第123話:インフラの代償と、階層化のシステム
薫の放った極限のディストーションノイズの洗礼を生き残り、入部を許可された数名の新入生たち。
彼らは恐怖から解放され、安堵の息を吐きながら互いに顔を見合わせていた。
「これで、今年度の新入部員の編成が確定しました」
俺は手元の名簿を机に置き、彼らを見渡した。
「ですが、喜ぶのはまだ早い」
俺は部室の隅に鎮座する一台のドラムセットと、年季の入った数台のアンプを指差した。
「見ての通り、この部室で同時に大きな音を出せるのは一バンドだけです。既存の先輩たちのバンドも含め、すべてのバンドがこの空間をシェアすることになる。学校の備品として貸し出せるのは、このドラムセットとアンプ、マイクのみです。ギター、ベース、キーボードはすべて自分で用意しなさい。来週までに自分の楽器を用意できなかった者は、採用を取り消します」
「えっ……自腹ですか!?」
ギターに選ばれた男子が素っ頓狂な声を上げた。
「俺たち、まだ高校に入ったばかりで……お小遣いもないし。学校の備品のギターとかないんですか? あるいは、先輩のお下がりを貸してもらうとか……」
他の新入生たちも同調するように頷く。
俺は彼らを静かに見据えた。
「学校の備品や先輩の機材を借りた瞬間、あなたたちは自分の出す音の主導権を完全に他人に握られることになります」
新入生たちの口が、ピタリと止まる。
「少しでも気に入らない音を出せば、『備品の不適切使用』を理由に取り上げられる。他人の金で手に入れたインフラには、必ずそういう鎖がついて回ります」
部室に、重い静寂が落ちた。
「親に土下座するなり、成績を交渉材料にするなりして買わせなさい。自分の一番身近にいる大人一人を説得できない人間に、人の心を動かす本物の音など出せません。……さらに、部室を使える時間は、一バンドにつき週に『四十五分』のみとします。鍵は俺が管理し、一分の延長も認めない」
「週に四十五分って……それじゃ、ドラムなんて全然練習できないじゃないですか!」
ドラム志望の男子生徒が、悲鳴のような声を上げた。
俺は無言のまま部室の奥へ歩み寄り、かつて俺が博士の実家の茶箱を改造して作った打楽器を引っ張り出した。
「なんだそれ……お茶の、箱?」
俺は彼らの前に茶箱を置き、その上に座った。そして、箱の前面を掌で叩く。
ドンッ、パシッ、ジャラッ。
バスドラムのような重い低音と、裏側に張ったベース弦が鳴らすスネアの破裂音が響いた。
「インフラが足りないなら、自分で作って埋めなさい。家ではこれを股に挟み、メトロノームに合わせてバックビートを刻んでおくこと」
俺が茶箱をドラム志望の男子の足元へと押しやると、彼らは呆然とそれを眺めることしかできなかった。
「……さて。最低限のルールは以上です」
俺は立ち上がり、部屋の隅で成り行きを見守っていた二年生たち――『ワイルド・カード』の丸山と、『ハトプリ』の麻耶たちを手招きした。
「ア、アキラくん? なに?」
麻耶がおずおずと前に出る。俺は彼女たちと、青ざめている新入生たちを交互に指し示した。
「今日から、彼ら一年生の基礎指導は、二年生のあなたたちに一任します」
「……えっ!?」
丸山と麻耶が、揃って裏返った声を上げた。
「俺たちが、教えるの!? 無理だよ、アキラくんみたいに上手く教えられないし……!」
丸山が慌てて手を振るが、俺は冷徹にそれを遮った。
「教えることは、昨年俺があなたたちに叩き込んだこととまったく同じです。メトロノームを使わないリズムの取り方。ピッチの合わせ方。そして、音圧の作り方」
俺は彼らの目を真っ直ぐに見据えた。
「他人に教えることで、あなたたち自身の基礎も固まります。……それに、俺はこれから先輩たちのオリジナル曲の調整や、外部のコンテストに向けた盤面の整備で忙しくなる。末端の基礎練習にまで付き合っている暇はありません」
反論を許さない、有無を言わさぬ、合理的な分業の提示だった。
「……わ、わかったよ。俺たちで、なんとかする」
丸山が観念したように頷き、麻耶たちも引き締まった顔で新入生たちに向き直った。
新入生たちにとって、爆音を鳴らした三年生(薫たち)と、冷酷にルールを突きつける俺は、すでに近寄りがたい、絶対的な上位者だ。彼らはすがるような目で、直属の先輩である丸山や麻耶たちの指示を真剣に聞き始めている。
俺は部室の長机に腰を下ろし、その光景を無言で観察していた。
これで、部活内に現場の効率的な分業体制が完成した。俺は現場の細々とした摩擦から解放され、より高い視点から彼らを操るための時間と労力を確保したのだ。
現場が自律的に回り始めた部室で、俺は次のスケジュールの手帳を静かに開いた。




