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砂海の遺珠  作者: 秦 奈良鹿
第二章 侍衛編

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《八》戦場での違和感

 【現在、霊泉宮(れいせんきゅう)客殿】


 慧(フェイ)は当時を思い出し、左の懐をそっと押さえた。


「現行の火縄銃は鎧を通すほどの威力はあっても、射程が短く実戦で人馬への命中精度が問われているわけではない。騎馬を驚かせたり進路を妨害させたり混乱させる程度のものだな。…それの射程と命中精度が格段に伸びた。」


 英(えい)王は靖(せい)王を見て、確認するように言う。

 掩月(イェンユエ)の顔を覗き込み、なだめるように肩を叩いた。


「官廠(かんしょう)※で色々と試されていたようだが、そこまで開発が進んでいるとは聞かない。」

「ええ。…では、ここまでで一発目と二発目は種類の違う銃、二発目は火縄銃より早く正確に遠くまで狙って飛ばせる『もの』を使った可能性が大いにある、という見解は、我々現場にいた者共通のものだという事で異議はないでしょうか?」


 靖王は皆を見回して言った。


「…ないな。」


 英王は静かに応え、己(ジー)兄弟と慧も頷き肯定する。


 その後あの銃がどうなったのか、慧にはわからないままだった。


 銃火器は国で製造を管理しており、軍以外での所持使用は重罪だ。火薬と銃の製造は全て官廠で行われており、火薬および火器の密造は死罪である。


 今でも亮国の火器兵銃の仕様はあの時のまま変更されていない。

 あれが採用されれば、この地の戦は様変わりしてしまう。

 作った工匠(こうしょう)が消されたか。あえて秘されているのか。


 考えたくはなかったが、事件の中心にいて詳細を知る靖王が真相をも知っているのではないか、と疑ったことさえあった。


 ーーーーーー

【三度、四年前。禁軍本陣、靖王の天幕】


 弾丸の摘出手術開始から数刻後の夜明け。

 疲れた様子の医官らが入ってきて口上を述べた。

 手術をした医官は後方から駆けつけた者――靖王の乳母の息子、伯安(ボーアン)だ。


「…英王殿下には薬にて眠っていただいており、厳重に容態をみているところでございます。しかし出血量が多く、摘出まで時間を要したため、鉛毒や疽毒內陷※の兆候があり、予断を許しません。腕が温存できるかは厳しい状況と言わざるを得ません。…小官、靖王殿下にご説明と摘出したものをお見せしなければと思い参じた次第です。」


 伯安は箱から銀盆を取り出し四の君に差し出した。


「これが摘出した弾丸です。射創から想像できないほど内部の組織を大きく損傷していました。」


 伯安は、弾丸というより残骸に近い金属片を示した。


 そのまま靖王は英王の天幕で、意識が戻るのを待っていた。

 武徳司(ぶとくし)から報告との声がかかり、前室に出る。


「靖王殿下にご報告いたします。」


 軍礼をとる武徳司の者たちを立たせ、頷く。


「狙撃した伏兵一人は銃にて自害を。」


 では三発目がその自害に使用されたとしてみていい。


「伏兵は八人いたはずであと一人を捜索中ですが、未だ見つかっておりません。――未使用の銃弾及び銃三丁を襲撃者の遺体付近から発見し押収いたしました」


 捧げた盆の布を取ると、金属片…丸い銃弾がいくつかと奇妙な形のものが一つ、見たことのない鉄炮らしきもの一丁、火縄銃と構造上は同じと見て取れる銃二丁が現れた。


「一丁は国内に存在しない仕様です。火縄銃は二丁ですが亮の軍で使用している物とは異なります。」


 その見慣れぬ鉄炮(てっぽう)には、乾いた血糊(ちのり)と脳漿(のうしょう)のようなものがべっとりと残り凄惨(せいさん)なありさまだ。

 聞けば、伏兵の一人はこの銃で自らの口内を撃ちぬいて自害したらしい。

 着弾したように思えなかった三発目はそういうことか。


 ーーーーー

【現在、霊泉宮客殿】


 思遠(スーユェン)は大廳(ひろま)の大卓子(テーブル)の上に紙を広げた。

 その音は妙に大きく感じられ、慧の意識は過去から一気に引き戻される。


「これは詔獄(しょうごく)で密かに保管していた、英王殿下の体内に残されたもの、伏兵が自害に使用し捜索で見つかったもの、そして未使用のもの、計三つの弾丸を写し取らせたものです。こちらは英王殿下の治療記録です。」


