《十二》官廠
官廠は都・镹安やその郊外に点在している。馬車を門につけ、靖王たちは降り立つ。
官廠を管掌する軍器監の長官をそのまま軍器監という。彼らはその軍器監直々に迎えられた。
「お越しをお待ちしておりました。」
「姒軍器監。」
彼は靖王の生母の実弟、と聞いている。
先日見た絵姿によく似た面差し、靖王とよく似た体格。
靖王は姒軍器監と同じ深緋の官服を着て官吏に化けているため、表面上、同輩に対する礼を取り合うことになる。
靖王の役どころは兵部※の侍郎といったところだ。
衍と慧はその下官役。
慧は今日は眼鏡をし、瞳を隠した。
軍器監はともかく、一般の官吏に正体がバレてはいけないと、三人とも変装している。
衍も髭をつけ眉を濃く太く描き足し、いつもの美貌は鳴りを潜めている。
そして、一際異彩を放っているのが同じく下官に扮した詔獄の者。
空気かと思うほど存在感がないが、あえてそうしているのだろうと慧にはわかる。
武徳司の者も一目置く精鋭、そしておそらく眉一つ動かさず拷問ができる種類の人間だ。靖王も衍も怖いが、種類が違う。ずっと日の差さない道を歩いてきたもの特有の匂いがする。
彼は先ほどからずっと、目だけを動かして自分のことを監視している。暗衛を示す耳環をしているのだから当然か。
証拠品の銃の保全の為来ているのだろう。彼を怒らせないようにしようと首をすくめる。
四人は軍器監の執務室に案内される。
扉が閉められると、軍器監が声を潜め呆れたふうに言った。
「靖王殿下、一瞬どなたかと見間違うほどでしたよ。変装がお上手で。」
「叔父上。…最近気に入りの遊びですよ。」
靖王は笑う。
態度に隙はないが、気安さを慧は感じた。
「危いことばかりなさらないでくださいよ。殿下に何かあったら静懿妃に顔向けできませんから。」
姒軍器監は目を細めて笑い、靖王に椅子を勧めた。持っていた報告書の束を卓子に置く。
「それで文にてお知らせいただいていた件ですが。あの時密かに大理寺と後に詔獄まで呼ばれましてね。物は私も拝見しました。」
軍器監は、言葉を切る。
「今日は現物をお持ちとか。」
詔獄の男は靖王の視線を受け銃のはいった箱を持って進み出、卓子の上で開けて見せる。
「現行のものと似た部分もありますが、このあたりは全く違いますね。…当時これが現れたときには弱りましたねえ。銃の製造は軍器監の管理下にある官廠に限っているはずですが、この銃は記録にございません。」
「記録にない?」
「ええ、但し、共通点はございます。詳しくは火器担当の者に。軍匠を呼んであります。」
軍器監が外の側近に合図すると、いかにも職人という様子の男が連れられ入ってきた。
現行の火器兵銃である火縄銃を手にしている。
跪礼をとる男を立たせ、軍器監は靖王に言う。
「この者は長年この官廠で火器…特に銃を担当する一人でして。事件後は私の方で保護しております。彼に見せてもよろしいでしょうか?ああ、ご安心を。口は固い男です。当時も彼に鑑定を。」
「詳しい者に見てもらえると助かります。よろしく頼みます。…そのうえでこちらの推論についても意見をもらいたいですね。」
靖王はにこやかに言った。
「ではそのように。」
軍器監は軍匠を促すと、靖王に茶を勧める。
「後日、試射の場を設けていますが、そこにも彼を伴う予定です。」
「無理言って申し訳ないことですね。」
「いえ、ずっと気にかかっていたことでしたから。」
軍器監は軍匠の方に顔を向ける。
「今日このまま試射をするつもりでしたが、彼が待ってくれと。状態を確かめずに試射をするのは危険だと進言してくれましてね。銃身の強度など確かめたほうがよろしい、というので。」
軍匠は一つ一つ機構や材質、加工の様子などを確認するたびに頷いている。
軍匠は帳面に一つ一つ何かを書き入れている。
彼は最後に、ほうとため息をついた。
「どうだ。」
「申し上げます。――まず、材質でございますが、官廠で現行の銃に使用するものと少々異なるようでございます。」
