A太に打ち明ける。
寺井君からの事情聴取の電話は、それ以降はかかってこなかった。俺にしてみたら、新年快晴の青空に突然降ってきた雹か霰みたいな感じだった。
調査はその後、進んでるのか進んでないのか。結論としては、どういうことになったのか。聞きたいことは山ほどあったけど、それを聞けるはずもなく。
何にも言われないってことは、あんまりひどいことにはなってないんじゃないだろうか、という楽天的な考えと、これだけ何も言われないってことは俺の知らない水面下でかなり話が進んでるんじゃ、という悲観的な考えが交互によぎる。
梨夏ちゃんには何度か電話してみた。電話は繋がるときもあれば、繋がらない時もあった。繋がらない時の方が多かった気がする。
電話に出た梨夏ちゃんは相変わらず元気で、俺からの連絡を無邪気に喜んでくれているようだった。俺は彼女と他愛のないおしゃべりを楽しんで、肝心なことは結局何も聞けなかった。
疑問は消えない。
俺と梨夏ちゃんの出会いは、最初の一回を除いて作者さんの要請ではなかった。
じゃあ、誰の要請だっていうんだ。
もしも、システムのエラーによって偶然にこの状況が生まれてしまったとしたら、俺たちの関係は果たして許されるものなんだろうか。
どんなに悩んでいようが、それでも時間は過ぎる。カネを稼がなきゃならねえ。飯を食わなきゃならねえ。
自分の力で生きるっていうのは、現実的になるっていうことだ。バカな俺にはさっぱり分からない謎の現象に頭を悩ませている暇なんて、現実は与えちゃくれない。
俺は今年も、A太とナンパに励んだ。冬の寒さもすっかり和らいで、季節はもうすぐ春になろうとしていた。
「ちくしょう、ふざけやがって。イケメンがそんなに偉いっていうのかよぅ!」
そう喚きながら俺の繰り出した予備動作丸出しのテレフォンパンチを、冷静な目をした細身のヒーローがひょいっとかわした。
その長い足が、身体ごと突っ込んだ俺の足に引っ掛かった。
「へぶっ」
無様にカエルみたいに路上に這いつくばった俺を見て、A太が叫ぶ。
「てめえ、やりやがったなぁ!」
「別に何もしてない」
ヒーローはあくまで冷静にそう答えた。
「彼が勝手に俺の足につまずいて転んだだけだ」
「この野郎、そんな長い足してっからだろうがあ!」
理不尽なことを叫びながらA太が殴り掛かる。ヒーローの表情は一切変わらない。それを見て、俺には次の展開が分かってしまった。
やべ。
地面に倒れたまま、衝撃に備えて身体に力を込める。
「ぐわっ!?」
案の定、あっさりパンチをかわされたA太の身体も、俺と同じように泳いだ。ヒーローが優しくエスコートするように、後ろからその肩を軽く押す。
「だああっ」
「ぐええっ」
A太が俺の身体の上に思いっきり倒れ込んできた。潰された俺は悲鳴を上げる。
「いってえ!」
「重い、重い!」
絡みあってもがく俺たちを尻目に、ヒーローはヒロインの肩に後ろから優しく手を添え、歩き去っていく。
「くっそお、イケメン滅ぶべし!」
「リア充死すべし!」
俺とA太は口々に喚いた。二人は振り返ることもなく、路地の角を曲がって消えた。
そのまま寝っ転がっていると、物語世界から抜けた感覚があった。
「重い。A太、どいてくれ」
「おお、悪い」
俺達はごそごそと身体を起こすと、顔を見合わせ、どちらからともなくハイタッチを交わした。
「いやー、今回セリフ多かったなあ!」
「なんかキャラ付けがあって新鮮だったな!」
そうなのだ。今回のナンパモブ(俺達のことね)はイケメンとリア充を憎んでいるという個性が与えられていたのだ。
いつもは記号的に、無個性なヤカラとして扱われているだけに、ほんとにちょっとしたスパイス程度の個性だったが、それでも嬉しかった。
「イケメン滅ぶべし!」
