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第097話:物理的ゲートと、整理券の没収

8月1日 8月2日 午前午後 2話ずつ投稿します。

八月六日。午後一時。


気温が三十五度を超え、アスファルトから陽炎が立ち上り始めた頃。俺は、市民会館のステージ裏にある涼しい搬入口から、外の敷地の様子を静かに見下ろしていた。


今年の夏は異常な暑さだった。今日の予想最高気温も三十五度に達している。


整理券を配布している以上、敷地内に行列はできないはずだった。俺たちも、実行委員会の大人たちもそう思っていた。だが、現実は違った。県外から遠征してきたと思われる派手な格好の若者たちが、数人、また数人と集まり、炎天下の中で勝手に待機列を作り始めたのだ。


スタッフが「第一部は十七時開場です」と伝えても、彼らは動こうとしない。「整理券はあるけど、少しでもいい席で見たいんだ」と言って、コンクリートの上に座り込んでいる。


完全に想定外だった。この猛暑の中、客が熱中症で倒れるのも大問題だが、それ以上に厄介なのは対応するスタッフの体調だ。客を管理するために炎天下に立ち続ければ、夜の過酷な入れ替え制ライブを前にスタッフ側が熱中症で倒れ、運営のスキームそのものが崩壊してしまう。


今回、会場の誘導と整理を担っているのは、麻耶や京子先輩たちが組織した有志のネットワークだ。


その数は圧倒的だった。山高有志が百人。山口中央高校から二十人、野田学園から二十人、そして中村女子高等学校から二十人。さらに、暴徒化寸前の客を抑え込む「物理的な壁」として、山高柔道部から十人。そして彼らのツテで、練習試合などで顔見知りだった西京高等学校の柔道部からも、十二人の屈強な男子生徒を助っ人として引っ張ってきていた。


彼らの配置も、完璧に計算されている。


山高の柔道部員十人は、ステージの最前列に配置される。彼らはすでに山高での練習やゲリラライブを通じて、俺たちの放つ熱狂と音の圧力に耐性ができているからだ。


一方、西京高校の柔道部は、外の入り口やロビーの警備に立ってもらっている。俺たちの音楽をまだ直接知らない彼らをステージ前に置けば、客の異常な熱狂に戸惑う可能性がある。彼らには、外の物理的なゲートとして、純粋な威圧要員になってもらうのが最適だった。


外の列が十人を超えようとした瞬間だった。


「そこのあなたたち! 敷地内に並ばないでください!」


鋭い声が響き、指定ジャージを着た麻耶と京子先輩が、西京高校柔道部の巨漢たちを引き連れて現れた。麻耶の手にはメガホンが握られている。


「なんだよ。俺たち整理券持ってるんだぜ! 早く並んで最前列を取りたいだけだろ!」


汗だくの若者が食ってかかるが、麻耶は一歩も引かず、冷徹な声で言い放った。


「本公演は整理番号順での入場です。早く並んでも席は変わりません。それに……指定時間前にこの敷地内に滞留した方は『近隣への迷惑行為』とみなし、その整理券を没収し、入場をお断りします!」


「ぼっ、没収ゥ!?」


「ルールを守れない方の参加は認めていません。……今すぐ、商店街などの涼しい場所へ退避してください!」


若者たちが「高校生の分際でふざけんな」と反発しようとした、その時だった。


麻耶の凛とした宣告に合わせるように、背後に控えていた指定ジャージに分厚い道着の下穿きを合わせた西京の男子たちが、無言でドスッと一歩前に出た。


ただそれだけで、周囲の空気が威圧感で張り詰める。女子高生の口頭注意だけなら舐めてかかっていた若者たちも、背後の巨漢たちの殺気を見て、「本当に力ずくで券を取り上げられかねない」と本能的な恐怖を覚えたようだ。


「わ、わかったよ! 行けばいいんだろ!」


『没収』というハッタリと、物理的な暴力の匂いを突きつけられ、若者たちは蜘蛛の子を散らすように慌てて敷地から逃げ出していった。


俺は搬入口の影で、小さく口角を上げた。


完璧なコントロールだ。猛暑という自然の脅威すらも、整理券のルールと、麻耶たちの徹底した『恐怖支配』によってねじ伏せている。それに、客たちは根本的な勘違いをしている。


(……良い席なんて、初めから存在しない)


俺は傍らのあるPA機材のラックを撫でた。


この巨大な市民会館に、俺たちが限界まで引き絞った狂暴なディストーションノイズとバックビートを叩き込むのだ。最前列だろうが、二階の最後列だろうが関係ない。千五百席のどこに座っていようと、逃げ場のない圧倒的な音圧で、平等に鼓膜と内臓を揺らしてやる。


「※本作品は山口市をモデルとしたフィクションです。作中に登場する実在の施設(YCAM、山口市民会館など)や団体、およびその運営方針等は、すべて物語上の架空の設定であり、現実のものとは一切関係ありません。」


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