第40話 共鳴のブロードキャスト
午後八時。海浜幕張のオフィスの一角に設けられた即席の「スタジオ」は、独特の緊張感に包まれていた。
町島のデスクの上には、会社ののノートパソコンと、日向がどこからか調達してきた高性能のコンデンサーマイク、そして左右を照らす丸いリングライトが鎮座している。
「本当にやるのかよ、これ」
パイプ椅子に腰掛けた中野朝道が、居心地悪そうに首のあたりを掻いた。
練習着の上に羽織ったガビアータのパーカーが、リングライトに照らされて黄土色に光る。
「中野さん、もう『通知』は出しました。リスナーはすでに三百人を超えています」
町島がタブレットの画面を見せると、中野は小さく唸った。
画面上では、おなじみの青い鳥が跳ね、コメント欄が滝のように流れ始めている。
『きたああああ!』
『ガビアータ公式ツイキャスとか胸熱』
『中野朝道ガチ参戦かよw』
『トモ、センターバックになってから顔つき変わったよね』
町島が合図を送り、日向が「配信開始」のボタンを静かにクリックした。
「こんばんは。ガビアータ幕張の町島です。カワアリでの試合イベントを担当させてもらってまーす!さあ、本日は記念すべき第一回配信、『幕張の風に訊け』にお越しいただきありがとうございます。本日のゲストは、今や新生ディフェンスラインの要、中野朝道選手です」
カメラに向かって町島が頭を下げると、中野もぎこちなく頭を下げた。
「……あ、どうも。中野です。よろしくお願いします」
コメント欄の速度がさらに上がる。最初こそ好意的な反応が目立ったが、中には「カモメボーイズ」の過激派と思われるリスナーからの厳しい声も混じり始めた。
『ぶっちゃけ、連敗してるけど、今何考えてたの?』
『サカやろの片手間にプロやってんじゃねーよ』
ネガティブな書き込みに町島が一瞬言葉に詰まったが、中野はマイクの方に少し身を乗り出した。
その目は、かつてサイドバックとして走っていた頃の焦燥感ではなく、須賀川監督にデータを示されたあの日以来の、静かな覚悟が宿っているように見えた。
「えっと、厳しいコメントもありがとうございます。全部見てますよ。……最初、正直、自分も日向さんやスカさん(須賀川監督)が何考えてるか分かんなくて、腐りかけたこともありました。でも、数字突き付けられて、センターバックにコンバートされて、景色が変わったんです」
中野は少し言葉を選び、続けた。
「これまで1勝3分5敗なんで、ちょっとイメージとは違う9節までの結果だけど、オレたちは意外とこれからいけるって思ってる」
5連敗は抜け出せたが、その後ドローが3試合連続続いていていた。
「それにボーイズの皆さんさんから、生活を犠牲にして応援してるって言われた時、胸が痛かったです。俺たちはただのサッカー選手だけど、誰かの生活の理由になってるんだって。今の俺は、ハイボールの競り合い一つで、応援してくれる人の明日を変えたい。トラウマだった頬の骨折だって、今はもう怖くないっすよ」
画面上の「ハート」が爆発するように連打された。コメント欄には『トモ……』『泣ける』『信じてるぞ』といった言葉が並び始める。
そこへ、一つの「お茶爆」と共にメッセージが投げ込まれた。
『カモメ祐誠:本気なんだな? だったら次のホーム、全力で声出すぞ』
木下からの言葉だ。中野は少しだけ照れくさそうに、しかし力強く頷いた。
「祐誠さん、見てくれてるんですか。いつも本気でチャント歌ってくれてありがとうっす!……こっちも本気じゃなきゃ、わざわざポジション変えてまでこの歳で挑戦しませんよ。カワアリで待ってます」
木下祐誠は自分が中野から認知されている事に驚いた。
(うそだろ?)
しかし、満更でもなかった。
配信時間は予定を大幅に過ぎ、視聴者数は千五百人を超えていた。
町島は、リスナーが単に情報を求めているのではなく、選手という「人間」の熱に触れたがっていたのだと確信した。
配信を終え、日向がマイクの電源を切る。スタジオに静寂が戻った。
「中野選手、最高でした。リスナーの反応、これまでの広報活動の何倍も手応えがありましたよ」
町島が興奮気味に言うと、中野は椅子から立ち上がり、軽く肩を回した。
「疲れるな、これ。試合より緊張したよ。……でも、悪くなかった」
中野が部屋を出ていくのを見送り、日向はパソコンの画面を閉じた。その口角は、わずかに上がっている。
「マッチー、これが『対話』の力だよ。さあ、次は横浜の園田さんが、この空気をどう壊そうとしてくるか……。対策を練らないとね」
そう、次節10節西宮の次は、因縁とも言える横浜クルセーダーズとのマッチアップだ。
新しいガビアータの鼓動は、デジタルな電波に乗って、確実に幕張の街へと広がっていた




