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砂海の遺珠  作者: 秦 奈良鹿
第二章 侍衛編

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《十五》鍵

 紅紅(ホンホン)によると、陳軍匠(チェンぐんしょう)に接触していた者はいつも頭巾付きの披風(ひふ)を着ていたそうだ。披風から覗く身なりは亮人のようだけれども西の訛(なま)りがあった、ということだった。


「密かに聞き込みさせたところ、その接触者は媚香楼(びこうろう)にしばしば出入りをしていた、との証言が得られました。古株の妓女が言うには、誰かと会っていたということです。」

「誰か?」

「北方の者らしき訛りがあったそうですが、頭巾を被っており、その都度装束も変わっていたことから特定にはいたっておりません。」


 軍匠長はそう報告した。

 北の者。最近もどこかで耳にした。


「そして、陳軍匠が死んだとされる事件の後、接触者は急に姿を見せなくなったと言います。…ここに人相書きの写しがございます。」


 そう言って軍匠長は二枚の紙を差し出した。

 紅紅も大胆にも接触者の後をつけたのだそうだ。


「陳軍匠の娘、桃李(タオリー)によると、接触者はいつも頭巾をかぶっていたからはっきりわかるわけではないが、北西方面の出なのではないか、目の色は茶色かった、ということでした。一方、接触者が妓楼で会っていた相手の声には特徴があり、聞けばわかると言っております。」


 陳軍匠が携わっていた銃の研究とよく似た銃が瀚黎戦(かんれいせん)に現れ、結果的にその銃が英王の腕を奪った。

 瀚黎は確かに北西方面の国だが。


 靖王は思遠(スーユェン)に命じ、鏢局(ひょうきょく)の男を召し出すことにした。


 ------


 鏢局の男は都にいた。

 都を出るときは連絡するよう言ってあったから、しっかり言いつけを守っているようである。


 東市近くの茶荘の一室に呼び出すと、慌ててやってきた。


「若さま。もうじき西に発つんで忙しいのでございますよ。」

「そこを悪いんだが人探しを頼みたい。西へ行く道すがらでもいい。」


 接触者と陳親子、接触者と媚香楼で会っていた男の人相書きを見せる。


「親子は亮人ということですが、こっちは頭巾を被っていてもわかる茶色い目ですか。あんまり純然たる西域人という感じじゃないですね。妓楼の男は…あまり特徴がありませんね。」

「探せるか。」

「ええ。ちょうど物資の準備もあるんで。西市周辺だと異民族でも目立たない、っていうんで結構間諜なんかも潜んでると聞きますし。十日後発つつもりですが、間に合わなければ口の固い部下を二人残し、俺は道すがら捜索することにしましょう。いかがです?」

「何かわかれば明月楼の紅紅という妓女に言付けをたのむ。くれぐれも派手に動くな。」


 -------


 鏢局の男が退出し、入れ違いに店の者が新しい湯と茶菓子を持ってきて下がっていった。


 靖王は少し前に入れたぬるくなった茶を飲み、整った佇(佇まい)まいを一気に崩す。

 片足を長椅子の座面に上げ、首の後ろに手を組んでごろっともたれかかる。

 体格が大きいため、長椅子がきしんだ音を立てた。


 この茶荘は高級な部類に入るが、家具はもちろん、興嘉宮や王府のそれには及ばない。

 座り心地はさほどよくないと思われるが、靖王はそのまま目を閉じ、寝てしまっている。


「殿下。こんなとこで御寝(ぎょし)なさったら風邪を引きますが。お疲れでしたら戻ってからおやすみになってください。」


 そうなると面倒くさいから一応起こす努力はしてやる。

 呼びかけても薄く目を開けるだけで動かない。


「…。」

「なんでしょう。」


 何か呟いているので耳を寄せると、耳環がつつかれた。


「なんなんですか。」


 靖王はひるまず軽く耳環を引っ張った。


「ちょ…殿下。」


 慧(フェイ)はまたか、と靖王に抗議の目を向ける。


「これ。」


 揃えた指先に耳環の玉をのせ、靖王は微笑んだ。


「――これは『鍵』だな。思遠。」

「そのお考えは言い得て妙ですねぇ、殿下。」

「そうだろう?」


 何を言ってるんだ。彼らは。


「ええ、おっしゃる通りです。」


 慧にはさっぱりわからない。

 耳環に触れたままの靖王を横目で睨んでいると、笑われた。


「――この耳環は、父上が潜ませた、暗衛(あんえい)たちに繋がる『鍵』になり得る。」


 確かに、この玉を耳につけている者はほぼ未成年者しかいない。都にいる者は慧の他にはごくわずか。


 計都(ジードゥ)と呼ばれる、胡人に似た侍衛(じえい)が暗衛を示す耳環をつけている。

 ――それだけで『靖王の侍衛』だと暗衛たちに身分を証明することができる令牌代わりになる。


「なるほど。」

「陛下は風(フォン)家に命じ、長年かけてあらゆる場所に暗衛を潜ませている。お前が様々なものに化けて潜入しても、その耳環を認識する暗衛の助けを借りて、静かに真実に迫れる。」

「はい。」


 慧以外の暗衛が持つ玉は敵の目からは隠されていてわかりにくい。

 彼らは慧の耳環の玉を見つけ、繋がりにやってくる。

 靖王はまるでそれぞれの玉を繋いでいくように情報を集めることができる。


「ふん。偶然にしては出来すぎているな。」


 靖王は面白くなさそうな、呆れたような声音で、同意を求めるように慧の目を覗き込む。


「耳環の着用を願ったのは、ごく個人的な理由です。」


 彼は久しぶりに得体のしれない、探るような表情をしている。


「…私は何もしておりません。どちらかというと巻き込まれてるのは私ですよ。」

「ふうん?検視人に何か合図を送っていただろう。」

「バレました?評事はお気づきではなかったですけど。」


 靖王は口を歪めて笑った。


「常に命を狙われる幼少期を過ごせば誰でもそれぐらい気づく。」

「そうですか。別に怪しい合図ではありません。暗衛の情報伝達手段です。口が聞けない状況でも使えます。ご不審なら思遠さまにご確認を。」


 靖王が思遠に視線を送ると笑顔が返ってきた。


「耳環は戦闘時の利便性しか想定していませんでしたが、平時だって耳環さえしておけばどこへ行ったってめちゃくちゃ話は早い、ということですね。」


 靖王はしばらく慧の目をじっと見ていたが、ふ、と片眉をあげて笑うと耳環から手を離した。


「まあ、父や三の兄なら思いつくのかな。」

「?」


 慧は靖王の言葉の意味がよくわからない。


「俺はあの二人ほど賢くない。今だって敷かれた道に乗っかっているだけだ。」

「え?そうですか?実際にうまく道(・)具(・)を使いこなして進めていくことこそ賢くないとできませんよ。特に意(・)志(・)を(・)持(・)つ(・)道(・)具(・)は、時に勝手に動いたり逆らったりします。それを熟知して行動を読み碁盤のうえに配置し、うまく動かしていくのは誰でもできることではないです。…殿下は陛下や寧王殿下と同じにお出来になります。」


 靖王は何だそれは、と不思議そうな顔をする。

 衍を見ると肩をすくめて笑っている。


「それは励ましてるのか?」

「いえ、別に。」


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