モブは引っ込んでろよ。
あの女の子にはちゃんと決まったルートを走ってもらう必要がある。ステージに着くまでにまだまだ色々とイベントをこなしてもらわないと。それには、この物語からM山を排除するしかない。
とはいえ、どうする。
俺たちモブが、余計なことをしたらまずい。モブとしての一線を越えずに、どこまで出しゃばるべきか。
「待て、てめえ!」
A太が叫んだ。
「その子は俺たちが先に見つけたんだよぉ!」
おお、さすがは相棒! それだ!
「そうだぞ、ふざけんな横取り野郎が!」
俺も叫んだ。
「返せ!」
物語の展開としては、これが最善だろう。女の子を横から別の男にかっさらわれたナンパモブが怒って追いかけるのは、決して不自然なムーブではない。
女の子を連れて走るのがヒーローならともかく、M山はモブだ。脚力で負けるはずはない。俺たちは、たちまち追いついた。
「てめえ、ふざけんな!」
腕を伸ばして、M山の着ているパーカーのフードを思い切り引っ張る。
「ぐえっ」
「その子は俺らのもんなんだよ!」
そう言いつつ、女の子には手を触れることなくM山だけを取り押さえようとする。だが、そう甘くはなかった。
「ふざけんな!」
振り返ったM山の目には、こちらをぞっとさせるような凶気が宿っていた。
「モブは引っ込んでろよ!」
出た、闇堕ちモブのお決まりの台詞。
お前だってモブだろうが! そう言おうとしたが。
「痛い!」
M山が強く掴んでいるせいだろう、女の子が悲鳴を上げた。俺とA太は気勢を削がれた。
「おい、女の子が痛いっつってんだろうが!」
A太がそう言ってM山の肩を掴もうとした途端、いきなり後ろに弾き飛ばされた。
「ぐえっ」
ごろごろと地面を転がっていく。
「へ?」
俺はアホみたいにそれを見送った。何だ、この力。M山が触れてもいないのに。
これは。
理解した途端、一瞬で鳥肌が立った。
「物語を左右するのは、俺だ」
M山が言った。
「作者の展開通りじゃ、この子は七曲目からしか歌えない」
そう言って、女の子を見る。腕を掴まれたままの女の子が、身体を引いた。
「でも俺なら、三曲目から歌わせられる」
「……バカ野郎」
何言ってんだ、こいつ。この後の展開をどこかで聞きこんで、障害を全部回避させることで、ヒロインの活躍の時間を増やしてやろうって?
余計なお世話だ、誰がお前にそんなこと頼んだんだよ。
ヒロインのそういう苦境まで含めての物語だろうが。自分が目立ちたいがために、物語を利用するんじゃねえ。
「とにかく、その子を離せや!」
俺はM山に飛びかかると、女の子を掴んでいる方の腕をねじり上げた。同じモブでも、俺は粗暴系モブ。汎用型モブのM山よりもケンカ慣れしてるのは間違いない。
「ぐうっ」
M山が呻き、その手が離れた。女の子は腕をさすりながら、身を離して俺たちを見た。
「この子は俺たちが先に見つけたんだよっ……!」
そう言いながら、俺はM山の腕をさらにねじ上げる。
早く行け。
俺の気持ちが通じたというわけでもないだろうが、女の子は俺たちに背を向けて走り出した。駆けていく先は、作者さんが最初から想定していた元のルート。
「だから、そっちはだめなんだって!」
M山が苛立った声で身をよじる。
「ああ、もう! どけ、モブ!」
M山の身体から衝撃波のようなものが放たれた。さっき、A太を吹っ飛ばしたやつだ。それを食らいながらも、歯を食いしばって耐えた俺を見て、M山は驚いた顔をする。
「どうして吹っ飛ばないんだよ! モブのくせに!」
そりゃ、慣れてるからだよ。
不意を突かれたA太とは違う。こんなもん、来ると分かってりゃ耐えられる。同じ衝撃波なら、アイビーに食らったやつの方が、百倍痛かったぜ。
「お前みたいなモブには分かんないだろうけどな!」
M山は喚いた。
「あっちに行ったら、あの子はまたトラブルに見舞われるんだよ!」
「てめえ、こらあ! 人のナンパの邪魔しやがって!」
M山の余計なメタ発言にかぶせるようにして、俺は大声を上げた。
「どうすんだよ、あの子行っちまったじゃねえか! 責任とれよ、くそがあ!」
あくまでも、ナンパモブとして。獲物を逃がして怒り狂う捕食者として。
まだあの子の背中が見える。俺たちはまだ物語世界にいる。ここでこいつにおかしなことを言わせるわけにはいかない。
「うるさい! この、物語の奴隷が!」
「意味分かんねえこと言ってんじゃねえ! おかしな野郎だな、てめえ!」
闇堕ちしたM山は、腕力も上がっていた。怒りに任せて強引に腕を戻すと、俺に掴みかかってきた。俺も応戦し、掴み合いはやがて殴り合いに変わる。
多少パワーアップしているとはいえ、M山も所詮はモブ。おかしな衝撃波みたいなのを除けば、能力なんてどっこいどっこいだ。
決め手のないボクサー同士の疲れ果てた最終ラウンドみたいな泥仕合をしている俺たちのところに、制服の警備員が駆け付けてきた。
「何してるんだ、君たち! ケンカはやめなさい!」
「うるさあいっ!!」
振り向いて喚いたM山が、こともあろうに警備員に殴りかかった。
「あ、バカ!」
だが、次の瞬間、M山の身体が宙を舞った。
「お……」
俺も思わず目を丸くして見とれてしまった。お手本のようなきれいな一本背負い。
「ぐえっ」
思いきり背中から落ちたM山が呻き声を上げる。
「ったく」
警備員は手際よくM山をうつぶせにしてその腕をねじり上げると、俺を見た。
「何やってんだよ、お前ら」
「……ジュンさん」
駆けつけてくれたのは、制服モブのジュンさんだった。安心すると同時に力が抜けて、俺はその場にへたり込んだ。
「ジュンさん、来てくれたんすか!」
A太がそう言いながら這い寄ってきたとき、物語から抜けたのが分かった。さっきの女の子が次のシーンに移行したのだろう。
現実の公園は、静かなものだ。アイドルたちの歌声も、もちろんもう聞こえない。M山に殴られてできた傷も、すぐに消えた。
「こいつ、忘年会のときに騒いでたやつだよな」
抵抗できないように、M山の背中に膝を押し付けながらジュンさんが言った。
そうやってると、本物の警察官みたいだ。まあ、今日の制服は警備員だけど。
「そうです」
とA太。ジュンさんは呻いているM山の顔を一瞥して、
「これ、社員呼んだ方がいいな」
と言った。
「突発の闇堕ち事案だ」




