《十九》若き軍匠の証言
陳軍匠の死と同時期に、自分たち、試射専門の軍匠らの周辺に不審な者たちの接触があった。
自分たちは応じてない。ただある日一人の軍匠――馬が職を辞す、としていなくなった。
接触してきた者たちに関係があるかは分からなかった。
妻の故郷へ行くと聞いた。出立の日を知らせてくれたから見送りに行ったのだが、その後、馬軍匠は所在が分からなくなっていた。
奇妙なのは馬の新妻がいつの間にか舞い戻っているのを市で見かけたことだ。随分羽振りが良さそうだった。
英王の事件の後、当然大理寺に馬軍匠のことを聞かれた。
だがそんな中、同僚が一人、死んだ。
家族も一緒に。
馬軍匠と特に親しく付き合っていた者で黄という。
持病はないはずだ。
自分は黄を訪ねる約束があり家を訪ねてその死を知り、京兆府に知らせた。
黄らはのちにただの病死とされたが家族全員同時に病死、とは腑に落ちない。
一家全員死んだとなれば真っ先に疑われそうなものだが、直前に頭巾の女が出入りしていたらしいと近所の者が証言してくれ、俺は捕縛を免れた。
どうも茶を飲んでいる最中に絶命したようだった。
これは京兆府に特に言っていない。しかるべき捜査をすると思ったからだ。
自分は、彼が無理な姿勢で拳を握り、息絶えていることに気づいた。拳を開けさせると、そこには仲間たちへの伝言があった。
――馬の事を話すな。
字は荒れていたが彼の筆跡だった。
彼が俺たち以上に馬の何を知っていたのかは分からない。
余計なことを話せばそうなる。自分たちは震え上がり以来口を閉ざしてきた。
「俺が知ってることは以上です。」
「よく話してくれた。…二、三、聞きたいことがある。馬の元妻はどういう女か知ってるか。」
「鎮州の女で、家は食い詰めて商家に売られたそうです。十年ほど州都で奉公したあと、身売り証文を返してもらったって言ってましたね。」
若い軍匠は周りに確認するように見回しながら続ける。
「馬の家族は。」
「母親と息子と娘が一人ずつ。子はそろそろ成人する頃だったと。あの女は後妻で馬の母親とも継子とも折り合いが悪かったようです。どっかの妓楼ともつながりがあったみたいで、どことなくまっとうではない匂いもあり、母親も俺たちも反対したんですよ。黄は特に反対していました。それがこんなことになるとは。」
「馬と黄の出身は?」
「馬は本籍が镹安県で都育ちですよ。黄は鎮州。」
ざわめきが広がる。
元妻の何らかの情報をつかんでいたのかもしれない。
「城内に密かに人をやって似顔絵師を呼ぶ。馬軍匠と元妻、それから自分たちへの接触者の容姿について話せ。」
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朝に案内された天幕へ戻る途中、うす紅色の雲がかかったような一帯があった。
それは白にほんの一滴だけ紅を足したような色で、花びらが重なり合い墨絵のような幽玄な様子を見せている。
「――計都、見ろ、杏花が綺麗だぞ。」
そこは靖王の言うとおり杏の林、ちょうど今、花の盛りを迎えようとしている。
今日の陽気に誘われたのか黄鶯が一羽、囀っていて季節の移ろいを感じる。
「…ああ、綺麗ですね。私は実の方がいいですが。」
「お前なあ。…風情のわからん奴だ。まあ予想通りの返しだが。」
満開の――美しく咲く花は、怖い。
皆が笑い、姒軍器監も笑いながら振り返る。
「花の頃もちょうど良いかと思いまして。簡単なものですが中餐をこちらにご用意しております。」
言われてみれば何やら、林の外に天幕があり煙が上がっている。
