解体工場
アーレ=ケインクルス将軍の戦死。
北部三万の壊滅。
それを知ることになったエルスレン神聖帝国軍の士気は大いに崩れた。
突破を成功させたケインクルス軍に合わせ、果敢に城壁を攻めていた兵士達に見えたのは夜闇に輝く青い光柱、爆音。
得体の知れない何かが城壁の中に誘い込んだ兵士を消失させたことは確かであった。
兵士達は自らの死に意味があると知ればこそ、崇高な使命に命を差し出す。
だが、ウルフェネイト城壁の攻略を果たした勇者達が、呆気なく消えるのを目にしたのだ。
――仮に城壁を突破しても、同じように得体の知れない何かで死ぬのかも知れない。
そうした不安が芽生えてはもはや、士気など保てるはずもない。
帝国軍総指揮官、バズラー=ルーカザーンはその事実を知るとすぐさま夜襲を中断した。
未知の新兵器を敵が有していることは明らかであり、このまま仮に押し切れたとしても同じ轍を踏むことになる可能性は大いにあった。
今は情報収集に努めるべきである――それは指揮官としては当然の選択。
彼はその混乱にあっても焦ることはせず、冷静さを保っていた。
正当な判断と言えるだろう。
ただ結果論的な正答は、そのままの押し切りであった。
区画に入り込んだ二万を崩壊させるほどの一斉爆破。
ウルフェネイトに運びこまれたバゥムジェ=イラは大量消費されており、もう一度同じ規模の爆発を起こすことは不可能であった。
帝国軍はこれに構わず、情報を封鎖し昼夜問わずの攻城を続けヴェルライヒ軍を疲弊させるべきであり、そうすればウルフェネイト陥落もあり得ぬ話ではなかった――後に残された記録を眺めた戦史家はそう語る。
数的不利にある防衛側の疲労は格段に大きい。
昼夜問わずの攻撃――この時ウルフェネイトは昼夜のグループに分割して防御に当たった。
当然体力は消耗する一方で、いかに精強なるアルベランの兵士とは言え続くほどに疲労は無視出来なくなる。
休んでいる間にも突破の不安が頭をよぎればそうそう休めるものではない。
数的有利を活かした強引な突破――バズラー=ルーカザーンの決定は正しく、この状況が三、四日続けばウルフェネイト軍の疲労による瓦解も狙えただろう。
だが、バズラー=ルーカザーンの決断は疲労したウルフェネイト軍に疲労を回復させる時間を与え、そして自らの兵士達に不安を醸造させる時間を与えてしまった。
結果論で言うならば誤断と言わざるを得ない。
――翌日の夕方、ルーカザーン本陣正面中央。
「……厳しいな」
兵卒からの叩き上げ――老大隊長ティット=カルクは白の混じった髭を弄び、隻眼を細めてぼやく。
城壁を眺め、声を張り上げながらも厳しい戦いだと感じ始めていた。
前方、ウルフェネイト東壁は堅牢で、約三十尺の高さ。
そこから絶え間なく降る矢を眺め、兵士達の顔色を眺めた。
誰もが戦意ではなく、恐怖でその目を濁らせている。
死刑台に送られる囚人の目だった。
総指揮官バズラー=ルーカザーンの夜襲中断指示。
その選択はあのタイミングでは正しいと感じ、しかし今となっては間違いであったと思っていた。
情報は封鎖していたが、北壁の突破、制圧はこちらにも伝わっている。
情報を遮断しきることなどは出来ず、青い光柱から間を置かずの夜襲中断。
兵士達にも容易に想像が出来ただろう。
北区画を制圧したはずの軍はあの青い光柱で壊滅したのだと。
ただでさえ勇気の必要となる城壁攻め――兵士達の心中を思うと何も言えなくなりそうだった。
前方では梯子に手を掛ける兵士達の姿。
昔、自分も同じように梯子を登ったことを思い出す。
それでも、これほどの高さではなかった。
三十尺の高さの城壁に対し、不安定な軋む梯子。
