↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砂海の遺珠  作者: 秦 奈良鹿
第二章 侍衛編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/48

《二十一》銃弾を真珠に

 鏢局(ひょうきょく)の男はまだ西に出発しておらず镹安(ジョウアン)城内にいて、紅紅(ホンホン)を通じ連絡があった。

 急遽、耳に入れたいことがある、という。


 靖王(せいおう)は無事、いくつかの場所を経由して靖王府に戻って来た。

 そろそろ浴殿に、という時分だったのだが、夜に連絡とは余程のこと、と召すことにしたようだ。


 靖王の気に入りの茶荘はもう閉まっているし、泊まり客が多い明月楼(めいげつろう)に行くのが面倒くさかったらしい。

 とにかく今日は忙しかった。慧(フェイ)だってもう、面倒くさい。外に行くと言われなくてほっとしているくらいだ。


 鏢局の男に靖王がどんな指示をしているのか、慧は全てを知るわけではない。出会いは夜珠(イエジュ)を誘拐しようとする犯罪行為だったが、彼の働きぶりに一定の信頼を置き始めた、ということだろう。


 しかしここは、あまり世評のよろしくない、死の、もとい四の皇子の住まいする王府である。

 鏢局の男は、何故、靖王府に呼ばれたのかという様子の緊張した面持ちで平伏している。


「石五(シー・ウー)。」


 鏢局の男――石五は恐る恐る顔を上げる。


「…若さま。こんな高貴な方のお住まいに呼び出しとは、どういうことで。」


 聞きつつ、石五はまだ、目の前の青年が靖王本人とは夢にも思っていないようだ。

 皇族などというものは本来はそうやすやすと庶民の前に姿を現さないのである。


「この時間、酒楼か妓楼しかやってないだろう?俺は湯浴みするところだったのでな。まあ立て。」

「はいぃぃぃ?」


 石五は今ひとつ飲み込めていない様子だったが疑問は横に置くことにしたらしい。

 さすがに商売人である。

 咳払いを一つ。


「お探しの者についてご報告が。陳軍匠(チェンぐんしょう)に接触していた者と媚香楼(びこうろう)にて会っていた相手の詳細がわかりましたよ。」


 以前と比べると、なまりはあるもののちゃんとした官話に近く改まった口調だ。


「本当か。」

「はい。二人とも媚香楼に引き続き出入りしているようだというのは先日お伝えした通り。陳の接触者の方はやはり西市の近くに住んでましてね。あの異教寺を覚えておいでで?」


 夜は少し気味が悪い寺だ。

 慧はあのとき意識が朦朧(もうろう)としていたがよく覚えている。


「ああ、明月楼の妓女をさらおうとした女たちを捕まえたところだな。」

「あそこの寺男として潜んでいますよ。時々訪ねてくる者がいるのですが、その者が来ると姿を変えて外出します。そう、頭巾姿で。…今も軍匠たちの周囲で様子をうかがっているようですね。」


 不穏な情報である。


「未だに殺すか拉致する機会を狙っているということか。」

「それはまだわかりかねますけどね。訪ねてくる者は用心深く、我々ではなかなか正体がつかめません。本職の者をつかせたほうがよいかと。――容姿はこれに。とはいえこちらも覆面ですが。」


 石五は靖王に絵姿と特徴を記した紙を差し出す。


「…それから寺には定期的に流民のような者たちが連れてこられてますね。」

「慈善活動ということか?」


 石五は声をひそめる。


「それが、どうも売られてるようなんです。」

「通常の…身売りではなく?」


 そこそこ富裕な家だと家職や侍女を置いたりするが、彼らはたいていが元流民や食い詰めた者たちで身売り証文に縛られている。

 ただしこれは法のもとで認められていることである。

 実態は奴隷と変わらないところがあっても。


「専門の闇の市場ですね。…接触者が媚香楼で会っていた者ですがね。西の商人と称して妓楼に長逗留しており、古株の妓女に入れ込んでいるようだ、ということは既にお伝えしましたね。その者も寺に出入りしてました。」


「どうもその妓女には楼主や商人とは別に若い恋人がいまして。これがあんまり筋がよくなさそうな男で。その家の前で人が連れて行かれるのを見た、って声が複数ありましてね。どうもそれが陳軍匠とその息子に風体(ふうてい)が似ているようです。」


