やったぜ。何でも言ってみるもんだ。
年末年始は、休みはあっても遊ぶ金がないので、家でだらだらと過ごした。モブらしく正月は少し正月太りする。
仕事始めは一月四日。駅前で、一件。さ、今年もがんばろう。
……のはずが、家を出たところで連絡が来て、仕事がキャンセルになってしまった。そこまで展開が進まなかったんだって。
やっぱり作家さんたちも正月明け早々にエンジンはかからないんだろうな。
それは仕方ない。問題は、俺が今からどうするかだ。
せっかく着替えて家を出たんだから、またすぐ家に帰るのもなんか違うよな。
ぶっちゃけ、年末年始ずっといたもんだから、家は飽き飽きしてる。
……初詣にでも行くか。
取り立てて信心深いわけじゃないけど、初詣だけはちゃんと行かないと何となく収まりが悪い。そういう日本人は多いと思う。もちろん典型的な日本人モブである俺もそうだ。
三が日までは神社も混むだろうが、さすがに四日ともなればそろそろ空いてるはずだ。
別に何の縁も由来もないけど、毎年何となくそこでお参りしてる大きな神社に行くことにした。
駅までぶらぶら歩いているときに、ふと思いつく。
梨夏ちゃん、どうしてるだろう。そういえば、あけましておめでとうも言ってなかったな。
普通の会社なら、もう今日から仕事始まってるよな。そうは思ったものの、何となくダメもとで電話してみる。
……繋がった。
結構長いこと呼び出し音が続いたので、切ろうかと思ったら、そこで梨夏ちゃんが出た。
「もしもしっ」
声が元気に跳ねていた。
「あ、梨夏ちゃん?」
「さつきさん!」
「あけましておめでとう」
「おめでとうございます!」
梨夏ちゃんの声は嬉しそうだった。
「ごめん、仕事中?」
「いえ、うちは明日が仕事始めです」
「そうなんだ、ならよかった」
「さつきさんは? 今日からお仕事ですか?」
「その予定だったんだけど、今日の仕事キャンセルになっちゃってさ。仕方ないから、今から初詣にでも行こうかと思ってるんだけど」
「初詣ですか。いいですね」
梨夏ちゃんは屈託ない返答を返してくる。
ちょっとためらった後、思い切って切り出した。
「もしよかったら梨夏ちゃんも、どう?」
「え?」
驚いた声。
「あ、えっと」
梨夏ちゃんは少し口ごもった。もうそれだけで、俺は脈なしだと悟る。
やばい。誘うんじゃなかった。新年早々、ちょっと傷ついてしまった。
「あ、ごめん。やっぱり」
慌ててそう言いかけると、梨夏ちゃんは俺の声にかぶせるように言った。
「私、初詣じゃなくて、二度目詣でになっちゃうんですけど」
「へ?」
なんて?
「に、二度目詣で?」
初めて聞く言葉だった。そんな言葉あるの?
「はい。あの、初詣は元旦にヒロキと行っちゃったので」
梨夏ちゃんは言った。
「だから、もう初詣じゃないんです。それでもよければ」
「いいよ、当たり前じゃん。俺、神様じゃないんだから。梨夏ちゃんが何回神社行ったって気にするわけないでしょ」
小さくガッツポーズ。
俺は待ち合わせ場所を決めて電話を切った。
やったぜ。何でも言ってみるもんだ。
神社に向かう参道の前で、梨夏ちゃんと待ち合わせた。
「さつきさーん」
来た。梨夏ちゃん。白いふかふかのファーの付いたショートコートがめちゃくちゃ可愛い。
見てください、皆さん。僕があの子の待ち合わせ相手です。
周囲の男どもに勝手に優越感を抱きながら、俺はでれた顔で手を振り返す。
「おー、梨夏ちゃん」
小走りで駆け寄ってきた梨夏ちゃんは、俺の前まで来ると息を弾ませた。
「ごめんなさい、待たせちゃって」
「いいよ、俺が急に誘ったんだし」
女の子は出かけるまでに時間がかかるってことくらい、ヤカラモブの俺も知ってるんだぜ。ふふふ。
「あけましておめでとう」
俺は改めて言った。
「今年もよろしくね」
「あけましておめでとうございます」
梨夏ちゃんは笑顔で言った。
「今年は、さつきさんにご迷惑かけないようにがんばります」
「迷惑なんてかけられたことないよ」
「またぁ。そんなこと言って」
俺たちは並んで歩き出した。
彼氏と彼女みたい、と言えなくもないが。見る人が見れば分かる。恋人同士だったら、こんなにしっかりと距離を開けて歩かない。
俺と梨夏ちゃんとの間には、ちょうど老舗洋菓子店のマスコットの舌を出したお目々くりくりの少女とか全国チェーンの薬局のマスコットのオレンジ色のゾウさんとかがちょうどぴこりと入れるくらいのスペースが空いている。
まあ、これが俺と彼女との距離ということだ。初詣に行ったヒロキとだったら、このスペースがないっていうことなんだろうな。
そんな余計なことを頭の片隅で考えながら。
ヒロキと行ったのは別の神社だったそうで、梨夏ちゃんは参道にある店を楽しそうに覗きながら歩いた。
俺も自然と笑顔になる。可愛い子を連れてるから、というのももちろんあるけど、それだけじゃない。梨夏ちゃんの明るくて朗らかな性格が、俺の心も勝手に軽くしてくれるんだろうな。