班ごとに先頭は大盾を頭上に掲げ、矢を受けながら上を目指す。
矢だけではない。
岩が落とされることもあれば、あるいは煮えたぎった油が。槍で突かれることも、味方の投石機で死ぬこともある。
梯子を登るために必要なものは実力ではない。単純に運であった。
自分の所に油が撒かれないように祈るだけ。
賭け事にしてはあまりにハイリスクで、正気で出来る者などいない。
ティットも当時の班長から渡された酒を煽って、小便を漏らしそうになりながら大盾を掲げて梯子を登った。
豪傑で有名だった猛者が全身に火傷を負い、惨めに死んだ姿を見た。
剣達者で有名だった老練百人隊長が、落とされた岩で無惨に墜落死するのを見た。
当時何の力もなかった平凡なティットが、偶然城壁の上に出た。
運良くそこで百人隊長を殺し、結果として城壁を制圧。
一段飛ばしで兵長となった。
百人隊一の勇者だと周りの人間から称賛された。
当時の将軍からも直々に褒美を賜り、小さいながらも家まで買えた。
だが、ティットが勇敢だった訳ではない。
勇敢な者が狙われて殺されたから、偶然ティットが登れただけだ。
怖さのあまり突っ込んで押し倒したのが敵の百人隊長であっただけだ
梯子など使わず城壁を越えるような貴族――超人ではなかったし、勇敢な心を持っていた訳でも実力があった訳でもなかったのだ。
その経験からこれまで、自分の部下を博打の『賭け金』にしないことだけを考えた。
だが、この攻城戦ではそれも不可能だろう。
夕暮れ――夜を前に梯子を登るのはティットの大隊。
昔の自分のような、我が子のような兵士達を眺めて拳を握る。
この場のティットに許されるのは、登れ、あるいは死んで誰かを登らせろという命令だけ。
「……大隊長」
肩を叩かれ振り返る。長年共に戦ってきた副官であった。
「どうした? リューガ」
「あなたのことです、ご自身も行く気でしょう。……ならばお供を。私が先に斬り込みます」
年の頃はそう変わらない。
しかし顔には少し皺が寄った程度。
ティットよりも随分と若く見えるのは、下流貴族出身の魔力保有者故。
平民あがりの一代貴族、ティットに対しても嫌がらず常に敬意を向けてくれた男で、戦友であり親友であった。
まだまだ上を目指せるだろうに、今もティットの下に付いていた。
「……お前には妻子を任せたい」
「私の倅も大きくなった。いざとなればそのようにと伝えてありますよ」
副官リューガ=ワールズは男らしく笑い、城壁を眺め。
「戦果を挙げるには良い機会、死に場所としても良いでしょう。……どちらにせよ、あなたと一緒だ」
そしてティットに拳を突き出した。
ティットはしばらくそれを眺め、考え込み。
「……馬鹿な奴だ。昔から」
最後には苦笑して拳を突き合わせた。
少しして、伝令の馬がこちらに。
第二大隊の攻撃準備を、と軍団長からの指示が下される。
リューガは声を張り上げ指示を飛ばすと同時、最後に突撃する第一百人隊に二人が同行する旨を兵士達に伝えた。
戦果と死地を共にしようとティットが叫び、兵士達は恐怖を堪えながらそれに呼応するように叫ぶ。
ただ、運が良いのか悪いのか――
「……あれは」
――覚悟を決めた彼等の正面、東壁の上。
目映い西日に現れたのは黒き旗の三日月髑髏。
黒塗り鎧の兵士が旗を掲げ、遠目にも巨大な翠虎が現れ。
そしてその上に座るは銀の髪のアルベリネアであった。
側の兵士は火矢を彼女に手渡し。
夕暮れと藍に染まる空――少女はそれを空へと放つ。
空高く、煌めく一筋。
それを合図に、空へ無数の影が現れる。
「っ、投石だ! 気を付けろ!!」
城壁上に設置された投石機だけではない。
城壁の向こう側からもあった。
相当数――北部の軍から鹵獲したものだろう。
