《十八》試射
姒軍器監の一行には、詔獄の者が二人。官廠にも来ていたあの者が、もう一人と共に、狙撃現場に残された銃が入っているであろう木箱をそれぞれ携えている。
どちらの男も眼光鋭く、天幕の中に緊張した空気が一気に満ちる。
思遠は靖王の視線を受け、警衛に立つ兵に、天幕周囲の人払いと幕囲いの外や禁苑に至る道に不審な者があれば排除するように再度命じた。
軍器監が天幕にいる皆に説明を始める。
「まず先日、例の銃を拝見したあと、再現した銃弾を製作させるのに日数を要しましてね。事情を知らないものに勘付かれないよう、日没後や早朝に作業して数をそろえ、天気と、皆さまの予定を勘案して今日試射の運びとなりました。」
大卓子に紙が広げられる。
今日の予定らしい。
「本日はこのような次第で進めて参ります。」
現行の滑腔式火縄銃、瀚黎戦の狙撃現場の遺留品で現行銃に似た滑腔式火縄銃、銃腔内部に溝が施された火縄銃――以降施条式火縄銃と呼ぶ。
この三挺を使って試射し、次の四点を確認する。
一、静止した的を使い、距離を変えながら射撃性能を見る。
二、射撃後の銃弾を回収し残された傷を観察する。
これは英王を撃った銃、伏兵が自害に使った銃、そして現場に残された銃が同じ銃なのかを知るため。
三、現場に近い状況を再現し動く的を狙う。滑腔式、施条式、共に狙撃が可能かどうか。
四、その環境でのそれぞれの発砲音の聞こえ方はどうか。
「まず、三挺の銃が正常に作動するか確認するため近距離で撃ち、その後十五丈刻みに距離を延ばして、的への命中精度を比較していきましょう。」
十五丈は三挺とも十分に命中を狙える距離と思われる。そこから距離を刻んで試射していくということだ。
土を人の背丈ほども積んだ射垜を備え、その前に藁で作られた的が用意された場所へと案内される。
「質問よろしいでしょうか。」
「許す。」
慧は靖王に伺いを立て、許可が出たので姒軍器監に聞くことにした。
「銃弾の数を伺っていませんが、如何ほど準備なさいましたか。」
「例の銃は二百発分、銃弾を用意しました。滑腔式の似た方は現制式銃と内部構造はほぼ同じですので、そのまま銃弾も共用できます。これが四百発。」
「二百発…。」
考え込む慧に靖王が促すように笑いかける。
「気になることがあるなら言ってみろ。」
「一発ずつ交互に、ということであれば、正直、銃の性能か、射手の腕か、切り分けができない恐れもあると存じます。それだけ用意があるのであれば、如何でしょう、一挺につき二十発ずつ、というのでは。」
皆が軍器監の面々に注目する。
軍匠長がしきりに頷き、姒軍器監も大きく頷いている。
「…いや、そのとおりですな。詔獄の方は如何です。」
恐らく慧が指摘したことは軍器監内でも考えていただろうが、撃てば多少なりとも銃が消耗するため、証拠保全の観点から詔獄の意向の確認が必要だった。
官吏たちには聞きにくいだろうとあえて聞いてみた。
思遠が詔獄の男に目配せしたので、彼はかわりに答えた。
「こちらは問題ございません。」
「では。せっかく軍匠長が皆を指揮して銃弾の数を集めてくれたのです。そうしましょう。」
射手は官廠に所属する試射専門の軍匠五人が呼ばれて務めることになっていた。ちょうどいい。
まず十五丈の距離から狙う。
三挺ともほぼ問題なく狙え、高い集弾性がある。
これは動作確認も兼ねている。
軍匠長は表に結果を書き入れる。
次に三十丈の距離。
滑腔式二挺、施条式ともに命中。
四十五丈の距離。
ここで滑腔式二挺に散らばりが出始める。
施条式は命中精度が落ちない。
六十丈の距離。
滑腔式は散らばりが大きくなった。
施条式は散らばりもあるがまだ命中できているものが多い。
そして七十五丈の距離。
滑腔式は散らばりが顕著に出て狙撃にはならない。
施条式は散らばりが大きくなったがまだ狙える。
最後に、半里の距離から。