神社の鳥居をくぐって、本殿でお参りをする。予想通り、ほとんど並ぶことなくお参りすることができた。
手を合わせて目を閉じ、願い事を心の中で呟く。
仕事がうまくいきますように。それから、隣のこの子が幸せでありますように。
目を開けると、梨夏ちゃんはまだ一生懸命何かをお願いしていた。やっと目を開けて、俺に見られていることに気付くと照れ笑いを浮かべる。
「私二度目なのに、さつきさんよりたくさんお願いしちゃいました」
「いくらでもお願いしていいと思うぜ、減るもんでもないし」
そう言いながら梨夏ちゃんを促して拝殿を下りる。
「貧乏性っていうか、来るたびにあれもこれもってお願いしちゃうんです」
梨夏ちゃんは苦笑いした。
「お賽銭は五円とかなんですけど」
「俺も俺も。五円入れた」
「ご縁がありますようにって言いますもんね」
「うん。きっとご縁があるぜ」
「えへへ」
俺が五円を入れたのは事実だが、別にご縁がどうとか考えてたわけじゃない。
梨夏ちゃんの前だし、奮発して百円くらい入れるかと思って財布を開けたら百円玉どころか五十円も十円も入ってなかったから、辛うじて入っていた五円を入れただけだ。
だって、千円札とか入れるわけにいかないもんね。
でもそれがいい感じに着地できてよかった。
「あ、おみくじ!」
梨夏ちゃんが急に嬉しそうに指差した。
「やりたいです」
「うん、やろうか」
千円崩さねえと。
最近はおみくじもほんとに色々あるよな。普通のおみくじから、子供用のおみくじ、恋愛運専門のおみくじにキャラクターもののおみくじ。神様も大変だぜ。
「どれにする? なんかデラックスおみくじとかあるけど」
何がデラックスなんだろう。
「あ、いえ」
梨夏ちゃんは財布から百円玉を二枚取り出す。
「私は普通のやつで」
「俺もそうするわ」
良かった、一番安いやつで。
『御利益抜群! デラックスおみくじ』は五百円もするもんな。それは俺の一食分なのよ。
バイトっぽい巫女さんにお金を払っておみくじを引く。
まあ、俺の場合は結果を見るまでもなく、開く前から分かってるんですけどね。
ほら、小吉。
「さつきさん、何でした?」
「小吉。俺、毎年そうなのよ」
「え、毎年ですか?」
梨夏ちゃんが目を丸くする。
「うん。小吉と、たまに末吉。それ以外は出たことないな」
なんせ、モブだからね。
「私は結構偏るんです。大吉だったり凶だったり。今年はっと……あ」
わくわくした顔でおみくじを開いた梨夏ちゃんの顔が曇った。
「……凶」
えぇー。俺、そんなの出たことないよー。
神社さんも正月は凶とか入れるなよー。いきなり新年早々凶とか出されたらさー。今年一年全部にケチ付けられた気分になるじゃん。
梨夏ちゃんの手元を覗き込むと、確かに『凶』。俺、初めて見たわ。
「学業、成就せず。商売、儲からず。健康、大病に気を付けよ。失せもの、出ず。待ち人、現れず……」
読み上げる梨夏ちゃんの声がだんだんしおれていく。
「梨夏ちゃん、そういうのは、ほら、あそこに括りつけるといいんだってよ」
俺はたくさんのおみくじが結ばれた柵を指差す。
「はい……」
しょんぼりとそちらに向かおうとする梨夏ちゃんに、俺は「ちなみに」と小声で付け加えた。
「俺なら、もう一回引く」
「え?」
梨夏ちゃんが目を丸くする。
「もう一回? い、いいんですか?」
「いい、いい。だってそうしないと梨夏ちゃん、これから一年間ずーっと、あー今年は凶なんだって思いながら過ごすでしょ? 学業は成就しないし商売は儲からないし、大病には気を付けなきゃならないし、失くしものは出てこないし、待ってる人も来ないんだーって思いながら」
「そこまではっきりと考えるかは分かりませんけど……はい、まあ」
素直に頷く梨夏ちゃん。
「だったら引いた方が、ずっといいよ。お金払えば引けるシステムにしてる時点で、何回引いたっていいんだよ。神様だってそんなちっちゃいこと言わないって」
「そ、そうでしょうか……」
それでも梨夏ちゃんは躊躇っている。
「不安なら、俺も一緒に引くけど。どうする?」
本当はさらに二百円払うのはちょっと厳しかったけど、俺はもう歩き出していた。
「さつきさんが行くなら」
決心したように、梨夏ちゃんも付いてきた。
「私も引きます!」
俺が二回目の小吉を広げていると、梨夏ちゃんが「さつきさん!」と弾んだ声を上げた。
「見てください、ほら!」
堂々と大書された、『大吉』の二文字。
「学業は成就するし、商売は儲かるし、病気にはならないし失くしものはすぐ見つかるし待ち人も来るそうです!」
「完璧な一年じゃん」
「はい!」
そうそう。
やっぱり梨夏ちゃんには笑顔が似合ってる。
おみくじなんて何回引いたって構わない。君の上に、いつでも幸運が降り注ぎますように。




