《十四》関係者の証言
国子監の授業後、軍器監府に向かった。
近ごろ忙しくて全く時間に余裕がない。それは靖王も衍も同じのようで、馬車内のわずかな時間にもそれぞれ課題をこなしている状況だ。
官吏の友人としての私的な訪問を装っているため、靖王や衍の服装もそれに則している。
慧は侍女姿で靖王の後ろをついていく。
姒軍器監は顔を合わせると、まだ成人もしていなかった靖王が事件を調査しようとすることは相当に危険であり、事実を口にすることは皇帝に止められていた、今回も誘導するかたちになり申し訳ない、と詫びた。
「私の向こう見ずな行動は、叔父上にもご心配おかけしていたわけですね。」
と、靖王は苦笑して応じた。
「殿下のお立場であれば、私も同じように動いたと思います。…軍匠長は当時、陳軍匠と直属の上司部下ではなかったのですが、私的にも親しく行き来しておりましてね。」
「…ああ。」
「彼を呼べ。」
姒軍器監は側近に命じる。
やがて入れ替わりに現れたのは先日会った軍匠たちとはずいぶん印象の違う男だった。
器用そうな手をしているところはそれらしいが、眼光は鋭く、神経質そうだ。
靖王が気難しいと評していたのは彼のことか。
「陳軍匠の事件について説明を。」
「姒軍器監。こちらのお方にですか?あれは機密事項ですが…。」
軍匠長は困惑したように靖王に視線をやり、ついで後ろに控えた慧に目を留める。
「…。」
正確には耳環だ。耳環を見ている。
黙ったまま突っ立っている彼を姒軍器監は待っているようだ。
軍匠長は慧に向かい独特の所作をした。
慧ははっとする。
――武徳司の暗衛独特の所作、暗衛同士の礼。
通常の拱手に、少し変化をつけているだけの動きだ。
そういう癖があると取られることがほとんどだろう。
それでも、姒軍器監の見ている前でそれをしたということは姒軍器監は彼の身分を知っている。
同じように返すと、彼は名乗った。
「季瑕さま。彼に私の今の身分を伝えても?彼は――私と同じです。」
慧は靖王を見て自らの耳環に触れる。
靖王はこれだけで理解するはず。
「…ああ。」
「私は靖王府の侍衛で『計都』と申します。こんななりですが。」
「――では。このお方は。」
男は目を見開き、姒軍器監をちらりと見る。
姒軍器監は頷き、靖王は跪こうとした男を制止する。
「礼は免ずる。私は陛下の命で動いている。ここへ来てそなたに接触したことは陛下と武徳司以外には他言無用だ。」
「もちろんでございます。」
「やっとそなたに会えた。陳軍匠について教えてほしい。」
どうもこれまでも非公式に接触しようとしていたようだ。
姒軍器監が苦笑している。
「失礼な応対を繰り返していたことをお許しください。上からの指示でございました。」
「わかっている。」
「…陳は、火器の開発を一手に統括しておりました。亡くなった、とされる半年ほど前、接触しようとする者がいる、と陳は話していました。断っているがずいぶんしつこく、きな臭い気配がする、とも。」
きな臭い?と靖王は聞き返す。
「はじめは技術を盗み出したい様子で探りを入れられていたが、どうも欲しいのは技術ではないのではないか、と。…一つ一つはともかく、陳にしか出来ないことがあることを分かって、途中で陳自身に対象を変えたのではないかと。」
最新の技術を集めた火器の開発は、軍器監内でも最高機密にあたる。
「自分と息子がもし姿を消すようなことがあったら、拉致されていないかを疑え、死んだのなら死んだことを疑えと。」
「…娘の桃李は、陳軍匠は死んでいない、と言っていた。六年前の冬至の日に陳軍匠として死んだ者は別人だと…その遺体を確保したのが軍匠長だと聞いた。」
「ええ、京兆府※が通常の事故として処理しかけていましたが、あとを引き取り私が大理寺につなぎました。」
