表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砂海の遺珠  作者: 秦 奈良鹿
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/29

《十一》犬の告白

 宴会場から、中庭に面した回廊に出る。

 建物が点在しているが、その一つの傍らに陶製の椅子と卓子(テーブル)を見つけたので腰を落ち着ける。

 外は寒いが宴会場は暑いぐらいだったので、風が気持ち良い。


四郎(スーラン)さま。」


 後から呼ばれ振り返ると、声の主は夜珠だった。

 さすがに舞の衣装では寒いのか、毛皮のついた披風(ひふ)※を羽織っている。


「顔を隠してたんだが、分かったか。」

「西域の衣装がよくお似合いで。」

「そちらこそ。」


 頷く夜珠のいでたちを改めて見る。


「何でしょう?」

「いや。随分と異国趣味の格好だなと。」


 そんなに見てたつもりはないが気を悪くしただろうか。


「西域のものばかりではなく当世流行中のものも盛り込んだみたいです。私は鴇母(おかみ)の着せ替え人形なのでよくわかりませんが。義髻(かつら)も使って豪華なのはいいですが、少々頭が重いですね。」


 夜珠は少し舞の動きをしてから、ぽん、とおどけるように結い上げた高髻(こうけい)を指先で叩いた。

 (かんざし)や鈴が澄んだ音をたてる。


「なかなか神秘的で良かったんじゃないか。」


 夜珠は一瞬ちょっと意外そうな顔をしたが、片眉を上げてにやりとする。

 妓女が舞うには俗気(ぞくけ)が全くなかったが。

 清潔すぎるというか、厳しすぎるというか。

 音楽も舞踊も、どれだけ隠しても本人の性格が微かに出る。

 自分は好ましいと思うが好みは分かれるだろう。


「上手く化けられていましたか?」

「化かされた者はそこそこいるんじゃないか?なかなか良かったぞ。」


 ここにいる自分もうっかり化かされかけた一人だ。


「お褒めに預かり光栄にございます。」


 夜珠は悪戯(いたずら)をしてやった、と言うような顔をして芝居がかった礼をとった。


「あれほど舞えるとはね。」

「鴇母にはお小言食らいましたけどね。四郎さまこそ。…二胡(にこ)の演奏お疲れ様でした。」


 ふふふ、と夜珠は口元だけで笑う。


「四郎さまは良い師に師事なさったのですね、お見事でした。」

「そうかな。」

太常寺(たいじょうじ)※の、当代きっての二胡の名手と言われているお方の演奏を思い出しました。」


 四郎は内心ぎくりとする。

 習ったのはまさにその者だったからだ。


「うんと小さい頃から、琴や笛のついでに習っていたんだ。十年以上もやっていればある程度は弾ける。」


 夜珠はそうですか?と疑うように言う。


