危ねえな。
「B介、この後どうすんだ」
店から出たところで、A太に肩を組まれた。
「ジュンさんたちとキャバクラ行こうかって話になってんだけど」
「ジュンさん、どこにいた? 俺会ってねえんだけど」
「普通にいたじゃねえか。ほんとに制服着てねえと区別つかねえんだな」
A太が呆れた顔をする。
「で、どうする? キャバクラ」
キャバクラかあ。行きてえなあ。だけどな……。
「行きてえのはやまやまだけど、入院明けでさすがに金がねえ。やめとくわ」
「そっか」
A太は残念そうな顔をした。
「いるか屋くらいなら奢れるけど、さすがに俺もキャバは奢れねえわ」
「いいって。楽しんで来いよ」
そう言った後で、俺はふと思い出す。
「そう言えばお前、さっき、終わり頃ちょっと揉めてたろ」
「ん? ああ、あいつか」
A太は、ふん、と鼻を鳴らす。
「妙にのぼせ上がって、おかしなこと言ってやがったからな。そりゃさすがに違うぜって言ったんだ。何年モブやってんだってな。あいつ、あんなに酒癖悪かったかな」
「あいつ、誰?」
「M山だろ、一年後輩の」
「悪い、覚えてねえ」
「まあ、当たり障りのないモブだからな」
A太の話によれば、M山はサラリーマンや大学生を中心に、比較的オールマイティにどんなモブでもこなす男らしい。癖が全くないので作者さんも使いやすいらしく、俺らなんかよりもよっぽど稼いでいるそうだ。
「なんか、気になること言ってたよな。あの人に認められたとかどうとか」
「あー、言ってたな」
A太はさして興味なさそうに頷いた。
「おかしなやつに余計なことを吹きこまれたんじゃねえのか。モブが物語を動かすとか何とか、そりゃもうモブじゃねえだろって」
「あのまま行ったら、闇堕ちしそうだったな」
「さすがにそこまでバカじゃねえだろ」
A太は俺の言葉をあっさりと否定した。俺と違って、そのあたり割とドライだ。
「そのM山っての、どこ行った?」
「知らね。帰ったんじゃねえのか」
そのとき、道の先から、
「おーい、A太。移動するぞ!」
と声を掛けられた。おっさんが手を振っているのが見える。あ。あの声は。
「ジュンさん、今年一年ありがとっしたー!」
俺がそう叫んで手を振ると、(多分)ジュンさんは「おー、B介かー」と大きく両手を振ってくれた。
「お前も二次会来いよー」
「すんません、金ないんで! 今日はこれで帰ります!」
「そっか、残念だな。一年お疲れ、良いお年をー」
「はい、ジュンさんも!」
そう言った後で、A太の肩を叩く。
「じゃあ、行くわ」
「おう」
A太も笑顔で頷く。
「また来年な」
「ああ」
そうやって、俺たちは別れた。
駅へと向かう道に、さっきの男がいた。
M山、だったか。
モブだけに全く特徴のない背中。紺色のジャケットも、本当に普通で街に馴染み過ぎている。それでも何でこいつがM山だって分かったかって言えば、歩きながら大声で電話していたからだ。
さっきA太とやり合ったときと同じ声だったから、すぐに分かった。
こいつも駅まで帰るつもりらしく、歩く方向が同じなので仕方なくその後ろをついていく。
大分酒が入ってるらしく、話してる内容が全部丸聞こえだった。かったりいなあ、と思いながらも、その内容がどうしても気になってしまう。
「バカばっかですよ、うちの会社のやつら。社員も派遣も全部バカ」
M山は憤懣やるかたないという感じでそんなことを言っていた。
「モブだからモブだからって、全然意識改革ができてないんですよ。物語の主役が時代に合わせて変わっていくように、モブだって変わっていかなきゃならないのに!」
誰と話してるんだろう。例の「あの人」だろうか。
「いつまで物語の奴隷みたいなつもりでいるんだって。ええ、そうなんですよ、あいつらは物語に積極的に関与することをビビってるんです。与えられた役割だけをこなそうと、常にびくびくしてるんです」
こいつの言ってることが穴だらけの暴論だっていうことは、こんな無学な俺にもすぐに分かった。
物語の主役は時代に合わせて変わる。それは、その通りだ。
だからモブも変わらなきゃならない。それも、その通りだ。
だけどそれは、たとえば時代に合わせて年齢や性別の構成を変えるとか、物語の展開を変えるとか、そういうことだ。主要人物とモブとの関係性を変えようってことじゃない。
モブはモブ、主要キャラは主要キャラだ。そこをはっきりさせないと、物語の軸がぼやける。
主要キャラを少人数にするか、群像劇みたいに多人数にするか。それは作者さん次第だけど、誰だかも分からないモブがいきなり前触れもなく重要な役割を担って、モブがいきなり主役を食う話。脇役じゃないぜ、モブが主役を食う話。それって相当に実験的な物語だと思うな。主流にはならないだろう。
モブだって変わらなきゃならない。
そういう聞き心地の良い言葉を、微妙にずらして使っている気がする。
危ねえな。
俺は思った。
このままほっといたら、こいつは闇堕ちしちまう気がする。
もちろんA太と同じで、知ったこっちゃねえって話ではあるんだけどさ。それでも、一応は同じ会社に籍を置く身だからな。
あとで、森井さんにでも話しとくか。さっきの席で森井さんも聞いてたかもしれねえけど、俺からも一応言っておくか。
そう考えたとき、M山がひょいっと脇道に逸れた。そっちには地下鉄への階段がある。どうやら望まない尾行はここでおしまいらしい。
「そうですよね、やっぱりそう思いますよね」
M山はまだバカみたいにデカい声で喋っていた。階段を下りていくM山の背中を一瞥して、まっすぐ駅へ向かおうとしたときだった。
M山の最後の声が俺の耳に届いた。
「ほんと、ヒロキさんの言う通りですよ!」
え。今、何て?
振り返ったときには、もうM山の姿は地下に消えていた。




