第010話:ロックンロール
錆びた鉄の扉を押し開け、俺が芦田を部室の中へと招き入れると、ジャーンと鳴り響いていた粗削りなギターの音がピタリと止んだ。
「おいアキラ、なんでこいつ連れてきたんだよ」
ギターを抱えた斎藤が、怪訝な顔で芦田を指差した。
「音楽部の優等生じゃねえか。昨日、俺たちの音聴いて腰抜かしたっていう……」
「ち、違いますっ!」
芦田は顔を真っ赤にして怒鳴った。
俺は斎藤の低俗なからかいには一切反応せず、部屋の隅にあるパイプ椅子を無言で指差した。
芦田はおずおずとそこに腰を下ろし、抱えたノートを強く握りしめる。
「おい、お前が仕切るなよ」
橘が不機嫌そうにギターのネックを掴んだ。
「昨日の続きなんだが、お前、俺たちとバンドやるつもりあんのか?」
「ええ。俺が曲を書きます。先輩たちは、それを全力で鳴らすだけでいい」
俺が淡々と告げると、斎藤が鼻で笑った。
「おいおい、大口叩くねえ」
「でもあの曲なら、すげえことになりそうだぜ!」
梶井が目を輝かせ、ドラムスティックでシンバルを軽く叩く。
「……で、このバンドの方向性はどうしますか」
俺の問いかけに、三人は顔を見合わせた。
「方向性って、なんだ? 北とか南か?」
と橘が首を傾げる。
「風向き?」
と梶井が適当なことを言う。
俺が黙って彼らを観察していると、見かねたように部屋の隅から細い声が飛んできた。
「……どんなジャンルで、どんなメッセージを聴かせたいかってことですよ」
芦田だった。
俺が静かに頷くと、三人は再び顔を突き合わせた。
「ジャンルって……フォークソングか歌謡曲だろ?」
「だよな」
「俺はフォーク派だけど」
彼らの口から出るのは、この停滞した世界に存在する行儀の良い音楽ばかりだ。
だが、橘は俺の方を真っ直ぐに見た。
「昨日のアキラの曲は、どれとも違ってた。俺はあれがやりたい。……あれ、なんてジャンルなの?」
「ロックンロールです」
dishonesty「なにそれ。どんな意味だ?」
「意味はありません。ただ、腹の底を揺らす音楽です」
俺が短く言い切ると、橘は納得したように大きく頷いた。
「わかった。俺たちの目指すジャンルはロックンロールだ。で、メッセージは?」
俺が答えるより早く、パイプ椅子の芦田がぽつりとこぼした。
「そりゃ、『センコー、いい加減にしろ』でしょ」
いつもはおとなしい音楽部の優等生。
彼女の口から飛び出した、不満をそのまま言語化したような等身大の響き。
俺は反論も称賛もせず、無表情の裏側で静かに口角を上げた。
「よし、決まりだ」
橘がジャキッ、とギターのコードを荒々しく鳴らした。
「メッセージはそれだ。音楽のことは全部アキラ、お前に任せる。俺たちは、そのロックンロールってやつを全力で叫んで叩くだけだ」
斎藤と梶井も、異存はないとばかりに力強く頷いている。
俺は静かに視線を受け止め、彼らの未完成な才能が俺の盤面に乗ったことを確認した。
「分かりました。……最後に、バンドの名前です」
俺は部屋を見渡し、行儀の良い音楽の概念しか存在しない彼らへ向けて告げた。
「この世界の綺麗に整った拍子を持たない、型外れの音楽。……『beat less』」
「ビート・レス」
橘がその言葉を舌の上で転がし、獰猛な笑みを浮かべた。
「意味はよく分かんねえが、なんか強そうじゃねえか。いいぜ、それにしよう」
俺が用意した看板を、彼らが自らの意志で掲げた瞬間だった。
合言葉は決まった。
全権を握った裏方として俺がすべきことは、彼らの等身大の苛立ちを乗せるための設計図を、ただ淡々と引き続けることだけだ。