 これは結構有力情報だ。

 寺に出入りするものは、


 用心深い訪問者。

 寺男を装う陳の接触者。

 彼が会っていた媚香楼に長逗留する自称西の商人。


 これらのうち用心深い訪問者以外は、すべて媚香楼につながる。

 合わせて、


 商人が入れ込む妓女円円(ユェンユェン)。

 妓女円円の若い恋人。

 妓女円円を寵愛する楼主。


 楼主と妓女、用心深い訪問者以外は陳軍匠と何らかの形で関わっている。


「わかった。追加で四人、探して欲しい者がいる。まず、馬(マー)軍匠と、元妻。鎮州(ちんしゅう)に二人で行くと言って馬軍匠が失踪(しっそう)する直前、離縁の届けが。馬軍匠は直前に媚香楼に出入りしていた。元妻は馬軍匠の失踪後ほどなく西市で目撃されている。生活ぶりは派手になっていたようだ。」


「それから、他の軍匠に接触していた二人。この二人は媚香楼に出入りしていることは分かっている。陳軍匠の事件とのつながりを探してくれ。おそらく――異教寺周辺に現れるだろう。」


 靖王は慧に合図し、四人の絵姿を渡すよう言う。

 石五に近づくと慧が誰か――あの誘拐事件の、榛(はしばみ)色の瞳の妓女だと分かったようだ。

 目を剥(む)く石五に慧は口元でだけ微笑んでやった。


「ああ、その者の正体は極秘だぞ。引き続き捜索をよろしく頼む。」


 石五は、ははあ、と目を白黒させている。


「…わかりました。出発まであと三日ですが探してみましょう。」

「近々、餌を撒いておびきよせてみるつもりだ。紅紅に明日午後すぐ来るよう伝えてくれ」

「人手が必要ならどうぞ言ってください。お気をつけて。」


 鏢局の男、石五は多めの駄賃を貰ってほくほくと帰っていた。

 もはやここが靖王府であること、目の前の青年が誰であるかを気にはしないことにしたらしい。


 入れ違いに思遠(スーユェン)が戻ってきた。

 妓楼から戻ってきて、またどこかに行っていたらしい。


「思遠。計都(ジードゥ)に報告を受けたが、襲撃があったそうだな。怪我はないか。」

「ございません。」

「それならよかったが…。」


 靖王は石五から聞いた件を思遠に伝え監視などを指示した。


「報告がございました。行商に扮(ふん)させ放っている者から、以前お命じの件です。…こちらをご覧に。」


 思遠の従者が小箱を恭しく差し出した。

 慧は箱を受け取り、靖王に開いて見せる。


「思遠…これは。」


 布を敷いた中に、燭台(しょくだい)の光を鈍く映す、ひと粒。

 少し潰れた、やすったような表面の丸い金属の玉。


「例のお探しものかと。現場ほど近くの邑(むら)の娘が金河(きんが)の砂州で拾ったそうです。」


 何回か捜索されていたが見つからなかった。

 思遠が婉曲(えんきょく)な言い方をするのは最も重大な証拠だからだ。


 おそらく、瀚黎(かんれい)戦の一発目の銃弾。

 それが滑腔銃(かっこうじゅう)のものか、例の施条銃(せじょうじゅう)のものかを示す証拠。

かなり黒っぽくはなっているが錆で腐食しているというわけではない。


金河上流で銃を使った戦闘はあの場所でしか行われた記録がない。

絶対にこれはそうだと言い切れるわけでもないが、あの時の弾丸である可能性は高い。


「砂に半ば埋もれていて、河の流れが変わったあと出てきたようです。もともとは娘が体調を崩したことで発覚しました。」


 靖王は相槌(あいづち)をうち、先を促す。


「娘は近頃よくむずかるようになり、倦怠感(けんたいかん)があるようだ、ついに痙攣(けいれん)を起こした、というので医者に見せたそうです。いつからだというのでそういえば光る『宝物』を金河で拾った頃からと家族が話したそうです。」

「宝物?」


 ええ、子供というのは光るものが好きでしょう、と思遠は首肯(しゅこう)する。


「娘はしきりに手に取って眺めていたそうで、幼い娘ですから舐めたりもしたのかもしれません。もしや鉛ではないか、と医者が疑い、ちょうどそこに配下の者が聞き合わせに現れた、ということです。」