香ばしく肉の焼ける匂いがしてきた。
兵士らが肉や麵包を焼き、湯を入れた鍋をかき混ぜている。
肉はどうも御猟場で狩った鴨や鹿らしい。
急に空腹を感じる。
太陽の傾きを見れば恐らく昼を少し過ぎている。
腹も減るはずだ。
熱々の湯や肉汁滴る肉を漬け物や麵包と共に腹に収め、一行の少し張り詰めた空気が和らぐ。
水菓子に蜜柑まで出た。ぷちぷちとさわやかな果汁が口の中に広がる。
「酒でもあればより最高なんだが。全て終わったら春猟のついでにでも花見に来たいものだね。二の兄上も一緒に。」
「兄上、春猟は国家行事ですよ。でも、いいですね。」
寧王は目を細めて言い、応えた靖王と目を見合わせると楽しそうに笑い合った。
実際に殺傷のあった銃で試射なんて殺伐としたことをしているのに、こんなに長閑だ。
「――欲囀聲猶澀,將飛羽未調。
高風不借便,何處得遷喬。※」
慧はふと、詩を諳んじる。
「…詠黃鶯兒※、か。また古い詩を知ってるな。」
靖王が杏の林を見やって言い、慧はただ微笑み返した。
「…澄水の方には花桃や梨の木もございますね。それらが咲くころには一旦決着させたいものですな。」
「ああ。ここからが正念場だな。」
そこへ似顔絵師が到着した。
「さあ馬軍匠と接触者の特徴を教えてくれ。」
どうも接触者は二人いたようだ。
「三人とも差はありますが西域の特徴がありますね。馬軍匠はより亮人らしさがありますが。…この二人、陳軍匠の接触者とは少し違うようですね。」
慧は似顔絵を見て靖王に耳打ちする。
「念のため媚香楼にも照会をかけよう。」
その夜はとても忙しくなった。
北苑から城内の軍器監に戻り、姒軍器監、寧王、靖王、それぞれの侍衛は宮城に、慧と思遠は別れて護衛を連れ、王府に向かった。
その途中、襲撃を受けた。
(なぜ自分たちが襲撃を受けたか――)
今日の試射は極秘だった。北苑でやるのは人目を避けられる利点があっても人数を要することもあり、漏れる可能性は念頭に置くべきだとは思っていた。
だから靖王らはおそらく数度馬車を替えているはず。
対して、こちらが乗っているのは靖王府の馬車だ。
「…。こちらは囮だったか。」
慧は低く呟いた。
思遠は宥めるように笑って慧の肩を叩く。
靖王らは無事宮城に入り、皇帝に拝謁できただろうか。それだけは気がかりだった。
「思遠さま、媚香楼へは私一人で行けますが。」
囮計画を思遠は知っていたのだろう。なぜ自分には教えてくれなかったのかと、少し――面白くない。
慧は、妓楼へ行くため目立たぬよう乗り換えた馬車の中へ、あとから乗り込んできた思遠に言う。
「もう暗い。夜に計都一人で行かせるなと殿下がおっしゃった。諦めろ。」
「過保護ですね。」
「そう言うな。お前のことを八の君と同じように思っていらっしゃるんだ。」
八の君は十二になったばかりの末っ子気質で幼い。
いくら男装の自分が十四、五に見えるとはいえ心外だが、それを口にもできない。
「…はあ。」
ここは勝手知ったる明月楼のある南曲でなく、中級妓楼や楽師坊の集まる中曲だ。
本音を言えば、色里としての気配が濃くなる夜の花街には近づきたくない。
その上、少年の姿なら安全かといえばそうでもない。
まあ一人よりいいか、と思い直す。
※詠黃鶯兒 (鄭愔の詩)
欲囀聲猶澀,將飛羽未調。
高風不借便,何處得遷喬。
黃鶯への頌歌
美しい歌を歌いたいけれど、私の声はまだ少し未熟。高く飛びたいけれど、私の羽はまだ完全に生え揃っていない。
このような状況で、強い風の助けなしに高い場所まで飛ぶことはどうすれば可能だろうか?
『訳文:百度百科』