アルベリネアとグランメルド=ヴァーカスの夜襲により、外の投石機が鹵獲されたことは伝わっていた。
しかし、何故今なのか。
西日の逆光――影の威圧感を狙ったものか、単なる試射か。
「……妙だ」
前方にあった兵士達にそれらは降り注ぎ、悲鳴が上がる。
当然の悲鳴――であったがあまりにも大きい。
そして狙いも適当であった。
単なる嫌がらせ以上の効力もなく、弾に適当な瓦礫を使っているのか。
飛来する無数の何かは不揃いで、しかしすぐにそうではないと気が付いた。
「っ……」
近場に落ちてきた一つの所へ馬を走らせ、ようやく全てを理解する。
飛んで来たのは人間の頭部であった。
地面に叩き着けられ、潰れ、あるいは弾け。
かと思えば切断された手足が、胴体が。
逆光で眩んでいた目も、太陽が城壁に隠れるほどはっきりと。
地面に飛び散っているのは、かつて兵士であった人間の死体であった。
――恐らくは北部軍の。
城壁上からは樽に詰められた死体が設置式の投石機から放り投げられ、地面に落ちては砕けて弾け。
中身はどす黒い血と肉塊。
その向こうからは放り投げられるのは細切れになった死体であった。
後ろを追って来た副官リューガは思わず手で口元を押さえる。
ティットも絶句していた。
彼等がそうする間にも、大地の上に夥しい死体の破片が散乱していく。
「……人の、所業ではない」
言葉は零れて、城壁の上に目を。
三日月髑髏の黒き旗。影絵のような翠虎と銀の髪。
距離もある。逆光だった。
けれど不思議とその紫の瞳だけが、どこまでも冷ややかに輝いて見えた。
命懸けで戦った兵士達に、何の名誉も慈悲も与えることなく。
このような戦術が取られたこともあったと聞く。
しかしそれは古き時代の話で、大抵は使者や指揮官の首だ。
これだけの数、戦士達の亡骸を冒涜した者はこの世に存在しないだろう。
投石機の音は鳴り止むことなく、降り注ぐ死体の雨が止むこともなく。
背後を見る、兵士達は顔を青ざめさせていた。
前方を見る、梯子に登らざるを得ない兵士を除いて、皆が後ろを振り返り怯えていた。
彼等とこちらの間には、散乱する死体という隔たりが生まれていた。
「何事だ! 何をしている!」
馬すらを置いて、大隊の兵列を飛び出してきたのは巨躯。
エルスレン神聖帝国大公、バズラー=ルーカザーンであった。
「か、閣下……」
ティットはなんと声を掛けるべきか迷い、死体を手で示す。
バズラーはそれを眺め、眉間に深く皺を刻む。
その端正で優美な鎧とは裏腹に、バズラーの顔は憤怒で染まっていた。
「小娘が、下らぬ真似を……! 槍をよこせ!」
そして兵士の一人から槍を奪い取る。
構え、踏み込み――並ならぬ剛腕を振るわせながら、半里の距離から槍を放つ。
城攻弓にも匹敵しうる轟音を奏で、放たれた槍は驚くほど正確に城壁上、アルベリネアに向かっていった。
ティットやリューガ、見ていた兵士達すら驚愕を覚える一投。
バズラー=ルーカザーンは神聖帝国大公の名に相応しく、確かに人を超えた武人であった。
だが、単なる超人風情がアルベリネアに敵うはずもなく。
彼女が軽く弾いたのは弓の弦。
目にも止まらぬ速さで放たれた槍を正確に射弾き、勢いを殺し。
弾かれて回転する槍の柄を容易く掴んで肩に担いだ。
そして矢筒と弓を側の兵士に預けると、翠虎から飛び降り、城壁の下へ。
梯子に登る兵士に構わず槍を逆手に壕を飛び越え。
「ッ――閣下!」
空間を縮めるが如き瞬間的な加速。
彼女が走り始めた瞬間には、既に槍が眼前にまで飛来していた。
バズラーは咄嗟に上体を反らし、腰の剣を引き抜きざまに振るって槍の軌道を逸らす。
しかし弾いた剣すらが弾き飛ばされ、槍は背後の兵士数人を肉塊に。
