第012話:不満の羅列
空き教室に充満する熱気とアンプのノイズの中、俺はギターのネックを握ったまま、三人と一人の顔を見回した。
「ああ……まだ耳の奥がジンジンしてやがる」
橘先輩が耳の穴を小指でほじりながら、ニヤリと凶暴な笑みを浮かべた。俺は彼らに言葉で講釈を垂れることはせず、部屋の隅に視線を向けた。
「次は言葉です。芦田先輩の言った『センコー、いい加減にしろ』。これを最初のテーマにします。……先輩たち、学校の教師の何がそんなにムカつくのか、具体的に吐き出してください。芦田先輩、メモを」
「う、うん。わかった」
「何がムカつくかって?」
真っ先に口を開いたのは、ドラムスティックをいじっていた梶井先輩だった。
「俺はあれだな、とにかく『じっと座ってろ』って言われるのが一番キツい! 授業中ちょっと貧乏ゆすりしただけで、落ち着きがないって怒られるんだぜ。音楽聴いてる時みたいに、身体が勝手に動くんだから仕方ねえだろ」
「お前はただの多動だろ」
斎藤先輩が呆れたようにツッコミを入れつつ、続く。
「俺は、意味のわかんねえ校則だな。靴下は白のみ、前髪は眉の上。少しでも破れば生活指導だ。あいつら、俺たちを同じ型のロボットにしたいだけだろ」
「そうそう! あと、優等生ばっかりエコヒーキすんなっての!」
梶井先輩がさらに声を荒らげ、芦田先輩のペンがノートの上を急いで走る。
俺は頷き、橘先輩を見た。
「薫先輩は?」
「俺は……目だな」
橘先輩が、低い声で吐き捨てるように言った。
「最初から『お前はどうせはみ出し者だ』って決めつけてくる、あの腐った目だ。ちょっと反論しただけで、すぐに内申点だの親を呼ぶだのって脅してきやがる。俺の話なんか、一文字も聞く気がねえんだよ」
俺は短く頷き、パイプ椅子に座る芦田先輩に問いかけた。
「芦田先輩は」
「えっ……私?」
芦田先輩は少し戸惑ったが、すぐに真剣な目をして言った。
「『合唱の時は、周りの声に綺麗に溶け込みなさい』って言われること、かな。はみ出さないように、目立たないように……自分が消えちゃうみたいで、すごく息苦しいの」
俺は言葉で称賛する代わりに立ち上がり、アンプのスイッチを入れ直した。
ジャキッ、と歪んだギターのコードを荒々しく鳴らす。エイトビートの、前のめりで性急なリズムだ。
「薫先輩。今出た言葉を、このリズムに合わせて適当に繋げて叫んでください。メロディや文章の形は気にしなくていい。ただ、俺の音に乗せるだけです」
橘先輩が、荒々しくマイクスタンドを掴んだ。
「……白い靴下! 眉毛の長さ! 同じ型にはめてんじゃねえ!」
ドッ、パン! ドッ、パン!
梶井先輩のドラムが、心臓の鼓動のように裏拍を叩き出す。斎藤先輩のギターが、うねるように底辺を支える。
「じっと座ってろ? ふざけんな、身体が勝手に動くんだよ!」
「エコヒーキすんな! 俺をゴミみたいに見るな!」
橘先輩のシャウトが、空き教室の空気を震わせる。
「周りに溶け込めって言うな! 息が詰まるんだよ!」
俺はギターをかき鳴らしながら、視線だけで橘先輩を煽った。そして、サビへの強烈なコードチェンジを力技で叩き込む。
音圧による強制的な展開の誘導。橘先輩は本能でそれに食らいつき、喉を裂かんばかりに絶叫した。
「センコー!! いい加減にしろォォッ!!」
圧倒的な熱量だった。
ただの愚痴や不満が、強烈なバックビートと歪んだノイズに乗ることで、明確な殺意を持った「音楽」へと変換されていく。
ノートを開いたままの芦田先輩が、目を輝かせてその狂乱を見つめている。
俺は手元の弦を弾きながら、この生々しい日本語のノイズが、退屈な世界を根底から塗り替えるための最初の楔になることを、淡々と理解していた。