姒軍器監は、軍匠長に試射の準備を進めるように命じ、軍匠長が出ていくのを待って靖王に尋ねる。
「大理寺評事をお呼びしてもよろしいですか?遺体の特徴についてご説明を。」
「頼む。」
評事もまた、平服である。一人の下官らしき男を連れている。入ってくるなり自分達の自己紹介をした。
「彼が当時の検視人です。」
「こちらは…。」
「素性は言えないが陛下の命を受けている者だ。」
評事と検視人は少し不審そうだった。
姒軍器監がとりなすように言う。
「どうか安心してほしい。」
そこで検視人は、靖王の傍らに控える慧の耳環に目を留め、靖王に向かって軍匠長と同じ所作で拱手をした。
違うのは耳環に言及しなかったことだ。
慧はもしやと思い、一つ二つごく小さな動作を加える。
――お前の連れが協力者であるならば。
――正しく証言しろ。この場は安全。
検視人は確認するように小さく頷く。
大理寺評事はその合図に気づいていない。
彼は検視人の正体は知らないが正しく職務を遂行する者であるらしい。
靖王は一連のその様子を見ている。
検視人は、気弱そうな若い評事に笑顔を向けて頷く。
評事はそれを受けおずおずと書類の束を差し出した。
「陳軍匠の転落事故に対する当時の調書です。」
衍が差し出された調書を受け取り靖王に渡す。
「…承和元年、冬至。陳は平康坊中曲の中級妓楼『媚香楼』の高楼より転落し、死亡。その日は媚香楼で複数宴が開かれ大盛況であった。そのうちの一つに陳は参加していた。目撃者の話から当時酒に酔っていたと思われる。高楼の回廊を千鳥足で歩いているところが目撃されている。ところが宴に同席していた同輩の軍匠は陳が酒を飲んでいなかった、と証言している。」
目撃者は媚香楼の妓女で、客引きをしていて目にとまった、という。
彼女は陳が転落する瞬間は見ていない。
「次に目撃されたのは落下後。落ちた音で門にいた媚香楼の男衆が、まず死亡を確認した。頭部から落ちたらしく顔は判別の難しい状態であった。」
そこで靖王は言葉を飲み込む。
おそらく遺体の状況が凄惨なためだろうが、何故か慧の方を窺ってくる。
たまによくわからん男だ。
どうも近ごろ慧を弟妹と同じ括りに入れている様子がある。
こちとら血を見たこともないような箱入りの令嬢ではない。
実物の遺体を目にするわけでもない。絵や文であれば、ぬめるような血や体液、酸鼻を極める匂いなどもない。
仕事柄これまで相当数の遺体を見慣れているのだから恐るるに足りない。
少し位、演じたほうが良かっただろうか。
結局慧はそのままを通すことにした。
「若さま、どうぞ私めにお気遣いなく、そのまま。」
慧は侍女らしくへりくだって軽く礼を取る。
それもそうか、と靖王は続ける。
「駆けつけた娘は父とは違う者の遺体と主張。」
「大理寺に遺体は収容され、後に詳細な検視が行われた。」
身につけた衣服や所持品は陳軍匠の普段使用しているものだった。
そして頭部の怪我の詳細。
「大理寺にのこっている記録はこれだけか。」
大理寺評事と検視人は頷く。
「ここからは極秘の情報です。遺体の手の甲に古い刺字の痕と見られる色素が残っていました。」
刺字とは兵士の手の甲に入れられる、所属などを表す入れ墨である。
「表面に火傷を負っていたのですが色素は残っていたため、所属が判明しました。鎮州です。陳の兵士としての軍歴を調査しましたが記録は見つかりませんでした。さらに、遺体にはどうも逃亡したらしい刺字の跡も見つかっています。」
鎮州は瀚黎や月黎に面する北西の辺境の州である。
刺字だけでも別人というしかない、と紅紅から聞かされていた。公の記録には残っていないらしい。三郎――寧王が個人的に伝えたのだろう。
「酔っていたようだ、との証言がありますが、直前まで飲んでいた割に酒の匂いは全くしませんでした。娘も陳が全くの下戸だと申しております。これは同席した軍匠の証言と一致しますが陳と特定する材料にはなりません。他、微かに薬の匂いがしたとのことですが、特定には至りませんでした。」
