第111話:蚊帳の外
九月最後の土曜、部室には俺と薫の二人だけだった。
勝と博士は模試、智ちゃんは受験相談で不在。珍しく誰にも邪魔されない午後だった。
薫はアンプの前でストラトの弦を張り替えながら、ふと手を止めた。
「なあ、アキラ」
「なんですか」
「最近、お前と智子、なんかコソコソしてるだろ」
俺はベースのペグを回す手を止めなかった。
「実務の話です。ファンクラブの件で」
「その実務ってのが分かんねえんだよ」
薫は張り替えたばかりの弦をぞんざいに弾き、耳障りな不協和音を響かせた。
「志村さんとかいうオッサンとの話も、木村さんとの打ち合わせも、俺には一回も回ってこねえ。……先週なんか、部室に来たら智子と木村さんとお前だけで、何か真剣な顔して話し込んでただろ。俺が入った瞬間、話止めたよな」
「聞かせる必要がなかっただけです」
「それだよ」
薫がストラトを乱暴にスタンドへ立てかけ、こちらを振り返った。
「お前は、いつもそうやって決める。聞かせる必要があるかないか。……全部お前が決めてんだよ」
俺はベースをケースに戻す手を止め、薫の顔を見た。
いつもの獰猛な笑みはなかった。
「聞かせてほしいなら、聞かせます」
「今さらかよ」
薫は舌打ちした。
「別に、いま全部説明しろって言ってるんじゃねえ。……ただ、俺たちの名前でファンクラブとかいうデカいもん作っといて、その中身がどうなってるか、俺と勝と博士だけが何も知らねえのはおかしいだろって話だ」
「六千人の登録者データと、紙の原本の管理体制の話です。演奏には関係ありません」
「関係あるかどうかを、なんでお前が先に決めるんだよ」
沈黙が落ちた。
防音扉の外から、吹奏楽部の遠い音だけが聞こえていた。
「……お前がやってること、いちいち理屈は通ってるよ」
薫は椅子に座り直し、天井を仰いだ。
「六千人分の紙、誰が預かるとか、電子データがどうとか。全部お前が正しいんだろうさ。……でもな」
彼はこちらを見た。
「俺たちバンドだろ。誰かが預かって、誰かが決めて、俺は演奏だけしてろって、それ、もうバンドじゃなくてお前の会社だろ」
俺は答えなかった。
薫の言っていることは、いつか智ちゃんが「薫くんみたい」と言った時とは違う種類の指摘だった。あの時は場当たり的な放置を咎められた。今度は逆だ。設計しすぎている、と言われている。
「……分かりました」
俺はそれだけ言った。
「次から、判断の前に共有します」
「口だけならいいよ、別に」
薫は立ち上がり、ケースからギターを取り出した。
「今日はもう練習しようぜ。……こういう話、長くやっても好きじゃねえんだよ、俺」
俺は頷き、ベースを構え直した。
だが、薫が言った「お前の会社だろ」という一言だけが、頭の隅に残ったまま消えなかった。
器を整えることに集中するあまり、その器の中に薫たちの居場所を確保することを、俺は一度も考えていなかった。




