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カモメが飛ぶ日  作者: Tohna
苦闘の始まり
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第45話 遺産と亀裂

 日向が成田からミュンヘンへと飛び立って三日が過ぎた。(あるじ)を失った幕張ガビアータ本部は、静まり返っている。


 そんな中、山際は、差出人不明の封書を受け取った。


 訝しげに少し膨らんでいる封書を開けてみた。


 レターと、USBメモリスティックが入っていた。


 レターには殴り書きでこう記されていた。


『山際さん、これは僕からの退職金です。適切に『運用』してください』


(なんだこれ?日向さんからか?)


 山際が震える手でメモリをパソコンに差し込むと、そこには日向の解析ソフト『LEMON』が算出した、膨大な移籍市場のデータが展開された。


 そして、画面の中央に、一人の少年のプロファイルが大きく表示されていた。


『奈良崎蒼汰。所属:横浜クルセイダーズ。特記事項:現時点でJSL最高クラスの潜在能力。獲得形態:期限付き移籍レンタル


 山際は息を呑んだ。奈良崎蒼汰といえば、横浜の元監督である前島が「底知れないポテンシャル」と絶賛し、後を継いだ保阪が高校生ながらトップ昇格をさせた逸材だ。


 しかし、横浜の新GMとなった園田の下では、ダ=シウバといった大物の陰に隠れ、ベンチを温める日々を強いられていた。

 代行監督の高橋も、かつてガビアータの下部組織を率いていた時に卯月(きさらぎ)優吾を『使い方がわからない』と言って干していたと同様、ゲームで使うことはほぼなかった。


「日向さん……。あんた、自分が消える直前に、横浜の『宝』を掠め取る算段をつけていたのか」


 だが、そのプロファイルの下には、残酷な「交換条件」が記されていた。


 奈良崎を無償レンタルで獲得する代わりに、ガビアータはある主力選手を放出するという合意が、既に内諾済みとなっていたのだ。


 三日後の練習場。


 丁度移籍期間が閉まったこの日、重苦しい空気が漂うピッチに、見慣れない、しかし射抜くような鋭い眼光を持った少年が現れた。


「……横浜クルセイダーズから来ました、奈良崎蒼汰です。日向GMから、僕の居場所はここにあると言われました」


 ぶっきらぼうに挨拶する奈良崎の姿に、キャプテンの鈴木や尹龍玄が目を見開く。


「あのアカデミーの怪物か! クルセーダーズは本当に出したのか?」


 しかし、同時に発表された「放出」のニュースが、チームにさらなる激震をもたらした。


「……坂上が、移籍?」


 キャプテンの鈴木が絶句した。


 中盤の要として、須賀川監督の「アンタッチャブル・ビルドアップ」を支えてきた坂上が、奈良崎の獲得と引き換えに、中盤の層が薄くなっていた横浜へ完全移籍するというのだ。


「ふざけるな! 坂上はウチの心臓だぞ!」


 中野朝道が、須賀川監督に詰め寄った。


「日向さんは何を考えてるんだ! 自分の栄転のついでに、チームをバラバラにするつもりかよ!」


 選手たちの間には、期待の新星への興味よりも、長年苦楽を共にしてきた仲間を「駒」のように扱った日向への憎悪が燃え上がった。坂上自身も、突然の通告に戸惑いながら、寂しげな表情で荷物をまとめていた。


「スカさん、あんたも知ってたのか?」


 中野の問いに、須賀川は腕を組んだまま、静かに首を振った。


「……いや。だが、日向さんは言っていた。『未来を買うには、痛みを伴う代償が必要だ』とな」


 日向は、自分が「裏切り者」として去ることで、チームに「怒り」という名の団結を強いるだけでなく、戦術的に行き詰まる前に、あえて血を入れ替えるという劇薬を処方していたのだが、感情に走る中野には分かるべくもない。


「あいつ、マジでクソ野郎だな」


 自家用車で去ってゆく坂上を見送りながら、中野が吐き捨てた。


「……でも、この痛みを無駄にしたら、それこそアイツの思う壺だ。奈良崎! お前、坂上の代わりになれるんだろうな?」


 睨みつける中野に対し、奈良崎は一歩も引かずに応えた。


「……代わりじゃありませんよ。僕は、坂上さん以上のものを見せに来ました」


 日向への憎しみと、新戦力への反発。ガビアータの内部はかつてないほど揺れていたが、その歪なエネルギーは、図らずもリーグ終盤へと向かう凄まじい推進力へと変わり始めていた。


日向のBVミュンヘン電撃移籍と、それと引き換えに行われた坂上の放出、さらには横浜から「借り物」の新人・奈良崎を連れてくるという不可解なトレードに対し、ネット上とカモメボーイズの間には猛烈な逆風が吹き荒れた。


 SNSでは、「#日向を許すな」「#結局金かよ」といったタグがトレンド入りした。


「データとか言ってたけど、結局自分の市場価値を上げるための踏み台だったんだな」


「オレたちや選手たちの信頼を何だと思ってるんだ」

 といった怒りの投稿が数千件規模で拡散されていた。


カモメボーイズの代表・木下祐誠は、行きつけの喫茶店「Monami」でいつかのようにスポーツ紙をテーブルに叩きつけた。


 かつて日向と「対話」し、チームのビジョンを信じようとした自分たちへの裏切りに対し、木下は拳を震わせます。


「坂上を出すなんて、チームの心臓を抜き取るようなもんだ。奈良崎がどれだけ凄かろうが、あいつは横浜の人間だろ」

 と吐き捨てた。


「裏切られたのは俺たちだけじゃない、選手たちもだ」

 と、サポーターたちの間ではフロント、特に日向個人への憎悪が頂点に達した。

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