第013話:呼称の解体
空き教室での狂乱のセッションが終わり、窓の外はすっかり西日が差し込む時間になっていた。
俺たちは荒い息を整え、熱を持ったアンプの電源を落とす。
「今日はここまでにします」
俺が淡々と告げると、みんな名残惜しそうに楽器を置いた。
「芦田先輩は、今の言葉を歌詞としてノートに整理しておいてください。俺がそれにメロディと構成をつけます」
「う、うん。わかった」
ノートを胸に抱えたまま、彼女が頷く。
俺は一拍置き、バンドを回すためのシステム上の取り決めを口にした。
「それと。これから一緒に音を鳴らす以上、学年という壁は邪魔になります。先輩と呼ぶのは今日で終わりにしましょう」
「あ?」
「俺のことはアキラでいい。俺も……薫、勝、博士、それに、智ちゃんと呼びます」
年上の彼らに対する提案だったが、バンドという閉鎖空間において、不要な年功序列はノイズでしかない。
「おいおい、一年のくせに生意気だな」
薫が呆れたように笑うが、満更でもなさそうだ。
俺が黙って視線を返すと、智ちゃんが少し目を丸くした後、照れくさそうに微笑んだ。
「うん。じゃあ、私もアキラくんって呼ぶね」
名前呼びのルールを敷き、この空間の力関係をフラットに均したところで、俺はもう一つの懸案事項を口にした。
「ところで智ちゃん。このバンドには入るんですよね」
「えっ……どうしよう」
急に核心を突かれ、智ちゃんが戸惑ったように視線を泳がせる。
「おいおい」
ギターをケースにしまおうとしていた薫が振り返った。
「ここまで一緒にやって、あんなヤバい音も聴いておいて、それはないんじゃない?」
「……わかった、入る」
薫の言葉に背中を押され、智ちゃんは覚悟を決めたように力強く頷いた。そして、少し申し訳なさそうに付け足す。
「だけど、音楽部の合唱のパートを急には空けられないから。次の発表までは、あっちにも行くよ」
「そうだな」
ベースの弦を拭いていた勝が、顔を上げてニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。
「いきなり音楽部を辞めたら、二条を追いかけたみたいに見えるしな」
「……ッ!」
勝の言葉に、智ちゃんの耳がみるみるうちに真っ赤に染まった。
勝はこういう生々しいところを突いてからかうのがひどく上手い。薫や博士は、何のことかよくわかっていない顔をしている。
俺は勝の低俗なからかいには一切反応せず、手元のギターをケースに収めた。
「……明日にしましょう。曲は少し待ってください」
無言で会話を打ち切る俺の手際に、みんなが頷く。
錆びた鉄の扉を開けて旧校舎を出ると、春のぬるい風が吹いていた。
俺の脳内にはすでに、先ほどの彼らの等身大の言葉を乗せるための、最も鋭利で破壊的な設計図が組み上がりつつあった。
――音楽界の無菌室を粉砕するための、最初の弾丸を込める時が近づいている。




