そうじゃなかったら、説明がつかねえんだから。
「スターシステム?」
聞き慣れない言葉だ。俺は眉を寄せてA太を見た。
「何だ、それ」
「知らねえのか、スターシステム」
A太は焼き鳥の串をがじりと噛み千切る。
この店の焼き鳥はたまにゴムみたいなのが混ざっている。
もしかしたら本当にゴムなのかもしれない。
「まあ小説じゃなくてマンガのほうで聞く言葉だからな。一人の作者さんが色んな作品を書くんだけど、そこに出てる登場人物が、実は名前が違うだけで各作品共通なんだよ」
ん?
「えーと、つまり」
俺は川エビの唐揚げを口に放り込む。
「全部の世界が裏で繋がってるってことか」
「いや、そうじゃなくて」
A太はまだ口をもごもごさせながら首をひねる。
「物語はそれぞれ学園ものだったりファンタジーだったりSFだったり、ジャンルも世界観も設定も全部ばらばらなんだけどさ。でも、よく似たタイプっているだろ? たとえば、学園もののクールな委員長キャラとSFもののクールな参謀キャラが、見た目といい口調といいよく似てるな、みたいな」
「まあ、作者さんが同じ人だからな」
俺は頷く。
「同じタイプなら、多少なりとも似てはくるよな」
「そう。普通は、似てるキャラだね、で終わりなんだが、それが単なる他人の空似じゃなくて、実はその二人を演じているのは同じキャラだっていうのがスターシステムだ」
「んー?」
「俳優が色んなドラマの登場人物を演じてるみたいに、スターシステムのキャラクターも、各世界のキャラを同じ人物が演じてるんだよ」
「うーん……」
よく分かんねえな。俺はハイボールを一口飲む。
ああ、喉の雑菌が悲鳴を上げている。
やっぱりこの店のハイボールって消毒液のソーダ割だと思うんだけど。
「色んな物語の登場人物が実は同じって、それ俺たちモブのことじゃねえの。だって俺たち、毎日色んな物語に全然別の人間として出演してるじゃん」
「まあ、そう言われるとそうだな」
「俺らもスターシステムなの?」
「そもそもスターじゃないだろ、俺たちは」
「そ、そりゃそうだけどよ」
A太はまだ口をもごもご動かしている。
鶏肉くらい、さっさと噛みきれ。生でマンモスの肉とかを食ってた遠い祖先の記憶を呼び起こせ。
「強いて言うならエキストラシステムって感じか、俺たちの場合は」
「うーん」
A太の言葉を、自分なりにまとめてみる。
「じゃあ、そのスターシステムとやらの作品だと、同じ人間が演者として同じ作者のいろんな物語に出てるってことなのか」
「いやあ、作者さんの認識ではそうなんだけどさ」
A太の言葉は何となく歯切れが悪い。
「物語世界としては、クローンっていうか、奇跡レベルの他人の空似っていうか、まあそんなふうに処理されるらしいけどな」
「ふうん」
俺は椅子の背もたれから身体をずらして、油臭い壁に寄りかかる。
「つまり、俺が出会ったヒロキは」
俺がナンパモブの仕事中に、ヒロキにボコられてから二日後。
あのときのことがどうしても飲み込めなくて、仕事終わりにA太を誘っていきつけのいるか屋にやって来ていた。
「ヒロキにそっくりな別の人間だってことか」
「その作者さんがスターシステムのつもりで書いてるんならな」
A太は言う。
まだもごもごしている。もういい、喉に詰まってもいいから飲み込め。
「同じ人間のつもりで書けば、当然、イメージもそっくりになるだろ。ましてや同じ現代恋愛ものだったら」
「まあ、そうか」
つまり、あの冷たい目で俺をぼこぼこにしたヒロキは、梨夏ちゃんの彼氏のヒロキ君とは瓜二つの別人ということか。
「そういうことなのかねぇ」
「そうとしか考えられないだろ」
A太は言った。喉仏がごくんと動く。あ、やっと飲み込んだ。
「そうじゃなかったら、説明がつかねえんだから」
「うーん」
俺は腕を組む。
「確かになあ」
スターシステムか。そんなシステムがあるなんて知らなかったな。
A太はモブ研修で習ったとか言ってるけど、俺の記憶にはない。
アイビーと朝まで飲んだ次の日の研修とかでやってたのかもしれねえな。俺、ずっと寝てたからなあ。
「それはそうと、もうすぐ年末だろ」
A太が話を変える。焼き鳥を片付けたら次の話に移りたくなったようだ。
「モブ忘年会、出るだろ?」
「ああ。あれは行っとかねえとなあ」
俺は頷いてハイボールを飲む。
「貴重な機会だからな」
俺たちナンパモブは、ほかのモブと絡むことが滅多にない。
何故かと言えば、それはやはり俺たちが「転」のモブだから、というのが大きいんじゃないかと思う。
ナンパする場所って、学校や職場みたいなその物語のメインになる舞台じゃなくて、そこから離れた、ヒロインにとってはちょっとアウェイな場所のことが多い。
ヒロインの何となく不安な気持ちが実体を持ったかのように現れる、いやらしい男の欲望の象徴みたいなナンパ野郎。
アウェイだからこそヒロインも強く断り切れずに、おろおろしているうちに無理やり押し切られそうになって、そこでヒーローの出番、ということになる。
他のモブたちは当然、物語のメイン舞台である学校やら職場やらにいるから、同じ物語に出ていたとしても俺たちと顔を合わせることはないというわけだ。
だから一年に一度、株式会社モビーで働くモブたちが一堂に会する忘年会は、貴重な情報収集の場というわけだ。
かの有名な盗賊モブのゾークさんが作者さんから名前を授かった話も、何年か前の忘年会で聞いたものだ。
「今年ももうそんな季節かー」
思えば、今年はいろいろあった。
悪いことの方が多かったかもしれないな。
あんまり金がないのはいつも通りだが、骨折もしたし、昔なじみの仕事仲間の闇堕ちもあった。
だけど。
俺の脳裏に浮かぶのは、やはりあの子の顔だ。
梨夏ちゃん。
初めて、俺に名前を付けてくれた女の子。
あの子と出会うことができた。
俺のモブ生活に、全く新しい光を当ててくれた。
「俺らだけで話してても、結局おんなじような考えしか浮かばねえからな」
A太はそう言って、俺を見てにやりと笑う。
「色んなモブの話を聞いたら、何か得るもんがあるかもよ?」
「そうだな」
久しぶりに会う連中の顔が頭に浮かぶが、どれもぼんやりとおぼろげだ。
さすがはモブ。どいつもこいつも特徴のない顔をしてるせいで、一年も経つとすっかり記憶から抜け落ちてやがる。
「久しぶりだからな。制服着てねえジュンさんとか、俺絶対スルーする自信があるわ」
「ははは」
A太は笑う。
「異世界系のモブの人なんか、ほとんど分かんねえからな。ちゃんと向こうの格好で来てくれねえと」
「C級冒険者のチャーリーさんにジーパンとか履かれてもなー」
ああ。そんなこと言ってるうちに、やっぱりみんなと会いたくなったな。
安い居酒屋の座敷で、特徴のない顔したモブ顔が並んで座って、ああだこうだといつまでも語り合い、笑い合う。
昔はそこに、アイビーもいた。
それを思い出すと、安い酒がまた少し苦く感じた。
「すんません。こっち、いるかさんサワー」
「げ。お前、いるかさんサワー飲むの?」
「おう」
感傷を振り切るために、今日はちゃんと酔っ払うことにした。




