絶対に会えるよ
クライマックスを終え、物語世界が閉じていく。
A太やゾークさんをはじめとするモブのみんなが、物語の中での役割を終えて現実世界へと帰っていく。
そして、一瞬だけのヒーロー役を終えて一介のモブに戻った俺もまた、現実世界へと戻る。
でも、梨夏ちゃんは。
「梨夏ちゃん!」
俺は梨夏ちゃんとしっかり手を繋いでいたはずだった。
だけど、まるで砂が手からこぼれ落ちるみたいに、二人の手は離れていた。
「さつきさん!」
梨夏ちゃんが叫ぶ。
「どこに行くんですか!」
「梨夏ちゃんこそ!」
俺たちはどんどん離れていく。
それは物理的な距離ではない。並行する世界の距離。
そうか。物語が再開して、また自律性を回復したから。
だから、梨夏ちゃんはもうヒロキ同様、現実世界に来ることはできないんだ。
そうしたら、俺と梨夏ちゃんはもう会えなくなってしまう。
嘘だろ。
「梨夏ちゃん!」
俺は必死に叫んだ。
「俺、君が好きだ!」
梨夏ちゃんが目を見開く。大きな目からたちまちぽろぽろと涙がこぼれた。
「好きだよ、梨夏ちゃん!」
「私もです!」
梨夏ちゃんもそう叫び返してくれた。
「さつきさん、また会えますよね!?」
また会えますよね。梨夏ちゃんはいつも、俺にそう尋ねてくれた。
「当たり前だろ!」
俺は答えた。
「絶対に会えるよ!!」
「電話します!!」
電話。ああ、そうか。でも電話はもう通じない。
だけど。
「分かった!」
俺は叫んだ。
「俺もかけるよ! 毎日かける!」
梨夏ちゃんが泣き笑いで頷く。
「私も!」
そして、世界は閉じた。
現実世界の公園。
お祭りでもやってるのかと思うほどの混雑。
モブのみんなが集まってくれたからだ。
近くの植え込みから煙が上がっている。
ヒロキが、俺を庇った梨夏ちゃんから慌ててそらした一撃の跡。
それが、ヒロキの力が現実にまで及んでいた証拠だった。
だけど、今のヒロキは地面に倒れたまま、もう何の力も持っていない。
「ちょっと通してくれるかな。ごめんよ」
呆然としている俺のところに、モブをかき分けて近付いてきたのは森井さんだった。
「B介君」
森井さんは、俺の肩に手を置いた。
「ありがとう」
それから頭を下げて、付け加えた。
「すまなかった」
「いいんすよ。森井さんが決めたことじゃないし、多分その判断は正しかったから」
大きなもののために、小さなものが犠牲にならざるを得ないことはある。
それが分からないほど、俺はガキでもない。
ただ、その犠牲になるのが自分の大事なものだったから、自分のできることを必死にやっただけだ。
そんな社会の常識を覆してくれたのは、寺井君だ。
物語は、作者さんが綴るもの。
基本中の基本。
それを忘れなかった寺井君が、とんでもない発想で逆転をもたらしてくれた。
寺井君と作者さんと、A太と、それからモブのみんな……結局、あらゆる人たちのおかげで、梨夏ちゃんの物語は救われた。
ついでに、世界も。
視界の隅で、ヒロキが両脇を担がれて連れていかれるのが見えた。
「ヒロキ」
思わず声をかけた。振り返ったヒロキは、俺よりもずっと年上で。
「もうヒロキじゃない」
そう言った。
「せいぜい頑張れよ、モブ」
そいつは笑った。
「何者にもなれない世界を、これからも生きていけ」
それだけ言うと、大人しく連行されていった。
その背中が見えなくなってから、俺は森井さんに言った。
「これで良かったんですよね。梨夏ちゃんの物語は、あるべきところに戻って」
きっと、作者さんの描く新しい素敵なヒーローが現れて。
そして梨夏ちゃんは今度こそ幸せになるんだ。
そして、俺との出来事は記憶の彼方に消えていく。
それでいい。
なんてかっこいいことは、今は言えないけど。
でもきっと、それでいいんだ。
「そうだ、森井さん。俺、もう梨夏ちゃんの物語の仕事に出さないでくださいね。新しいヒーローと仲良くしてるところとか見たら、俺泣いちゃうかも」
冗談めかしてそう言って、俺は笑おうとした。
でも、代わりに涙がこぼれた。
梨夏ちゃん。
どうか、幸せに。
「ああ、そのことなんだが」
相変わらず淡々と、森井さんは言った。
「作者さん、もう続きは書かないそうだ」
「……は?」
「新作を書いている途中らしくてね。頼まれて、面白かったのでその場面までは書いたけれど、今後更新する予定はないそうだ」
は? 何言ってんだ。これだからクリエイターって人種は。
「待ってくださいよ、それじゃあ梨夏ちゃんはどうなるんです」
「分かるだろう、作者さんも君たちに気を遣ってるんだよ」
そう言って、森井さんは俺の肩を叩く。
「更新してしまったからね、物語がエタるまでもうしばらくかかるかもしれない。でも、このまま更新がなければいずれは」
「……あ」
いずれ、物語はエタる。
そして物語世界の壁が消え、梨夏ちゃんは、この現実世界の住人となる。
俺は梨夏ちゃんとまた会える。
ゆっくりとした足取りで、連行されたヒロキの後を追うように歩いていく森井さんの背中に、俺は頭を下げた。