検視人は言う。
「また、生前の陳の体格と特徴を娘、陳桃李に聞きました。手首にあったほくろがなく、手の甲に刺し字がある、体格は似ているが、どう見ても手指が違う、父はもっと器用そうな手をしていた、と申しており遺体と一致しませんでした。また同僚の軍匠たちに裏を取りましたが同じ結果でした。」
検視人はちらりと慧を見る。
「また遺体の顔は地面にぶつかった面だけというより、顔全体を損傷していました。血の流れ方から恐らく何処かで顔を潰されてから落とされています。血の乾燥具合にさほど違いは見えなかったので、おそらく近場で殺害されていると思います。硬直は見られませんでした。」
検視人は、暗衛が化けているとは言え侍女が顔色一つ変えないことを不審に思っているようだった。
「そして最大の相違があります。落下したことにより、眼球が脱落していました。その眼球は、亮人に多い黒い瞳ではなく、茶色い瞳でした。私は遺体と陳との間にはかなりの相違があり別人の可能性が高いと、評事にお伝えし、上の指示を仰ぎました。」
「しかし、上はそれ以上動かなかったと。」
「ええ、官位があるわけでもない者の事故をそれ以上取り上げようがない、ということでした。ところが大理寺に保管されている調書は私が提出したものの後半部分がなぜか落丁していました。実は以前より不審を感じていたため、ひそかに二部作っておりました。一部は通常通り作成し大理寺に提出したもの、もう一部は姒軍器監を通じて陛下の書房で保管していただいております。今ご覧になっているものはその写しです。」
そこまでせねば真実が残らなかったとは。
「陳軍匠は、特に新しい火器の開発を担っており、軍器監でも護衛をつけているほどの最重要人物だった。言い方は悪いが単なる一個人の事件とは扱いが異なり機密を扱う準官吏として…無理にでも調べるべきだったろう。」
「おっしゃる通りです。」
大理寺評事は頭を下げる。
「私はこの秘密の調書を持ち軍器監に接触を試み、聞き入れていただきました。」
評事は気弱そうだが、高い志を持っているらしい。
危険を冒してまで別の官署の高官を動かそうとするほどに。
上に見つかれば厳罰を受ける危険な行為である。
おそらく暗衛である検視人からも、武徳司を通じ皇帝まで報告が上がっているが、軍器監からも報告があったことでより信憑性は増した。
当時の大理寺卿※と少卿※は、これによって皇帝に資質を疑われ、降格された。大理寺卿は地方の五品官に、少卿は中央に残れたものの六品官に。
「新しい大理寺卿は調査の継続を命じました。」
実際調査に当たらされたのは評事たちである。
新任の大理寺卿の命で、密かに極秘部分についても調べることができたという。
「鎮州でその刺字を使っていた頃に軍歴のある元兵士、茶色の瞳の者というだけで対象者はそれなりの数おります。逃亡し罰された者も数十人、所在が記録上確認できるもののみ十数人の調査は行われましたが、特定にはいたりませんでした。」
もう一度洗うにしても骨が折れそうだ、と慧は思う。
しかし遺体が陳軍匠でないことは十分証明されている。
「そなたたちが熱意と忠義をもってこれを残していてくれてよかった。もし何か咎められることがあれば、我々が引き受けよう。」
姒軍器監は彼らを労い、そのように声をかけた。
「軍器監では陳の行方を今も捜している。重要な技術を他国や謀反人に手にさせるわけにはいかない。今後もひそかに調査を頼む。」
最後に軍器監はそう言い渡し、評事と検視人は辞去していった。
※京兆府
長安を擁する州が昇格したもの。
というわけでこの物語では镹安を擁する州が昇格したもの。
※大理寺卿、大理寺少卿
大理寺の長官、次官。