「音程を自分で決める楽器ってそれだけでもう難しいと思うのですよ。耳が良くなければ。ついででできるものではないでしょう。」

「琴もそうだろ?…舞踊の邪魔にならなかったなら良かった。」

「私にとっては、琴はまだ弦を押さえる位置が分かりやすいので。四郎さまの二胡は滑音(ポルタメント)の入りがちょうど良くて舞いやすかったです。」

「そうか。」


 夜珠は無表情で言ってくるので伝わりにくいが、どうやら単純に舞踊が上手くいったことを喜んでいるらしかった。


「楽器はこちらで返しておきますよ。」

「ああ、明月楼に戻るなら、送りついでに持って行く。」

「いえ。私も今晩はもう遅いので戻りません。男衆に預けておきます。」

「そうか?別に構わないが。」


 夜珠は一瞬おいて、くすり、ときれいに赤い紅がつけられた口の端に笑みを()いた。

 意味ありげな含み笑いだ。


「…今、妓楼の二階は夜の営業中ですよ?」

「…。なるほど。では渡しておいてくれるか。」


 からかうような笑みの意味は要するにそういうことである。

 苦笑交じりに、二胡を手渡す。


 夜珠は、弓を取ると、二胡を弾いてみた。

 調子外れの音が響く。


「うん。全然いい音が鳴りませんね。」

「…こうするんだ。」


 弦を押さえるべき場所がそもそもズレている。

 指を置く場所を直させ、弓を持つ手に自分の手を添えて横に引く。


「さっきよりはいい音ですね?」


 夜珠が振り返って言い、視線がぶつかる。


「…あ。」


 意外に距離が近かったことにお互い驚く。

 知らない猫同士の、出会い頭に驚いて互いに毛を逆立てて警戒する、というような。


「ああ、悪い。」


 四郎はそっと身を引き、椅子に座り直す。

 夜珠は口元だけ微笑ませて、いいえ、と言った。


「では、私は二胡を返して来ますね。」


 夜珠が鈴の音をさせて去ったあと。

 そこに宴会場の人いきれに酔ったのか酒に酔ったのか、何人か出てきては声高に話すのが聞こえる。


(カン)どのは、上手くやってるよなあ。」

「おい声が大きいぞ。」


 康と言うのはこの屋敷の主だ。


「次はそろそろ私も昇格、と思っていたのだよ。先祖は西域の王族の出だとかいうが、ここでは家格も低く年も年なのになあ。あの人が来て、俺の出世の目もなくなったさあ。」

「おい、もうやめておきたまえ、悪い酒だな。康どのの息女は陛下の妃嬪(ひひん)だぞ。」


 ではこの男は大理寺評事か主簿あたりだろうか。

 そのあたりの者で酒癖の悪い男がいる、と言うのは事前の調査で知っていて、狙いを定めていた。

 もちろんこぼれ話を拾うためだ。


(ジー)の一族がいなくなっても私の立場は何も変わらない。康どのは窮屈な上司だが、それでいて皇后さまの一族に必死で取り入ってるんだ。みただろう?…陛下の命でない限り基本のことしかしないんだろうが。」