「リア充死すべし!」
俺たちはお互いの決め台詞をもう一度叫んだ。
「個性があるっていいな!」
「やっぱりうまい作者さんだと一味足してくるんだよ!」
「読者の印象に残って、もう一回呼ばれたりしてな!」
「あり得る!」
いや、ない。
俺たちだって昨日今日始めたナンパモブじゃない。そんなことは、十分すぎるほど分かっている。
でも、作者さんが俺たちを血の通ったキャラクターとして扱ってくれたことが嬉しかった。
「いやー、いい仕事だったな」
よっぽど嬉しかったらしく、裏路地でいつものコーラを飲みながら、A太がまたその話を繰り返す。
「いきなりの暴力とかじゃなくて、理由があっての暴力。からの敗北。敗者たるもの、こうあるべきだな」
よく分からないことを言いながら、自分で自分の言葉にうんうんと頷いている。
まあ、気持ちは分かる。だって俺も同じ気持ちだからな。
「ほんと、テンション上がるよな。次の仕事もこうだったらいいのにな」
「俺、さっきの作者さんのモブ仕事があったら優先的に入れてくれって頼もうかな」
「あ、俺も俺も」
「森井さんに言っても、融通利かなそうだしなあ。寺井君に頼んでみよっかな。あ、寺井君にそんな権限ないか」
A太の言葉に、俺は新年早々の電話のことを思い出す。
「あー、寺井君はしばらくモブの振り分け業務の担当はしないだろ」
「え? なんで?」
「いや、去年の年末からプロジェクトに入れられちまってるんだよ」
「プロジェクト?」
A太は目を丸くする。
「寺井君が? すごいじゃん。出世したの?」
「いや、それがさ……クレーム処理みたいなやつで」
「は?」
怪訝そうなA太に俺はこの前の寺井君との話を説明した。
「……架空依頼?」
A太は腕を組む。
「そんなこと、あり得るのか?」
「ちょっと信じられないよな」
俺は缶コーヒーを一口飲む。
「でも、作者さんがそんなことで嘘をついても、依頼の記録が残ってるんだからすぐに分かっちまうと思うしな」
「うちの会社だって、さすがにそんなすぐバレるような不正はしないだろ……」
と言いかけてA太は低く唸った。
「と、信じたいけどな、まあうちは、その、あれだ」
「零細企業だからな」
俺はA太の言葉を引き継ぐ。
「目先の小金に目がくらむこともないとは言えないよな」
「だけどそんなことしちまったら、会社の社会的信用がゼロになるからな」
A太はため息をつく。
「さすがにそこまでバカじゃないと信じたいぜ」
「ああ」
まあ、会社のことはどうでもいいんだ。俺が気になっているのはそこじゃなくて。
「でも、ショックっつうか意味が分かんなくて、もやもやしてるんだよ」
俺は飲み干した缶コーヒーを脇に置く。
「A太にも話したよな。俺が梨夏ちゃんと一緒に居酒屋に行ったりしたって」
「ああ。……そうか」
A太もそこに気付いた顔をした。
「それも全部、作者さんの物語じゃないってことなのか」
「でも確かに物語の中に入ってたんだよ」
自然、訴えるような口調になってしまう。
「俺が勝手に声掛けたわけじゃないんだ」
「そんなことは分かってるけどさ」
A太はコーラを一口飲んだ。
「でも確かに不自然な展開だなってのは自分でも思ってただろ? ヒロインの子が俺らみたいな一過性の粗暴系モブにそんなに絡んでくれるなんて、本来あり得ねえもんな」
「それは……まあな」
でも、と反論の言葉が口からこぼれる。
「でも不自然ではあったけど、物語を壊すようなことはしてないんだ。梨夏ちゃんはちゃんと彼氏とよりを戻したし、自分で言うのもなんだけど、展開としては悪くなかった。そういうのもありなのかなって」
「B介」
A太はため息交じりに俺の言葉を遮る。
「冷静に考えろよ。主人公カップルのよりを戻すような重要な役目を、名前もないモブにやらせるか?」