滑腔式は七十五丈の時よりさらに悪くなり的に当たらなくなった。
施条式はまだ当たる余地はあるが、精度は非常に悪い。
「半里以上は不要だな。これ以上は同じだ。」
寧王がほう、とため息をついて言い、皆それぞれ首肯する。
「瀚黎戦の滑腔式は現行銃と性能に大きく差は出ませんでしたね。」
「ええ。内部の構造はほぼ同じですから。」
軍器監はそれぞれ集めた銃弾を持ってくるよう指示をする。
「当時はちょうど六十丈から七十五丈の距離から狙撃が行われました。一発目は靖王殿下の近くの地面に命中、二発目は靖王殿下を庇って回り込んだ英王殿下の下腕に命中しました。」
「結果から、施条式は滑腔式より遠距離でも精度高く狙えることが分かる。狙撃性能が滑腔式に比べてより高い銃と言える。一発目は地面に着弾したことから滑腔式、施条式、どちらもあり得る。二発目は施条式なら十分狙える。」
寧王が言い、皆頷く。
しばらくして曹校尉が集めさせた銃弾を持って天幕へやってきた。
盆に入れて、一つ一つを、軍匠たちが詔獄の絵図と照合していく。
「溝の数、溝の幅、深さ、旋回角度、方向、全ての痕跡が、殿下の腕から摘出された銃弾と瀚黎戦で伏兵の自害に使用された銃弾の、二つの銃弾に残る痕跡と一致しています。」
靖王は銃弾をつまみ上げ、目の高さで観察しつつ言った。
「一発目は銃弾を現場で見つけることがかなわなかった。銃弾そのものや残った痕跡を証拠にできないことが悔やまれるな。…それはともかく、兄上を撃った銃、伏兵が自害に使用した銃、現場に残された銃は同じものと見ていいか。」
「今回新たに製作した銃弾は、使われず残っていたものと寸分違わず複製いたしました。銃身にある細かな傷がつけたものまで残る痕跡の特徴は同じですから、全ては同じこの銃から発射されたものとみて差し支えないと存じます。」
軍匠長が靖王に視線を向けて頷き、説明の続きは姒軍器監に引き取られる。
「また、官廠にて、陳軍匠が途中まで開発した技術で製作された銃は三挺あります。うち一挺は破損、無事な二挺と合わせて軍器監内に厳重保管していました。事件直後も現在も定期的に所在を確認しております。こちらの三挺から発射された銃弾に残る痕跡は事件のものと異なり、瀚黎戦で使われたものではないことが証明できます。」
軍器監は寧王と靖王に笑顔を向ける。
「お二人も撃ってみられますか?」
「いや、私は結構だ。」
寧王はやんわり笑って肩をすくめる。
靖王は若干うずうずしているようだったが、唇を引き結ぶと言った。
「撃ってみたい気は大いにあるが、今は試験結果を集めることを急ごう。」
「ではまた後日ゆっくりと。」
寧王と軍器監は声を上げて笑う。
次は事件当時の現場と似た場所で、音を聴き、的を動かして試射するため馬で禁苑内を移動するという。
まず音の面だ。平場でも違いは感じるが現場と同じような谷のほうが響く分、違いが大きく感じられるだろう。
谷と言うには少し物足りないが、そこに状況が再現されている。
伏兵が潜んでいたのと同じ角度から撃つことになっている。
「置いてある的を狙って撃った場合と地面に当たった場合を再現します。これは主観が入るので先入観を持たないようバラバラの順番で谷に向かって撃ちます。…三挺の銃と的の組み合わせでそれぞれ音の違いがあるか感じられた通りを記録してください。」
的からは十分な距離を取り、音を聴くため谷に待機するが、少しずれたら危険である。
盾と土盛りでできた半地下の穴の中で聞くが、皇子たちはわざわざ危険なここで聞かなくてもよいのでは、と思った。
寧王も靖王も気にする素振りはない。
射手の方に思遠も詔獄の者もついているから滅多なことはないだろうが、何かあってからでは、遅い。
つくづく今日の試射が危険な綱渡りということを感じる。
「殿下方、せめてもう少し下がっておかれては。」