 皆は交代で覗き込む。


「これが弾丸…妙な形だ。球体ではなかったのか。」


 摘出された弾丸は完全に弾け原型がよくわからなくなっているが、伏兵が自害に使用した弾丸は破損は少なく形をよく残している。


「弾丸は従来の球形ではなく、この図の通り、先が細くなり尻にへこみのあるどんぐりのような形状のものでした。」


 衍が未使用の弾丸の図を示して英王に向かい説明する。


「しかもこっちのは弾け潰れたようになっているな。」


 禍々(まがまが)しく弾けたそれを、英王は自分に撃ち込まれた弾丸だというのに、しげしげと興味深そうに見ている。靖王との血の繋がりを慧は感じた。


「どうしてこんな形に?」


 掩月が悲鳴のように声を漏らした。

 少し、医療面でのお話を、と伯安が進み出る。


「王妃さま。体内に入る時もしくは骨等にあたり変形し潰れたのだと存じます。…弾丸は硬いものに当たるとこのように裂けたり弾けることがございます。」


 青ざめたまま掩月は頷く。


「弾丸はここから入り、弾けて組織を破壊しながら骨に沿い、骨をも砕いてやっと止まった。せめて貫通していれば良かったのでしょうが、骨に当たって止まったことで、骨と組織の破壊はより重篤なものになりました。鉛毒や疽毒內陷の進みも早かったと思われます。」


 伯安は思遠の出した絵図を使い説明をし、英王の治療の記録に目をやる。


「執刀まで、見習いが血止めや鉛毒、疽毒內陷を抑える薬を殿下に投与したと記録がのこっています。ここまではご記憶されていますね。」


 英王は、ああ、と小さく首肯した。


「結果として薬剤の量が適切でなかったようです。目視では想像できないほど内側に損傷があり、鉛毒と疽毒內陷(敗血症)を抑えきれていませんでした。…いかがです、韶音さま。」


 伯安は姜䪭を促す。

 姜䪭は記録をしばらく読むと顔を上げたが、珍しく厳しい顔をしている。


「ええ、太医(せんせい)の仰る通り、量が微妙に足りていない感はありますし、配合も気にかかる点があります。見えない部分の損傷を考慮に入れなかった、計算を間違えた、はたまた、…故意か。」


 掩月は、椅子に力なく座り込む。


「…この弾丸はどこかに保管を?」

「証拠となる銃、弾丸の現物は全て陛下がお持ちです。ご安心を。」


 靖王は安心させるように言った。

 英王も掩月の背に手を当て微笑む。


「そう。そうなのね。」


 それを聞いて掩月のこわばった顔が少し和らいだ。

 彼女も靖王を疑ったことがあるのかもしれない。

 侍女に茶を淹れるよう掩月は命じたが、誰もほとんど口にできなかった。

 皆、胸の内でここまでの話を反芻(はんすう)し考え込んでいる。


「なぜこんな形にしたんだろう?殺傷力を高めるためか?」


 ここで慧は英王が靖王と同じ雑さ――この新しい武器に恐怖よりも興味が先に立つ、良く言えば武人らしい胆力を有している事を確信した。

 その弾丸によって腕を失ったというのに。

 慧なら見たくもない忌まわしいものだと思う。


「丸い弾丸では射程が短かったものを、工匠(こうしょう)は鏃(やじり)の形を参考に尖った弾丸に変えてみたのでは。」


 英王は靖王の言葉に頷く。

 思遠は、そういえば、と言って説明した。


「官廠(かんしょう)にこの研究をしていた者がおりました。一度試射を見たことがありますが、単純に火縄銃の弾丸をこういった先の尖ったものに変えても銃身がただの筒ですと、銃口から発射されたとき弾丸は飛び方を乱して失速し、より遠くへと飛ぶようなものではなかったように記憶しています。」

