諦めるな。諦めるな。
現実と物語が入り混じって、すっかり機能の麻痺してしまった駅前を通り抜けて、繁華街を脇に逸れる。
細い路地を抜けて石段を駆け上がると、寺井君が、
「この街にこんなところがあったんですね」
と感嘆の声を上げた。
はあはあと喘ぎながら付いてきたA太も、
「おお、ほんとだ」
と歓声を上げる。
そこは、街を見下ろす高台。
俺が何か悩みがあったときに、いつも足を運ぶ場所。
ここから見れば、俺だけじゃなくて人間みんなモブみたいなもんだな。
そう思える場所。
そこから見える街の景色は、いつも俺の心を慰めてくれた。
だけど、今は違う。
「……うわ、よく見たらこれえぐいな」
A太が声を漏らす。
街は至るところに物語の世界が開き、出来の悪いパッチワークのようになっている。
現実味のない異様な光景が広がっていた。
ところどころで白い煙が上がっているのは、火事か事故か。
「こうして見ると……本当にヤバいですね」
寺井君も同じ感想を呟く。
でも、俺にはそんな感傷に浸っている暇はなかった。
無数に開いた物語の中から、ある一つを探していた。
「B介さん、ここで一体何を」
「ヒロキの力の源泉って話を、さっき寺井君してたでしょ」
「あ、はい」
「それって、梨夏ちゃんの物語だと思うんだ。もっと言えば、梨夏ちゃんのことだと」
「え?」
あの子は特別だ。
あの子は譲れない。
ヒロキの言葉。
寺井君は、ヒロキが最初に乗っ取ったのは梨夏ちゃんの物語だと言っていた。
だとしたら。
「梨夏ちゃんへの執着が、ヒロキの力の源泉になってる可能性が高いと思う」
「能勢さんへの執着、ですか」
寺井君はまだぴんと来ていない。
でも、俺の中では繋がっていた。
「梨夏ちゃんの物語がエタったことで、物語世界と現実との壁が壊れかけてるんだ。だから、梨夏ちゃんは現実世界にも時々姿を見せるようになった。今の梨夏ちゃんは、物語と現実の狭間の曖昧な存在なんだ。その梨夏ちゃんへの執着が、物語内だけじゃなく現実世界にまで影響を及ぼせるヒロキの力の源泉になってる」
「全然ぴんと来ねえ」
A太がじれったそうに言う。
「もうちょっと噛み砕いて話してくれ」
「ええと、だからさ」
頭の中のぐるぐるしてるものを、俺なりに精いっぱい理屈にしようとする。
「物語への執着でおかしな力に目覚めるのが闇堕ちだろ? 多分ヒロキは梨夏ちゃんへの執着から、彼女の物語に取りついたんだと思う。あの子、誰にでも優しいから」
そう。梨夏ちゃんは優しい。
俺みたいなナンパモブにすら。
「きっと、あいつもそれで勘違いしたんだ。それで、闇堕ちの力で自分がヒーローに成り代わることにした。しかもあいつにとっては都合よく、梨夏ちゃんの物語はエタりかけていた」
だから、どんなに待ったって梨夏ちゃんの本当のヒーローが現れることはなかった。
現れたのは、ヒーロー気取りの闇堕ち事件の残党と、自分の闇堕ちに怯えるナンパモブだけだった。
「作者さんに成りすましてモブの派遣を要請して展開を動かして、ヒロキは物語を支配したんだ。そのころには、エタってた物語世界と現実との壁が壊れかけて、梨夏ちゃんはどっちつかずの曖昧な存在になっちまっていた。だから、梨夏ちゃんが現実の俺の前に現れることもあったし、あの子にかけた電話が繋がったり繋がらなかったりもしたんだ。そして彼女の存在を力の源泉にしているヒロキも、そのおかげで世界の壁を越えて、物語と現実の両方に及ぼすことができるようになっていた……」
「おお」
A太は目を丸くして頷いた。
「やべえ。学校で全然分かんねえ授業を聞いてるときの気持ちを思い出したぜ」
そうだよな。俺も自分で言っててよく分かんねえ。
「でも、お前が言うんならそうなんじゃねえのかとも思う」
A太はそう言ってくれた。
「僕も、はい、何というか、よく分かりませんがB介さんの説明の勢いにはすごい説得力が」
寺井君もおずおずと頷いた。
「ありがとよ、二人とも」
俺は街に目を凝らす。
「だから俺の考えが正しければ、絶対にどこかで開いてるはずなんだ。力の源泉である梨夏ちゃんの世界が」
ヒロキは、そこから力を得ている。
物語と現実の狭間にいる梨夏ちゃんと繋がることで、現実にも干渉している。
「梨夏ちゃんの世界ったって、こんなにいくつも世界が開いちまってたら」
A太が困惑した声を上げる。
「さすがに分からねえよ。現実世界系の物語だし、どれもおんなじに見えるって」
「そうですね……」
寺井君も自信なさげに答える。
「……いや、俺なら」
俺は何度もその世界に入っている。
だから、理屈じゃなくて体が覚えてる。見れば絶対に分かるはずなんだ。
あれも違う。
あれも、あれも違う。
あれは……似てるけどやっぱり違う。
俺は目を凝らす。
諦めるな、諦めるな。
きっと分かる。俺なら分かる。
「……あった!」
見つけた。
「中央公園の噴水のところ!」
そこに、薄暗い夕暮れの世界が開いていた。
遠くてはっきりとは見えないが、モブの第六感みたいなものが教えてくれていた。
お前の物語はあそこだ、さつき。
そんな風に。
「あそこだ!」
俺は走り出した。




