……思いついた。
「B介! しっかりしろ!」
その場に情けなくぶっ倒れていた俺を助け起こしてくれたのは、A太だった。
「おお、A太……来てくれたのか」
「森井さんから、お前が飛び出してったって聞いたからよ。どうせ駅前だろうと思って来てみたんだ」
「さすがだな」
俺は痛む右腕を上げてサムズアップしてみせる。
「ナンパモブの戦場は駅前って決まってるもんな」
「つまんねえこと言ってる場合かよ、ひでえ傷じゃねえか。まさか、ヒロキにやられたのか」
「ああ。例の変な力を食らった。しかもわざわざ現実に戻してから撃ってきやがった。あいつ、物語を自分の都合で出し入れしやがる」
「マジかよ」
A太もさすがに目を見張る。
「そんなことまでできんのか。無敵じゃねえか」
無敵。
ほんとにそうだ。
あんな力を現実で使われたら、誰もかなわない。
警察だっておいそれと手出しできないだろう。
「梨夏ちゃんは何とか逃がしたけど……でも時間の問題かもしれねえ」
自分の言葉に、我に返る。そうだ。梨夏ちゃんが心配だ。
身体を動かそうとしたら、痛みが襲ってきた。
「ぐっ」
「そんな怪我じゃ動けねえよ。じっとしてろ」
「……いや、見た目ほど大したことねえ」
派手に血は出たが、ほとんどは打ち身とかすり傷だ。ショッピングモールで落ちた時に比べりゃ、なんてことはねえ。
そう。なんてことねえ傷だったんだ。
だけど、俺はヒロキに向かっていくことができなかった。
あいつの圧倒的な力と、ここは物語の中じゃないという恐怖。
この傷は全て現実のものなんだと思ったら、怖くて身体が動かなかった。
「情けねえ」
俺はのろのろと身体を起こす。
「ビビっちまった。現実で殺されるって思ったら、身体がもう動かなかった」
「そりゃそうだろ、当たり前だよ」
A太は慰め顔で言った。
「誰だってそうだよ、命は一つしかねえんだから。もうすぐ森井さんたちも来る。安静にしてろ」
「森井さんたちが?」
「あの人たちだって心配してたんだぜ、お前のこと」
「そうか……すまん」
しばらくそこで休んでいると、森井さんと寺井君が駆け付けてきた。
二人とも、闇堕ちハントに向かうときのような灰色の作業着を着ていた。
「B介さん!」
寺井君が俺の怪我を見て甲高い声を上げる。
「大丈夫ですか! A太さん、救急車はもう呼びましたか」
「ああ、寺井君。大丈夫大丈夫」
俺は手を上げて応える。
「必要なら自分で病院行くから。救急車呼ぶほどの傷じゃねえよ」
「でもまた骨折とか」
「してないしてない」
「そうですか……」
寺井君はまだ心配そうだ。
「B介君、ヒロキと接触したんだね」
森井さんがそう言いながら近付いてくる。
「彼の力は、どうだった」
さすがに森井さんはいつでも冷静だ。俺はヒロキとの遭遇の状況を伝える。
森井さんはそれをメモすると、俺たちから離れて電話をし始めた。
ヒロキと接触した俺の情報は貴重だということだろう。
その間に寺井君の持ってきてくれた救急箱から出した消毒液や絆創膏で簡単に治療を済ませる。
モブだから、まあこのくらいの雑な治療でも大丈夫だろう。
俺はA太と寺井君と、善後策を練る。
「あいつを捕まえるには、どうしたらいいんだろうな」
「正直、個人の力じゃ無理だよな」
「今までの闇堕ちモブなら、現実世界に引きずり戻せばそれで終わりだったんですが……」
と寺井君。
うん。アイビーにしろM山にしろ、闇堕ちモブとして超人的な力を発揮したとしても、それはあくまで物語の中での話。
だから現実着を着せて、現実世界にその身体を戻してしまえばもう力を振るうことはできなかった。
ヒロキの場合は、その戦法が通じない。
現実世界に戻したところで、力を失わない闇堕ちモブ。
今までの常識が通じない相手だ。戦うには何かもっと別の方法が必要だった。