「見ただけで分かるのか?」
軍器監が尋ねた。
「はは。見ただけでは何とも。ちょいと叩いてみてよろしいですか。前回は、見るだけと言われましたのでね。」
「必要なら。」
軍匠は頷くと小さな工具を取り出し、二つの銃の銃身の薬室に近い部分から銃口までを丹念にたたいていく。
何かを確かめるように。
靖王は茶杯を手にしたまま、音を聴いている。
軍匠が持ってきた官廠の銃はどこを叩いても音は変わらないようだ。
靖王が持参した銃は――。
「銃口に近づくほど、わずかに音が高くなるようだ。」
靖王の言葉に、軍匠が顔を上げる。
「ほう、お役人さまはお分かりになりますか。」
「私にはそう聞こえた。」
「おそらくその通りかと。」
軍匠は、厚みの違いや、帯鋼の影響もありますが、と断って続ける。
「官廠のものとは音の返りが違いますな。――我々鍛冶をする者には、叩けばおおよその違いはわかるものでございます。やはり官廠のものとは違うより強靭で硬い鋼のようでございますな。…いやはやお役人さまがお聞き分けになるとは。」
慧はぎょっとする。
靖王はどんだけ地獄耳なんだ。ちょこちょこ小声で毒づいているのも聞こえているのではないか。
「加工の仕方はほぼ同じのようですな。鋼の板を鍛錬し、それを巻いて鍛接して銃身にしています。官廠のものとそこは同じです。」
「但しお持ちになったものは、特殊な焼きの工程を経ているのではないでしょうか。」
「特殊な、焼き。」
「ええ、炭を用いて鋼の性質を変える…火縄銃では必要ない工程ですが官廠で研究は進めていました。」
火縄銃では銃腔と弾丸にわずかにすき間がある。
「お持ちになったものは、弾丸と銃腔のすき間がほぼありません。お考えのとおり、銃腔の壁に押しつけられるようにして弾丸が射出されるようになっており、弾丸についた傷はそのせいで間違いないでしょうなぁ。」
銃腔と弾丸表面がぴったり合わさり、施条に食い込ませて射出される――。
従来のものより、銃腔にかかる負担は大きくなる。
それに耐えうる、より硬く強靭な鋼が必要になる、という。
「それから、銃身底部の尾栓。これは官廠のものと共通していますな。このあたりの構造はかなり共通しています。」
尾栓は銃身底部を密閉するためのものだ。
銃腔内の施条についても、こちらの推論通り矢羽根から着想を得た、と軍匠は言う。
「弾丸の形や加工方法は官廠で研究されていたものとよく似ています。現行は球体、こちらは官廠で試作したどんぐり型。」
ことり、と一つ、あの現場に残された未使用の銃弾によく似たものが卓子の上に置かれる。
どんぐり型の弾丸。
但しその官廠のものは銃腔に施条が施されておらず火縄銃と同じ滑腔式、弾丸下部に窪みはなく、安定して飛ばすことができない。
そのまま研究が停止してしまっているという。
「記録をお持ちしました。ご覧を。」
軍器監が、資料を広げるとどの記録も瀚黎戦の二年ほど前で止まっている。
「すべて統括していたのは、陳という軍匠でして。」
「彼は今ここに?」
「…すでに亡くなっております。」
その場がしんとする。
ここで手がかりはなくなってしまうのか。
「経緯は?」
「六年ほど前の冬至の節句の頃ですね。親戚の宴に出かけ、帰りに転落しまして。」
部屋が重い空気で満ちるが、軍器監が口をはさんだ。
「彼の家族は。」
「息子は失踪しました。実は陳の転落は事故に見せかけたのでは、という噂もありましてね。…娘は、一度こちらに父の事故を知らせに参りまして、父は死んでいない、兄とともに連れ去られたのだと主張しておりました。ですが、親兄弟の借金のカタに平康坊の妓楼に売られたと。」
軍匠仲間は助けようとしたが、何しろ莫大な借金だったらしい。
「陳は借金なんて必要ないくらいの待遇でしたし、本人も息子も新しい技術のことしか考えてない堅物だったんで、皆、首を傾げてましたね。」