「弾丸表面には筋のような傷がついていますね。」


 慧は指摘する。弾丸表面の下部に縦方向斜めに数条の傷。


「確かに火縄銃の弾丸にこのような傷はつかない。…伏兵が使った弾丸にも、兄上の体内から見つかったものと同じような傷が見受けられる。」


 靖王は二つの図を指でとんとんと叩く。


「…私はあのとき銃の現物を見た。血糊で見えにくかったが、銃の内部に弾丸と同じような線状の溝があった。」

「それなんですが、武徳司で銃の解体図を描かせていたそうです。思遠。」


 衍(イェン)が英王に向かって言い思遠を促すと、もう一枚紙が広げられる。

 順番にその場にいた皆が解体図を確認していく。

 銃腔(じゅうこう)――銃身内部に数本、まっすぐではなく、斜めにねじったかの様な配置の溝を切ってあるようだ。


「弾丸を押し込んだときや弾丸が出ていくときについたものではなく、あえて刻んだと思われます。…弾丸の傷は傾きや数から言ってまず銃腔の傷によるものとみていいでしょう。」


 靖王は英王にそう説明する。

 火縄銃にはこのようなものはない。装飾だとしたら外につけるだろうから、弾丸射出のために必要な機構のはずだ。

 英王は何か気づいたようでその部分を指でなぞっている。


「そういうことか?」

「お分かりに?」

「矢羽根(やばね)の構造というのはどうなっている?」

「…あっ。」


 大廳内は妙に、しん、とし、靖王は眉間にしわを寄せて考え込んでいる。


「私は西にこのような銃があると聞いたことはあるが書物などで見たことはないんだ。計都はどうだ?」

「は。英王殿下の仰る通り、大陸の西の果てにて、新型の鉄炮の開発が進んでいるのは上層部の方はすでにご存知かと思います。

 ですがこの様な、従来より大幅に遠い所から正確に人を狙える、というものはまだ寡聞(かぶん)にして知りません。」


 だが、この銃弾と銃腔内部の溝。


 靖王は、手を打って一人で合点(がってん)すると、紙と筆を持ってくるよう命じた。

 己衡(ジー・ハン)がそれを差し出すと、靖王は矢羽根の部分を二種類描いた。羽根に角度をつけたもの、通常のもの。


「兄上の仰る通り、これは矢羽根から着想を得たのではと思います。確かに、角度をつけた羽をもつ矢は、角度をつけず羽をつけた矢より比較的安定して飛びますね。…安定した姿勢で弾丸を飛ばすべく編み出されたのが角度をつけた銃身内部の溝なのでは、と推測できます。」


 慧は弾丸の絵図をもう一度検める。


「…弾丸下部のくぼみ、これはなんのためでしょうか。」


 未使用品と使用品を比べると内径はばらつきがある、もしくは広がっている可能性もあるとの記述が絵図にある。

 慧は、想像にすぎませんが、と断りをいれつつ絵図を指し視線を向けると、靖王は大きく頷いた。


「銃腔と弾丸にすき間があれば遠くに飛ばないと思われますが、射出時に弾丸のくぼみ内径が爆発によって広がると仮定すると、外周がこの溝に押し付けられて回転しながら射出することで、より遠くに姿勢を乱れにくく飛ばせるのでは。」