「…体調を崩させ、宝物を奪ってしまっては心が痛むな。」


 思遠は頷き、続ける。


「その者は診察代と薬代をしばらく先の分まで肩代わりしました。これは活動の手当として与えているものから充当しています。」

「娘は回復したのか?」

「ええ。その者が発つころには起き上がれるようになり、見送ってくれたそうです。」

「それならよかったが…。」


 思遠は微笑んだ。

 彼にしては珍しい慈しむような笑みだ。


「…娘にはちょうど荷に残っていた規格外の真珠一粒と『宝物』を交換してくれないか、と持ちかけたそうにございます。貧家の娘というわけでもありませんが真珠は見たことがなかったらしく、たいそう喜んでくれました。両親も喜んで、将来嫁がせるときの簪にする、と。」


 靖王は大きく頷いた。


「真珠の代金と経費は言ってくれ。軍器監で鑑定が必要になるが、結果が分かればその者にさらに報償を。」

「ありがとうございます。ではこれは、詔獄(しょうごく)で厳重に保管しておきますね。」

「頼んだ。」


 思遠は銃弾のはいった箱をしまうと口調を改める。


「それから。媚香楼の転落者が続いた件で進展がありました。この冬あった一件は、遺体は女で、身元を示すものはありませんでした。ただし年格好から馬軍匠の元妻の可能性があります。今検視記録を当たらせています。」