「私たちが、皆と聞いた、というのが肝要なのだよ。」
「…。」
寧王の場にそぐわない笑顔に、慧はそれ以上は言えなかった。
結果は、撃った順を照合するまでもなく、二種類感じられた。
地面と藁で作った的、という着弾箇所の違いを、靖王以外は皆聞き分けられていない。
発射音と着弾音はほぼ同時だ。
化け物並みの耳である。
「次に動いている標的を試射します。」
二台の荷車に藁人形が二体。
それを縄で引く。
それが靖王と英王を模しているので慧は落ち着かない気分になるが、そもそも靖王がそうしろと言ったらしい。
さすがに官吏の発案にしては不敬すぎだろと思ったらそういうことだった。
これもそれぞれ一挺につき五発撃つようだ。
合図の太鼓が鳴らされる。
結果。
現行銃と現場に残された滑腔式の二挺ともに、標的の近くに着弾させることは可能だが、狙撃とは言い難い。
施条式は、熟練者なら人馬ほどの大きさの動いているものを狙撃することは可能。
施条式であれば靖王をそれなりの正確さをもって狙撃できる条件は満たす結果になった。
一方で、庇おうとして回り込んだ英王を狙撃することも可能。二発目は何故靖王を撃たず、英王に当たったか。
――はじめから、英王の性格と事件現場ほどの距離があれば集弾性が落ちるという従来の銃の特性を、目眩ましの計算に入れた可能性は高い。
徳妃一族――英王側の人間や靖王の関係者なら、自らが担ぐ皇子を危険にさらす必要はない。
「これだけの熟練者が揃ってるなら心当たりがないか聞くんだが――銃の扱いができるものは限られる。当時、陳軍匠と同じように亡くなったり、姿を消した者の話は聞かなかったか?」
この銃を持っていた者の身元はもう一度洗わせているが、捜査は難航している。
試射の軍匠たちは顔を見合わせた。
そして軍器監と軍匠長の顔を伺っている。
「軍器監どのはご存知か?」
「…いえ。陳軍匠の事件以降、一名、在職中に亡くなった者がおりますが病死とされています。」
天幕で聞こう、と靖王は彼らを呼び入れる。
「…それで?」
「あのう...。」
一番若い者が進み出た。
「こちらの若さま方がどなたか分からずでは危険を冒して話すことはできません。兵部の…と伺いましたがこれまでお見かけしたこともありません。」
後ろで年嵩の軍匠たちがしきりに頷いている。
「勘のいいやつだな。」
寧王は愉快そうに笑った。
「そなたらと同じように、私たちも正体が漏れては危ないのだよ。分かるだろう?」
見せてやれ、と寧王は自分の侍衛に合図する。
靖王も思遠に手を挙げ、令牌を見せるよう促す。
「寧…王府と靖王府――。」
「――武徳司。」
軍匠たちは皆、目を疑ったようだった。
「…で、ではお二人は。」
「いかにも。」
軍匠たちは一斉に平伏し、脂汗をかいている。
「少し宜しいでしょうか。」
軍器監は寧王に断って彼らに歩み寄る。
「私は陳軍匠の事件以降、そなたら軍匠に監視をつけていた。もちろん守るためだったのだが、怖がらせていたなら済まなかった。当時、証拠も人手もなく、大々的に調査できなかったことをそなたらにすまなく思う。」
軍匠たちは少しだけ顔を上げる。
「今日我々は正しい結果が得られるよう軍器監に協力し見守った。そして結果に対しいかなる操作も加えていない。はじめから最後まで真実を明らかにしようとする姒軍器監の手に結果はある。姒軍器監は弟の実の叔父で、生母の薨去後も後見としてなにかと助けになっている立場だ。…これで我々の立ち位置が分かるだろうか。」
寧王は彼らを見回して真摯に語りかけた。
「もちろんでございます。」
「そなたらと目指しているものは同じと分かってくれるか?」
若い男は少し顔を上げて訴える。
「恐れながら。…我々の家族を守ってくださいましょうか。」
「見張りをふやそう。」
「ありがとうございます。」
若い男は他の軍匠たちの表情を確認すると話し出した。




