第122話:春の熱狂と、暴力的なフィルター
四月。新学期を迎えた山高の軽音部室の前に、三十人を超える新入生の群れが列を作っていた。
映画部が撮り溜めた映像が、この一年で街に出回っていた。ダビングを重ねて画質の落ちたテープ。焼かれたディスク。パソコンを持っている人間が面白半分にネットの海へ流した、粗い動画。
極上のポップスと、その最後にサブリミナルのように投下される白黒の狂乱映像。誰が最初に流したのかを辿れる人間は、もうどこにもいない。それが、確実にこの街の同世代の熱を狂わせていた。
例年なら数名しか寄り付かない進学校の軽音部に、三十人以上が入部希望として押し寄せる。それ自体がすでに異常事態だった。
内訳はおよそ、男子四割、女子六割。
ただ映像の華やかさに憧れてきた女子たちと、ギターを鳴らせばモテると思い込んでいる男子たち。彼らが提出した入部届の束を見れば、その動機の大半が単なる冷やかしであることは明白だった。
俺は長机に座ったまま、手元の入部届を無言でめくっていた。
盤面を拡大するための人員を探す必要がある。だが、カラオケボックス気分で押し寄せてきた彼らの中から使える人間を見つけ出すのは、骨の折れる作業だ。
一方、部室の奥。そこには、パイプ椅子に深く腰掛けた薫と、ギターの手入れをしている勝、ドラムスローンで苛立たしげにスティックを回す博士が陣取っていた。
彼らは俺の引いた安全な設計図を拒絶し、俺の『操り人形』であることからは明確な決別を突きつけてきた。だからこそ、俺が長机で新入生の相手をしていても、手伝おうともしないし、口出しもしてこない。ただ、部室を埋め尽くすチャラチャラとした新入生たちの空気に、心底イラついているのが肌で伝わってきた。
「ちょっと、静かに。これじゃ名前を呼んでも聞こえない」
俺が新入生の列を整えようとした、その時だった。
「……うるせえな」
低い声が響いた。
薫が立ち上がり、自分のフェンダー・ストラトキャスターを無造作に掴んだ。
「俺たちの邪魔すんな」
薫は俺に一瞥もくれず、アンプにシールドを繋いだ。そして、ボリュームとゲインのノブを、躊躇いなく最大まで回し切った。
ジャ、ガガッ、ギャァァァァァァン!!
真空管が唸りを上げ、空気を物理的に叩き割るような極限のディストーションノイズが、密閉された部室に響き渡った。
メロディもリズムもない。ただ、自分たちの聖域を荒らされる不快感と、退屈な世界への行き場のない苛立ちをそのままぶちまけた、暴力的な不協和音の塊だ。
「ひっ……!」
最前列にいた新入生たちが悲鳴を上げ、思わず両手で耳を塞いだ。
画面越しに見ていた「かっこいいバンド」のイメージとは次元が違う、鼓膜を突き刺す本物の音圧。
だが、彼らをさらに震え上がらせたのは、そのノイズの中心にいる薫の姿だった。
薫は荒々しいピッキングの手を止めず、耳を塞いでうずくまる新入生たちを、冷徹に見下ろしていた。
一人ひとりに焦点を合わせるわけではない。まるで自分たちの聖域に土足で踏み込んできた羽虫の群れを払うような、圧倒的な捕食者の眼差しだった。
「……帰れよ」
ノイズの隙間から低く吐き捨てられたその一言と、完全に振り切れた狂人のような瞳。
覚悟もなく足を踏み入れた彼らの薄っぺらいプライドは、その音と殺気によって完全に粉砕された。
「無理だ、こんなの……!」
ただの憧れでやってきた彼らに、この狂気に満ちた空間に耐え続ける精神力はなかった。
泣きそうになった生徒が逃げるように部室を飛び出すと、それに釣られるように大半の男女が次々と無言で列を離れ、パニックを起こして廊下へと消えていった。
俺は耳を塞ぐこともせず、手元の入部届の束から顔を上げた。
薫はまだ、アンプの強烈なハウリングを響かせながら、獰猛な目で残った新入生たちを見下ろしている。
俺は彼を止めることも、咎めることもしなかった。ただ、逃げ出した連中の名前を名簿上で探し、真っ直ぐな斜線を引いていく。
「……手間が省けました」
俺はペンを置き、足がすくんで逃げ遅れた数名の新入生たちを見渡した。
「残った者だけで、面接を続けます」
彼らの制御不能な反発と暴走すらも、人員を間引くための便利なフィルターとして盤面に組み込む。
俺の冷徹な宣言に、残された新入生たちは青ざめた顔でゴクリと生唾を飲み込んだ。