「現実世界でも物語世界でも通じる方法か……」
A太が難しい顔で腕を組んで、三秒もしないでまた腕を解く。
「ねえな」
「もうちょっと考えろよ」
「いや、無理だって。こんなもん」
A太は真面目な顔で言った。
「無理ゲーだよ。どうにもなんねえ」
「僕考えたんですけど」
寺井君が言った。
「ヒロキが現実世界にまで力を及ぼせるようになった、その源泉のようなものがあると思うんです。それを見付けることができれば、もしかしたら」
「おお」
俺とA太は顔を見合わせる。
「それっぽいな」
「かっこいいぞ、寺井君」
「そうですか?」
寺井君は照れたように笑う。
「で、その源泉って何なんだ」
「さあ」
寺井君は真剣な顔で首を振る。
「想像もつきません」
……だよな。
俺はため息をついた。そんなもんが簡単にわかりゃ苦労しない。
でも何となく、いい線いってる気はする。
源泉、源泉か。何だろうな。
それにしても、森井さんの電話は長い。
電話してる森井さんの横顔は、かなり険しい。また何か悪いことでも起きたんだろうか。
心がざわつくが、ビビってたって何も生まれない。考えるんだ。
源泉。力の源。
……あ。もしかして。
頭の中で、バチッと音を立てて何かが生まれた。
そのとき、森井さんが電話を終えて戻ってきた。
「討伐隊が出ることが決まったよ」
「えっ」
思わず弾んだ声が出た。
「じゃあ俺も参加します!」
「俺も俺も」
とA太。
「いや」
森井さんは首を振った。
「君たちは参加しない方がいい。この討伐隊は、ヒロキに対するものじゃないんだ」
「え?」
「どういうことです」
「ヒロキにそそのかされたモブ十数名が、一斉に蜂起した」
森井さんの言葉に、俺たちは絶句した。
ヒロキさん、と誇らしげにその名を呼んでいたM山の顔が頭をよぎる。
「M山君のような人間がほかにもいたということだ」
森井さんは言った。
「すでにエタったいくつかの物語を占拠して、新たな自分たちの物語を作るなどと言っているそうだ。モブがモブであることを強要されない世界を作る、とか何とか主張しているようだ」
「モブであることを強要されない世界?」
A太が呆れたように首を振る。
「なんだよ、その被害者面。俺たちがいつ強要されたんだよ。モブである誇りはねえのか」
その通り。だけど、そんな連中に怒ってる場合じゃない。
「そいつらに対して討伐隊を出すってことですか」
「ああ」
俺の質問に森井さんは頷く。
「彼らは闇落ちしているとはいっても、ヒロキのように現実に影響を及ぼす能力はない。モブ派遣各社で討伐隊を募って、一気に制圧する」
「じゃあ、ヒロキは」
「まだ、現状ではどうすることもできない」
森井さんは冷静に言った。
状況が悪くなると、この人はそれに合わせてどんどん冷静になる。
興奮したり呆然としたり、そういうことを防ぐために敢えて冷静になろうとしているように見えた。
「うちからは倉井さんが五名を連れていく。寺井は引き続きヒロキ関係の情報収集を」
「はい」
寺井君が頷く。
「私はいったん、会社に戻るよ」
「ありがとうございました、森井さん」
くそ忙しいだろうに、わざわざここまで来てくれた森井さんに、俺は頭を下げる。
「B介君も、その怪我で無理はしないように。一度家に帰ったらどうかな」
「いえ。実は、さっき寺井君の話を聞いて思いついたことがあるんです」
「え、僕の話ですか?」
寺井君がきょとんとする。
「付き合ってくれるか、寺井君、A太」
「ヒロキの情報が分かるなら、行きますが」
「俺も、乗り掛かった船だからな」
「ありがとよ」
「B介君、絶対に無理はしないように」
森井さんが念を押してくる。
「情報が分かったら、こっちに共有してくれ」
「分かってます」
梨夏ちゃん、待ってろよ。
「行こうぜ、こっちだ」
俺は痛みをこらえて走り出した。