軍匠は今も不審に思っているようで首を左右に振りながら言った。
「…。陳軍匠の娘に会えないだろうか。」
「こちらが出向くか、招くかですが花代が必要になりますよ。」
「口を挟むのをお許しください。どちらの妓楼かお分かりで?」
慧は軍匠に問う。
「明月楼でさ。名前は桃李。」
靖王は知ってるかと慧を見たが首を振った。
「…妓女名は何だったか忘れちまいました。派手な顔立ちのなかなかの別嬪で、それなりに読み書きもできて重宝されているようです。」
「そうか、ご苦労だった。また聞かせてもらうときが来るまで、引き続き姒軍器監の保護下で動くように。陳軍匠と同じように、不審な者に狙われる自覚を持ったほうがいい。」
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またここに足を踏み入れることになるとは思わなかった。
着飾らされた慧はげんなりしながら明月楼の門をくぐる。
ここを出たときは梅の鉢が飾られていたが、今は大きな花瓶にたっぷりと花桃が生けられていてより華やかだ。
今日の役どころはぼんぼんに密かに落籍され正妻に収まった元書寓、である。
護衛役の衍と思遠も、馬子にも衣装、とか言ってくすくす笑いしているのがムカつく。雑音でしかない。
何よりムカつくのは、演技とはいえ主人役の靖王にほどよく媚を売る、という事をせねばならないからだ。
馬車を降りるとき差し出された手に微笑み、ふと向けられた視線に目を伏せ、目を離せないというふうに靖王を少しの熱を持って見つめる――。
――魂を売る、とまでは言わないが不本意だ。割増で褒賞をもらわねばやってられない。菓子も割増して欲しい。
その辺で遊んでいた禿に用件を伝えると、明月楼の鴇母が紅紅を連れてやってきた。
「夜珠。ひさしぶりだね。」
「ご無沙汰しています。」
「正妻に収まるなど、本当に果報者だこと。どうかしら、若さまには大切にしてもらっている?」
鴇母はこの寸劇にノリノリである。
「ええ、とても。」
慧は内心を隠しぎりぎりと奥歯を噛み締め、しかし優雅に笑ってみせる。
衍は怖いものを見たような顔をし、靖王と思遠は、慧の計算し尽くした笑顔を愉しげに見つめている。
別室に案内されると、もういいか、と化けの皮をかなぐり捨てる。
「陳桃李という娘を探してる。」
「私よ。」
紅紅がやっと見つけてくださったのね、四郎さま、と笑う。
え、と靖王と慧は驚いてしまった。
「ねえ、三郎さま。」
紅紅が呼びかけると、奥から三郎が美しい女性――書寓の紅珠の手を取り現れた。
三郎が紅珠を囲っているのは知っているが。
ここで現れる意味がわからない。
「三郎さま?紅珠姐さん?」
慧も靖王もぽかんと口をあけてしまう。
「久しぶりだね、夜珠。」
「ああ、そういうことですか。」
靖王が声を上げて笑い出す。
「父上はすべてわかっていらっしゃって。」
「ここで腹を立てないのがお前のいいところだねぇ。」
三郎も愉快そうに笑う。
「父上も細部まで知っているわけじゃない。特に軍や軍器関連のことは二の兄上でなければ兄弟のうちお前しか分からない。」
三郎の口調が変わった。
「計都――夜珠をここに配置したのは。」
「偶然だが、私が調べるうち関係者だと分かった。だからお前に会わせた。元瑾、お前のことだから、どうせ薄々気付いていたんだろ。」
よくわからないが全ては利用され仕組まれていたわけだ。
しかし靖王はむしろすっきりした顔をしている。
「私や父上は証拠の元を集めることができるが、それを立証するのは、お前しかできない。どこまでたどり着けるか分からないが、まずは関係者の名誉の回復を目指したいと父上はお考えだ。」
※兵部
国防を担当し、長官を尚書(中国語版)(兵部尚書)、次官を侍郎(兵部侍郎)という。尚書は正三品で1名、侍郎は2名。
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