「…何か不都合でもあるのかい。」

「噂だが数年前の事件をいくつか再審するかもしれないらしい。」

「陛下がおっしゃったと?」

「ああ、いや…。」


 相手の男はともかくこれは何かありそうだ、と思う。


「例の件は詔獄(しょうごく)※に取られるまで、私の担当だったんだ。」


 相手をしていた男の動きが、止まる。


 ――詔獄。

 その名を聞けば震え上がらない臣民はいない。


「お前…いい加減にしろ。私は行く。水でも飲め。」


 巻き込まれたくないのだろう、相手していた男は戻っていった。


「俺も今更関わりたくないさ。」


 男は相手してくれていた男が去っていくのも気づかず(くだ)を巻いている。

 まさかここで聞いている者がいるとは思わないだろう。

 うんと小声だったが自分にはすべて聞こえている。


 頃合いを見計らって、酔っ払いの男に近づく。

 ぷんと酒臭いにおいがする。


「上官どの、こんなところでどうされました。皆さまお戻りをお待ちですよ。」


 虚栄心をくすぐるようなことを言ってみる。

 見え透いたおべっかだが酔っ払いには有効だろう。


「…ああ、うん。」

「ずいぶんお酒を過ごされたのでは。」


 それほど酔いが回っているようには見えないが、事前の調べ通り酒癖が悪い性質らしい。

 目が据わっている。


「まだ飲み足りないぞお。酒をくれ。」

「水をどうぞ。」


 杯ののった盆を持って広間に向かおうとしていた侍女に合図し、陶器の(かめ)と酒杯を一つずつ受け取る。


「酒だってー。」


 水と言ったが、酒杯に満たされているのは色々なことを話したくなる水、つまり酒だ。

 本人は欲しているのだから良いだろう。

 これを飲んだからといって突然倒れる体質であればそもそもここまで酔ってない。

 そっと耳元で囁く。


「お酒はこれだけですよ。その代わり教えて頂きたいことがあるんです。」


 酔っ払いは嬉しそうに酒杯を干した。


「おっ。お前わかってるじゃないか。なんと言ったっけ…。」

「はい、いつもお世話になっております。…教えていただいても?」


 誰か下官と間違えているようだったが、かえって都合が良い。


「いいぞー、酒を、くれるなら。言う言う。」


 酔っ払いは首をぐらぐらさせながら、妙に調子外れな声で返事をする。

 軽いものだ。

 せっかく科挙に及第してここまで来たのだろうになぜこうなった。もったいない。


「再審はなぜ、まずいんですか?」

「…そんなことは言ってない。」

「もう一杯差し上げましょう。内緒で教えてください。」


 もはやただの酔っぱらいと化した男は、ほとんど思考力をなくしている。

 言っていることも切れ切れで意味が取れない。


「俺はまだ若かったし上の言う事を聞くしかなかったさ。女房を人質に取られちゃあな…。」


 答えないかわりにぼやいている。


「何の事件だったか覚えていらっしゃいますか?」


 この男はおそらく十年以上大理寺にいるはずだ。

 聞くまでもなく彼の在職中の詔獄送りとなった案件は、己家と徳妃一族の事件だ。

 詔獄までいかずとも他にも過去に怪しい事件があった。


「…。」


 男は答えない。

 張り倒したい気分だが、こいつは可哀想な捨て駒だ。

 糸を引いているものを突き止めねば意味がない。


「上官どのぐらい知力があればなんでも可能では。」


 男の官位がどれぐらいか今ひとつはっきりしないが鎌をかけてみる。


「そうだよ。でも爺の奴がよ。」

「あなたが得るはずだった官職を()(さら)って別の人が上の役職についてしまったわけですね。お気持ちお察しいたします。あなたにそれを頼んだ方は報いてくれなかったのですね。」


 大理寺に限らず、三法司は世代交代を促されており

 官職は先帝時代の者から若い者に取って代わってきている。

 派閥もさまざまだ。


「酷いだろ?…こっちは危険なことをやらされてるのによ。」


 話す言葉から、どうやらこの男は首都出身でも貴族や官僚家庭出身でもないと分かる。

 酔うと言葉に地が出る者は多い。

 国子監に推薦されて入監し卒業後科挙でか、国子監を経由せず官の推薦でか科挙かでの任官をしたのだろうから、優秀なはずだった。


 彼らの中には後ろ盾がない分、功を焦るものがいる。

 そこで黒幕に弱みを握られ不正を働かされたのだろうか。

 こうやって国のあちこちは蝕まれている、ようだ。

 見える部分は対処できるからまだいい。

 蟲遣(むしつか)いを突き止めねば、いずれ食い尽くされる。


「酷いですね。どなたがそんな事を?」

「決まってるだろお。」


 そう言われてもわかるわけががない。


「恐ろしくて口が裂けても名前は言えねえが、手当だけは今でも下さるから今も犬をやってるさ…。」


 そう言いながらずり落ちるように眠りだした。

 結局ほとんど何もわからない。

 わかったのは捜査や尋問の過程で操作があった、かもしれないということだけ。

 それは上も既に掴んでいる。


「これはもう駄目だな。」


 大して得られるものはない、拷問(ごうもん)するわけにもいかないし。ため息をついていると、どこかで鈴の音がした。


※太常寺

礼楽事務を管轄した行政機関。九寺の一つ。

その職能には、宗廟祭祀、礼楽儀式、天文暦法、および陵墓管理などが含まれる

『百度百科』より抜粋。


※詔獄

中国古代において皇帝が直接管轄する監獄であり、主に皇帝の詔勅によって罪を定める必要のある高官や要人を収監するために用いられた。三法司を迂回することができる。詔獄の環境は劣悪で、刑罰は残酷であり、牢獄は半地下構造で暗く湿気が多かった。

『百度百科』


※披風

マントやケープ状の外套

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