 慧が言うと皆の、ほう、と息をつく音が大廳に響いた。

 伯安も続ける。


「そのように回転して飛ぶと仮定すれば、体内に入った際の組織への損傷と影響は従来の銃創とはかなり違ってくるでしょう。」


 大廳は水を打ったように静まり返った。

 靖王は息をゆっくり吐く。


「…これは、二足飛び三足飛びに新型の、鉄炮の弾丸ということなのだな。これを大量に手に入れた者の天下になる。」

「戦の仕方が変わってくるのは間違いありません…ですがあれ以来、この鉄炮について全く話を聞かないのです。」


 大廳は再び沈黙に包まれ、外の庭に遊ぶ小鳥の声が妙に大きく聞こえる。

 靖王は英王と掩月に拱手の礼を取り、苦しげに言った。


「…私は当時の記憶をまだらに失い、父上に調査することを禁じられていました。兄上や義姉上、徳妃(とくひ)の一族の件に手をこねまくばかりで何もできず申し訳ありませんでした。」


 うつむく靖王の姿勢を直させ英王は笑う。


「瑾(ジン)。父上には父上のお考えがあったのだ。…それにこの事件には単なる暗殺ではない何かがまだ隠されている。」


 靖王は思遠を示して伝える。


「父上には詔獄の力を借りて再調査をすることの許可を取り付けました。…失われたものは戻りませんが、少しでも名誉を取り戻していただきたい。」


 英王は靖王を眩(まぶ)しげに見つめ微笑んだ。

 靖王の視線を受け、思遠は少し考えて言う。


「徳妃さまの一族は、軍器や軍そのものから遠い位置にいる文官ばかりでした。今更ですが、交友と姻戚(いんせき)関係を、この四年、武徳司で徹底的に洗い直しました。官廠や市中の工匠、武器商人、武侠(ぶきょう)界…全くつてが見つかりませんでした。この新型らしき鉄炮に関わるのは無理があったと考えてよいかと。」


 衍は頷いて後を続ける。


「唯一、関与を示す証拠として所持品が伏兵七人から発見されていますが、そのようなものは簡単に用意できる。しかもそれは揃って新しいものだったと言うことでした。…仮に私が誰かを暗殺せよと命じられたなら、そのような出どころの分かりやすいものは持ちません。」


 皆、確かにというように頷き合う。

 慧は一つ引っかかることがあった。


「待ってください。伏兵のあと一人は今も見つからず?」

「確かにあの時八人で報告されていた。…一人は行方知れず。」


 思遠が記録を読み返して言う。


「…自害した者の、自害方法そのものにいくつか軽微な不審点はあった。捕縛した者を詔獄で尋問したところ、実際に狙撃を行なったのは死んだ者と行方知らずの者だったという。徳妃の一族の者という証言、誰かは知らない異民族の者という証言二通りあった。」


 残った者は、狙撃のために集められただけの使い捨ての者たちのようだったから、あまり証言に信憑性がない、ということだった。


 どちらが真実かどちらも真実でないのか。慧は首を傾げたがどうなるものでもない。


「他、右岸の伏兵が瀚黎(かんれい)の軍装をした亮の風貌の者、というのもあった。彼らはどうやら流民らしく、舌を切られている上に字は読めず尋問したところで分かったことはほとんどない。それから医官の天幕の火災の下手人と思われる北の男。新型の鉄炮を作った工匠の正体と所在。それらは再度洗うとして。」


 靖王は皆に大きく頷いた。


「大体の意見が出そろった。兄上や徳妃、徳妃の一族の嫌疑(けんぎ)は晴れた、と結論づけてもよいだけの証言が集まったと確信している。必要があれば官廠で実験させよう。…思遠、どうだ。」


 銃についてはある程度、仮説と検証ができた。


「私もそう思います。殿下が仰る通り継続して調査するとして、これで進めましょう。皆さまには詔獄の審問にご協力いただきますが恐れることは何もありません。ここで話された通り、答えていただければ。」


 できますね?と思遠は鋭く光る目で皆を見回した。

 その表情にいつものお調子者の気配は一つもなかった。


※官廠

国営の工場。


※疽毒內陷

敗血症など。

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