咄嗟にティットは倒れ込んだバズラーの体を起こし、その場に現れた副将、リンカーラ=ウォーカルが叫ぶ。
「お下がりを閣下! 真っ向から戦ってはならぬ相手です!!」
「チィッ! くそったれめが……!」
バズラーは言いながらも、現れた副将に連れられるように再び兵士達の後ろへ。
二本目の槍を城壁の上から投げてもらっていたアルベリネアは、こちらに振り返ると困ったように首を傾げ、首を左右にきょろきょろと。
そして城壁側で指揮を執っていた大隊長目掛けてその投槍を叩きつけ、いとも容易く肉片に変えた。
大隊長など、本来であれば数百人の命を賭して奪うべき手柄首。
しかし彼女に取っては単に、槍を投げるに適当な相手であったからだろう。
道の小石を蹴り飛ばすように、どこまでも無造作だった。
それから城壁上で欠伸をしていた翠虎を手招きし、降りてきたその巨体の上に腰掛けるとただ一度の跳躍で城壁を飛び越え中へと消える。
城壁側に、彼女へ斬りかかろうとする兵士などいなかった。
まるで彼女をいないものか何かのように扱っていた。
敵の最上位指揮官――この戦で一番の手柄首が側にあるにも関わらず、彼女へ視線すらを向ける者がいなかったのは、それが死を意味するからだろう。
戦場という世界で、アルベリネアは明らかに浮いていた。
散歩でもするような気軽さで城壁の上と下を行き来するような存在を、槍の一投で指揮官を肉塊に変えるような化け物を、どうやって殺せというのか。
竜に挑むほどに愚かであった。
彼女が消えると、旗を掲げていた黒塗り鎧の兵士も消えていく。
そして、神聖帝国軍兵士の戦意も同様に。
熱狂は既に遠く、醒めていた。
東区画――広場側の屋根の上。
「んー、良い感じですね。捕虜の人達も大人しく作業に入ってくれるようになったみたいですし、流れも出来てきています」
クリシェは微笑を浮かべて『弾』の製造過程を眺めた。
北区画では死体の回収。
荷車で死体を北区画から東区画に運ばせ、肉片は樽に詰め、五体保っている死体も優先で樽。
少し大きな『塊』に関しては、東に持って来たあと『解体作業』。
北に展開していた敵の鹵獲品は移動式の投石機。
六十台ほどあったが、城壁に設置してあるようなものと比べて威力が弱く、あまり重いものは投げられないのだ。
そのため解体して手頃なサイズに変える必要があり、その辺りの調整と作業場を整えるのに少し手間取った。
作業に従事するのは基本的に5000人ほどの捕虜達。
監視役はグランメルドの軍団が担当し、当初は反抗的であった。
数度反抗が行われ鎮圧し、首謀者の軍団長を使った『クリシェのお手軽解体講座』を経た今ではすっかり従順に。
回収、集積、運搬、解体、投擲。
いずれの作業も滞りなく。
隣の男と足を縄で繋がれた解体人――それが地面に寝かされた死体に斧を振り下ろすのを眺めて、眉を顰めた。
「そこの人、駄目ですよ目を閉じたら。安全第一、死体を置いてくれる人や自分の手を真っ二つにしちゃうと大変です」
「は、はい……、ぅぇ、っ」
男は目を開き、自分で切断した死体の体を見て空の胃液を吐き出した。
中身など既にもう吐き出しきっている。
「んー、隣の人、交代してあげてください」
適当に指示を出しつつも満足げ。
唯一刃物を持つ解体人は二人一組。
足を繋げて逃走を防ぎつつ、疲れたらすぐに交代出来ると体調面にも考慮。
捕虜の労役としては薪割り程度のもので、元々体力ある兵士達。
処理に慣れてくればより安定を見せるだろうと一人頷く。
悪臭が少し不快であったが、それは仕方ないと諦めていた。
「もう、あれは食べちゃ駄目ですよ。餌は大好きな馬をあげますから」
