それは、まるで。
俺たちが会社に連絡を入れると、ほどなくして、二人の社員が駆け付けてきた。
突発の闇堕ち事案は、最優先対処事項だけあってさすがに対応がめちゃくちゃ早い。
二人のうち一人は、闇堕ち事案には必ずと言っていいほど顔を出す森井さんだ。
森井さんは相変わらずの冷静な表情で近付いてきたが、俺たちの取り押さえているM山を見ると微かに眉をひそめた。
もう一人は、物語のヒーローですって言われても全く不自然じゃない、すらりとした優しそうなイケメンだ。口元に涼し気な微笑を浮かべ、さらさらした茶髪を風に揺らしながら近付いてくる。
「B介さん、A太さん! お疲れ様です!」
俺たちの顔を見るなり、イケメンは甲高い声で言った。
「おう、寺井君」
「なんだ、寺井君も来てくれたのか」
俺とA太が答え、ジュンさんが振り向く。
「寺井君、俺もいるよ」
「あ、ジュンさん! すみません、いつもと制服が違ったから!」
そう言って、ぴょこんと頭を下げる。
そう。彼がもうすぐ入社三年目、寺井君だ。
ハードはほんといいんだけどな。ソフトが三枚目なんだよな。もったいない。
「……M山くんか」
森井さんが屈みこんでM山の顔を覗き込んだ。
「だいぶ進んでるね。忘年会のときから、気になってはいたんだが」
「そうですよね。こいつ、あの時からおかしなこと言ってたんですよ」
A太が言う。
「もう現実に戻ったから使えないですけど、さっきは変な力まで使いました。衝撃波みたいな」
「うん」
頷いて、森井さんは俺の顔をちらりと見た。
「アイビーほどじゃないっす」
と俺は答えた。
「ただ、やっぱりこれは」
「深度3はあるか」
森井さんが闇堕ち試薬のシールをM山の額に貼ると、たちまちその色が黒ずんでいく。
「俺は、特別なんだ」
M山が喚いた。
「物語を左右する力があるんだ。お前らとは違う」
M山は口汚く俺たちを罵った。
お前ら俺に嫉妬してるんだろう。何もできないモブだから、俺が羨ましいんだろう。
そんなことを、熱に浮かされたように叫び続ける。
闇堕ちしたモブは、みんな大抵同じことを言う。だから、喚くに任せて誰もまともに取り合わなかった。だけど、
「俺の力を、認めてくれる人がいるんだ!」
その言葉には引っ掛かった。
「……誰に、認められたんだ」
そう尋ねると、M山は汗まみれの顔で俺を見て、へらりと笑った。
「そんなもんお前に教えるかよ。お前みたいなクソモブが、一生かかったって出会えないようなすげえ人だよ」
「ヒロキか」
「!」
M山の顔が強ばる。
「何で知ってるんだ」
当たりだった。
「まさか、お前も言われたのか」
「言われてねえよ」
みんなの視線が、俺に集まる。居心地悪さを感じながら、俺は言った。
「そいつ、背が高くて切れ長の鋭い目をした、茶髪のイケメンじゃねえのか?」
「だったら……だったら、何だよ!」
だったら、そいつは梨夏ちゃんの彼氏なんだよ。
「そいつとどこで会ったんだよ。何て言われたんだ」
「仕事だよ、仕事で会ったんだ。あの人はモブじゃねえのに、俺にすごく良くしてくれて……」
俺の有無を言わせぬ口調に気圧されたように、M山はもごもごと答える。
「君のような選ばれたモブには、物語を左右できる力があるって、会うたびに言ってくれて。ほんとによくしてくれたんだよ、悩みも聞いてくれて」
「なに?」
黙って聞いていた森井さんの目が鋭くなった。
「ちょっと待て、M山」
と言ったのは、A太だ。
「どういうことだ。お前、それおかしいぞ。そのヒロキってのはモブじゃなくて物語の登場人物なんだろ?」
「当たり前だろ。ヒロキさんがモブのわけあるかよ。物語によって、ヒーローだったり、脇役だったりはするけど、モブなんかじゃねえ」
「は?」
俺たちは顔を見合わせる。
「何言ってんだ、お前」
A太が俺たちを代表して言った。
「自分が何言ってるか、分かってるか? モブ以外のキャラクターが複数の物語に存在するわけねえし、俺たちのことをモブだと認識してるわけもねえだろうが」
A太の言う通りだ。
複数の物語に登場できるのは、この現実世界という足場を持っているモブの特権だ。モブではないキャラクターは、それぞれの世界でだけ生きていて、他の物語に行くことなんてできない。
そして、彼らが俺たちを「モブ」だと認識することもない。「特徴のない雑魚」的な悪口として「モブ」と口にすることはあっても、俺たちのことは単に「自分たちと同じ世界に住むあまり関わりのない誰か」というくらいに思っているはずだ。
間違っても、いろんな物語に出ている職業的モブ、なんて思ったりはしない。
物語のキャラクターたちは、そういうメタな発想をしない。それは世界を壊すことにもつながるからだ。
だからM山が言ったような、「物語を左右する」「選ばれたモブ」なんてメタな発言を、物語のキャラクターがするわけはないのだ。
「そいつ、何者だ」
「何者って、ヒロキさんはヒロキさんだよ」
M山は戸惑ったように言う。
「何だ、お前ら。何言ってんだよ」
自分の言ってることの何がおかしいのか。モブならばすぐに分かるはずなのに、M山には分からないようだった。闇堕ちしちまったせいでまともな判断ができなくなっているのか。
俺は、胸がざわざわした。何だか、妙に落ち着かない。
M山の話が本当なら、似たような話を俺は知ってる。
様々な物語に入り込んでヒーローやヒロインを屈服させる、モブの力とメインキャラクター以上の力とを併せ持った存在。
それは、まるで。
「まるでユキシマじゃねえか」
ジュンさんが、俺の気持ちを代弁してくれた。




