3話 正直に話してくれて、ありがと
トマトソースを作るのには大変苦労した。
レシピ本がこちらにはないので、日本で作ったときの記憶を辿りながらどうにか完成させた。
伯爵家には卵も常備してあるので、これを使ってオムライス作りに取り掛かる。
「お、おはようございます奥様! あっ、料理なら私が作ります……!」
「おはよう、ルードさん。でもいいの。これは自分で作りたいから」
料理番の中年男性が起きてきたようだ。
まだ朝の七時なので、私が早すぎるだけかな。
フライパンでご飯をジュウジュウ炒め、ソースで味付けする。
この町ではパンだけじゃなく米も食べる人が多い。
元日本人にはありがたいよね。
「奥様、それはなにを作っていらっしゃるのですか?」
「オムライスよ。あとは卵を乗せて……完成!」
「おぉ……これはまた……初めてみる料理です」
「じゃあ、彼を起こしにいくわ」
私はアジュの部屋のドアをノックする。
返ってこないわね。
中に入って寝ている彼を起こす。
「起きてアジュ。美味しいご飯を作ったのよ!」
「う……ううん……まだ、はやいよぅ…………」
「でも今日は一緒に、公園に探検にいく約束じゃなかった?」
「あ、そうだ……!?」
寝ぼけ眼だったアジュは、跳び上がるように起きる。
探検、楽しみにしてくれてたのかな?
そして寝癖が爆発してて、とんでもなく可愛い……!
「今日は下で一緒に食べましょう。ちゃんと椅子に座って」
「えぇ……。ここでいいよ」
「いいから、いきましょう。オムライス作ったから」
「おむらいす? なにそれ?」
「トマトソースと絡めたライスをふわふわの卵で包んだものよ」
「なにそれ食べたい! ユミルさんが作ったの!?」
「そう。アジュに食べて欲しくて」
「食べてみたい! いくよっ」
アジュを部屋から連れ出すことに成功。
いや、むしろ彼が先導してる。
一緒にリビングに駆け込むと、数人いたメイドたちがザワつきだす。
「坊っちゃま……!?」
「ど、どうなされたのですか?」
彼女たちがこんなに驚くのは、アジュがリビングで朝食を取るのが半年ぶりだからだ。
ちゃんと椅子にも座ってくれて偉いねー。
私はオムライスを持ってきて彼の前に置く。
「わぁ……! こんなの初めてみたよ! 卵だよね?」
「そうよ。トマトソースで炒めたライスと組み合わせたの」
「た、食べてもいい?」
キラキラと純真な瞳で見つめられて、断れる人っているのかな?
私は微笑みながら、うなずいた。
アジュはワクワクした顔で一口食べて、目を見開く。
「なにこれ! 美味しい!! ユミルさんって作るのじょうずだねっ」
口にあったようで私も嬉しくなった。
使用人たちは一人の例外もなく驚愕している。こんなアジュの顔を見たのは始めて。表情が物語っていた。
「うそ……あれが坊っちゃまなの?」
「初めて見たわあんな顔──かわいい!」
わかる!
メイドたちの興奮はさておき、アジュのテーブルマナーが少し気になる。
まず、スプーンの持ち方が握り持ちだ。赤ちゃんに多いものね。
あとは肘をついたりとか。
でも今日はなにも指摘しない。
リビングにきて、ちゃんと座ってくれただけで満足かな。
食事を終えると私は自室の掃除をする。
「ねぇ、なんで自分で掃除するの?」
私についてきたアジュが首を傾げる。
「うちは貧乏でメイドもいないことが多かったのよ。自室は自分で掃除しないと気持ち悪くて」
「……僕はあんまり、掃除好きじゃないな」
「掃除好きな子供って、あんまりいないから大丈夫よ。今日は好きなことしてみたら?」
アジュは少し考えた後、急に上目遣いでこちらをチラチラと窺う。
めちゃ愛おしいけれど、一体どうしたのだろう?
「……魔法の練習でも、しようかなぁ」
あぁ、そういうこと?
「まぁ、偉いのね」
そう言って、試しに頭を撫でてみると、パァァと満開の笑顔が咲いた。
「うん、いってくる〜!」
廊下を駆け抜けていく背中を見ると、私もワクワクしてくる。
あの動きには、大人じゃ出せない躍動感がある。
やっぱり子供っていいよねぇ。
「奥様、掃除なら私たちが致しますよ」
入れ替わるようにやってきたのはヨルズだった。
「大丈夫よ。それより買い物に行きたいの。この辺のお店を教えてもらえると助かるのだけど」
「畏まりました。伯爵家と付き合いの深いお店をご紹介します」
「助かるわ…………ん?」
出ていったばかりのアジュが、なぜか廊下をトボトボと歩いてくる。
手を後ろに回して、暗い顔をしている。さっきとは別人みたいだ。
「魔法の練習は、もう終わったの?」
「……」
彼は黙ってうつむく。
よく見ると目が潤んでいて、いまにも泣き出しそうだ。
これはなにかあったと直感でわかるのだけど、内容までは予想できない。
なにかを察したヨルズが気を遣う。
「坊っちゃま、私は席を外しましょうか」
「……ううん。いいんだ。その、僕……これ」
後ろに手を回していた理由が判明する。
アジュは、壊れた杖を隠していたのだ。
見せてくれた杖は四本に分離していた。
「魔法を使ったら、こうなっちゃって」
耐久に限界がきていたのだろう。
むしろ、アジュの強い魔法によく持ち堪えた方だ。
「ごめん、なさぃ……」
消え細るような声で謝ると、アジュはじっとして私の反応を窺う。
私が少し動くと、ビクッと肩を跳ねさせる。
怒られると思っているのだろうか。
私はしゃがんで、分かれた杖の一つを取る。
「正直に教えてくれて、ありがとね」
「え? 怒らないの?」
「わざと壊したわけじゃないでしょう?
正しく使って壊れたときは、お礼を言いましょう。今までありがとうって」
私が杖を返すと、アジュは杖をしばらく見つめた。
「僕に魔法を使わせてくれて、ありがとう」
すごく気持ちのこもっているのが語調からも伝わってきた。
私は立ち上がると、ヨルズに告げる。
「三人で杖を買いにいきましょう。案内をお願い」
「それではグルーズ魔道具店に──いや、あそこには今……」
「どうかしたの?」
「い、いえ、なんでもありません」
どう考えてもなにかあるよね?
ヨルズの態度はなにか不味いことを思い出したかのようだった。
気にはなるけれど、アジュの杖を買いにいくのを優先させよう。
「楽しみだねっ、ユミルさん!」
少年の希望に満ちた目を曇らせるわけにはいかないしね。




