてんの」


さやが、怪訝な顔でPCの画面を指差した。


「いいや。これは……」


「アキラ、あなた勉強しないで。休み中ずっとこんなことしてたの?」


母・由紀子が目をつり上げて言う。普段は行動的で明るい母だが、父・真が厳格な分、子供の成績や規律については敏感だ。


「いや、昨日で勉強の段取りがついたから、昨日の夜から息抜きで始めたんだよ」


俺は完璧なポーカーフェイスで、平然と言い放った。


「ホントかなー。おにい、目が泳いでるよ」


さやがニヤニヤと笑いながら痛いところを突いてくる。十一歳のガキのくせに、変なところだけ勘が鋭い。


「本当だってば。今度の中間テストを見てよ。絶対にいい点取れるから」


俺が強い口調で断言すると、母さんは不審げな目を向けながらも、少しだけ溜め息をついて肩の力を抜いた。


「……まあいいわ。とりあえず、そのパソコンは下に持って降りなさい。お父さん、今日帰ってきたら使うかもしれないから」


二〇〇三年のこの家には、インターネットに繋がるパソコンは一台しかない。俺は親の留守をいいことに、リビングからデスクトップPC一式を強引に自室へ持ち込んでいたのだ。


「もし中間テストの点が悪かったら、このこと、お父さんに言うからね」


母さんの最後通告に、俺は小さく頷いた。


「わかってるよ。……さやも、親父にいらんこと言うなよ」


俺が睨みつけると、さやは悪びれもせずに口角を上げた。


「そうね。だけど、もしおにいの成績が悪かったら、来月のお小遣い、お兄ちゃんの分も私がもらっていいよね、母さん?」


母さんは呆れたように苦笑し、一階へと降りていった。


(くっそ、なんてやつだ……)


大人の俺を相手に、見事な恐喝交渉をやってのける小学生。先が思いやられる。


「……まあいいよ。絶対に上位に入るから、見てろよ。あと少し作業があるから、一時間したらパソコン持って降りるよ」


さやを部屋から追い出し、ドアを閉めると、俺はどっと疲れを感じて椅子に座り込んだ。親父にバレなかったのは不幸中の幸いだが、免罪符である「中間考査の成績」のハードルがこれで跳ね上がった。


気を取り直し、俺は急いでCD-Rの書き込み作業に戻った。


メンバーに渡す分と、予備を含めて七枚。ドライブの書き込み速度を十二倍速に設定する。これ以上速く焼くと、当時のPCスペックではエラーが出たり音飛びしたりするリスクがある。


PCのドライブがブイィィィンと唸りを上げ、一枚につき数分の時間をかけて、俺の脳内にあった『The Bible of "beat less"』が物理的なディスクへと定着していく。


翌日。連休明けの学校に、俺は書き上がったばかりのCD-Rを数枚、カバンに忍ばせて登校した。


(明日、これをメンバーに渡そうか……?)


授業中、退屈な板書をノートに写しながら、俺は思考を巡らせた。


渡せば間違いなく、薫たちは未知の音の衝撃に飢餓感を爆発させ、狂ったように練習したがるだろう。が、二週間後は一学期の中間考査、いわゆる「部活動停止期間」だ。


ただでさえ勉強嫌いな彼らに、こんな劇薬をテスト前に渡してしまえばどうなるか。完全にテスト勉強を投げ出し、結果として赤点を取り、親や教師からバンド活動そのものを禁止されるリスクが跳ね上がる。


この世界をハックするためには、彼らにも最低限の「防波堤(成績)」を作ってもらわなければ困るのだ。


放課後。俺は部室である旧校舎の備品倉庫に一人で立ち寄り、錆びたロッカーを開けた。


カバンから出したCD-Rの束を、使い古されたシールドの下に隠すように押し込む。


テストが終わるまで、この音は封印だ。彼らの飢えを極限まで高め、テスト明けにこの『聖書』を解き放つ。


錆びたロッカーの鉄扉を閉めた。

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