興味深そうに分解される死体を眺めるぐるるんの背中をぺちぺちと叩き、その体に鼻を寄せてくんくんと匂いを嗅ぐ。
「んー、ぐるるんも後で綺麗にしないと臭いです。あわあわーって洗いますからね、逃げちゃ駄目ですよ」
理解しているのかいないのか、ぐるるんはぐるるぅ、と唸り、クリシェは良い子です、と微笑んだ。
そこだけを見れば実に微笑ましい光景――監視役となる兵士達もこれには笑顔、となる訳もない。
狂気に頭まで浸った、美しい少女の異常を怯えたように眺めていた。
アルベリネアは狂った忌み子。
そう噂されるのは当然だろう。彼女は根本的な部分で人とは異なった。
普段の彼女は礼儀正しく子供のようで、見た目通りの可憐な少女。
兵士達でもそれなりに多くの者が、そのことを知っていた。
翠虎の散歩でウルフェネイトのあちこちに顔を出していたからだ。
ただ、彼女はどんな状況でも変わらない。
大の大人が吐き気を催す凄惨な光景を目にしても、彼女は何一つ変わらない。
花でも摘んでみせるように微笑み、人間の手足を解体する。
死体の腹を切り開き、その内臓を見せびらかす。
可憐な笑みを浮かべて言うのだ。
『こんな風にお腹は腸が垂れて大変ですから、気を付けるように。基本的に切断するのは手足と首ですよ』
などと。
アルベリネアは人の心が分からない。
だから彼女は忌み子と呼ばれる存在なのだと、誰もがある面で正しく理解する。
「北ももう問題ないでしょう。大体流れが出来た、順調です」
巨漢――グランメルドがクリシェの側に現れ、眼下の光景を眺める。
貧民街に育ち、元々死体に動揺するような人生を送ってはいない。
それでも不快な光景には違いなく、呆れたようにクリシェを見る。
「しっかし、やることがえげつないですね。俺も顔負けだ」
「わんわんがそう言ってくれるなら安心です。敵の兵士はもっとそう思ってくれるでしょうし」
クリシェは微笑み答えた。
「戦後に疫病の原因にもなりかねないですし、死体はせめて風通しの良い外に出しておきたいです。士気低下も兼ねて一射二兎でしょうか」
「ですが、やはり……あまり好きではありませんな」
グランメルドに続いて、現れたのは禿頭眼鏡の男――第二軍団長サルダンだった。
敵は完全に戦意喪失、少なくとも今日の夜襲はないだろう。
彼が主に担当する東壁も、しばらくは落ち着く。
「聖霊協約には反しないとはいえ、あまりにむごい。この状況、こういうやり方を否定はしませんが……残酷な仕打ちは相手にもそれを許すということになりかねない。なるべくお使いにならないよう」
聖霊協約では適切な休息(日に最大でも十二刻)を取らせるならば捕虜の労役は認められており、そして死体の扱いに関して何か禁則がある訳ではない。
聖霊協約に基づく合意によって戦場の清掃が行われる場合もあったが、丁重に弔わなければならないなどという決まり事も存在しない。
死体は単なる死体。
つまるところ、捕虜に死体を処理解体させることは全くもって合法的な行為と言える。
抜け道、とも言えるが、クリシェに取っては同じこと。
法の不備を彼女は考慮などしない。
「んー、ハゲメガネの言うこともわからないではないですけれど」
ハゲメガネ、という呼称について、もはやサルダンは無視した。
「大丈夫ですよ。この戦が終われば十年くらいはどこも動けないでしょうし」
解体作業を行う兵士達を眺め、目を細めた。
紫色の瞳は、どこか無機質な輝きを放つ。
「十年もあれば、周りの国がアルベランに挑む気がなくなるくらいの態勢を、クリシェがちゃんと作れますから」
――こんな下らないことをしなくても。
言葉はどこまでも冷ややか。
聞いていた二人が僅かな寒気を覚えるほど、感情の見えない音色であった。