 流れ者で人付き合いがないと手がかりは少ないだろうが…。


「さらに先ほど入った報告ですが、元妻は過去に媚香楼で下働きしていた、と鴇母(おかみ)から証言を得ました。」


 あの鴇母はずいぶん心が揺れているようだったが決心したらしい。


「馬軍匠との婚姻の少し前に身売り証文を買い戻し、出ていったそうです。鴇母によると腕に生まれつき痣(あざ)があったと。こちらも合わせて調べさせています。」


 靖王は、元妻は何を売ったのかな、と小さくつぶやく。

 ――きっと返事は必要としていない。


「わかった。引き続き調査と明日午後の準備を頼む。」

「は、遅くに失礼を。」


 思遠は宦官(かんがん)ではないため寝殿まで来ることはない。

 衍(イェン)や慧とは違う仕え方だ。

 今晩はそのまままた詔獄へ行くらしい。


「もう遅い。ここで一晩保管してはどうか。」


 靖王府の中殿や寝殿は人手が薄く見えるが見た目以上に警備は厳重である。

 周囲のあらゆるところに手練(てだ)れの暗衛(あんえい)を潜ませてある。夜道を行くより安全だ。


「ではそのように。私が懐に入れて見張りを。」


 ということは徹夜である。

 慧の視線を受け思遠が笑う。


「誰か宿直のものをそばで見張らせればいいだろう。明日は国子監(こくしかん)に行かなくてはならないし。」

「ええ、そうします。…おやすみなさいませ。」


 靖王は頼んだ、と寝殿に戻って行く。


「今日は一日中慌ただしかったな。」

「お疲れさまでございます。お湯が冷めてしまうので湯浴みにどうぞお急ぎに。」


 湯浴み後、靖王の髪も乾かさなくてはならない。

 今からだと、自分の湯浴みは到底無理だな。

 慧は半眼になりながら心の中で毒づく。

 そういえば国子監の課題も一つのこっていた。

 こんな日に限って衍がいないので靖王の寝支度まで慧がせねばならない。


 慧はこっそりため息をつく。


「明日も国子監に媚香楼にと忙しいぞ。お前ももう自室に下がっていい。」

「そういうわけにも。」

「遅くまで男の部屋にいるものじゃない。戻れ。」


 慧はふと目線を下げる。

 結い髪に結んだ髪帯の下がり珠と歩揺(ほよう)※が触れ合い、ちりりと鳴った。

 ああ、そういえば女姿だった。


「誰もいないのもどうかと。」

「不便ではあるが仕方ない。」

「安全面でもどうかと。」


 侍衛(じえい)としてこれは譲れない。


「…。」

「どうぞ遠慮なさらず、さっさと湯浴みしちゃってください。お手伝いは致しかねますが。湯浴み後、おやすみの際には寝所の控えの間におります。」


 靖王はなぜか不機嫌な感じで浴殿に向かおうとする。

 慧が着替えを入れた籠を持つと、靖王は足を止めた。灯籠(とうろう)吊りの長竿を慧の手からそっと取り上げ、自分で二人の足元を照らして行く。


「私はここに。」


 靖王が浴殿に入ると、慧は扉の外に控えた。


「何かあればお呼びください。」

「…ああ。」


 -----


 夜更け、軍器監府に賊が入った。

 靖王は寝所に入った後で気が引けたが、知らせに行くとあっさり起きてきた。中殿に控えていた侍衛から報告を受けてひと言、


「だろうな。」


 にやりと笑ってあくびをした。

 白絹の夜着の合わせに、意外にしっかり筋肉質な胸元がのぞく。


「昨日朝、あえて軍器監府に寄った。見慣れない来客、軍器監は何やら終日外出の予定。不審に思うには十分だろ。そして夕刻、軍器監は軍器監府に結果と証拠の品を持ち戻った――と思わせるため、思遠の仕込みで偽装した。」


 敵は知恵が回る。

 試射の結果を見れば明らかだ。

 こちらも裏をかかねばならない。


 そのために、姒軍器監(シーぐんきかん)と寧王(ねいおう)、靖王、そして主だった侍衛たちが随行し、途中で馬車を乗り換えつつ急いで宮城に直行したのである。


 寧王府と靖王府の馬車は、彼らと別れ禁苑からそれぞれの王府に戻る途上で襲撃を受けた。

 実際これは囮であり、乗っていたのは慧たち侍衛で護衛が従者に変装して付き従っていた。襲撃者は生け捕りにし武徳司に引き渡してある。


 さらに予想通り抜かりなく軍器監府も狙ってきたということだ。


「そこはあっさり引っかかってくれたわけだ。黒幕は手ごわいが末端はそうでもない。相当焦りがある。」

「賊は捕縛し、夜を徹して尋問がなされているそうです。」

「その者は?」

「…軍器監の史(シー)弩坊署丞(どぼうしょじょう)※の手の者です。軍器監の官は姒軍器監から下級官吏に至るまで思遠さまが監視させていましたので、弩坊署丞宅への出入りを把握しておりました。」


 弩坊署丞は九品の官で、弩坊署の二番手である。


「軍器監丞(ぐんきかんじょう)※ではなかったか。下級官吏の割に度胸がある。…少し違和感もある。」

「まだ何ともわかりませんが弩坊署丞は引き続き監視付きの上、泳がせています。」


 侍衛の言葉に靖王はゆっくり頷いた。


「賊(ぞく)は何か吐いたか。」

「いえ。金で雇われたもののようでございます。陛下が詔獄へ召喚(しょうかん)をお命じになりました。」

「そうか。…ま、朝になれば各所動き出す。我々にできることはない。寝よう。」


 侍衛が下がると靖王はあくびを一つし、慧の肩を寝殿の方へとそっと押した。

 肩にかかっていた髪が、胸元に落ちてきた。


「おやすみ。」


 慧はいつもの癖でじろりと見たが、靖王は気づかず目を擦っている。

 三更三点(さんこうさんてん)の、子(ね)の正刻(せいこく)を表す太鼓はずいぶん前に聞こえていた。眠いのなら目くじら立てるほどのことでもないか、と思い直す。

 皇族といえども人間だ。


「…。おやすみなさいませ。」


 靖王が寝所に入っていくのを確認する。寝殿入口の見張り番に立つ侍女たちに、何かあれば引き続き自分に報告をと命じ、慧は控えの間に入った。


 窓から中院(なかにわ)が見える。

 ここにも、北苑(ほくえん)と同じ早咲きの杏(あんず)の花がある。

 灰色にも見えるほどのうすい紅を落とした白い花びら。その重なりが軒下の釣り灯籠の灯りで切り絵のように浮かび上がっている。


※歩揺

( 歩くたびに揺れるところから ) 婦人の髪飾り。簪(かんざし)の類。

『コトバンク』


※弩坊署

軍器監の下位機関で、兵器その他諸々の物品や職人の受け入れと分配、生産の監督、良質と不良品の選別などを担当した。

『百度百科』


※弩坊署丞

弩坊署の次官で上官である弩坊署令の代理を務める。官品は正九品下。


※軍器監丞

軍器監の上から三つ目の官職。判官(実務の執行・監査)。従七品上で四名。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。