2話 やればできる子!
翌日、私はアジュのドアをノックする。
「今日から二週間、私が講師をするわね。まずは朝食よ。私はドアの前で食べるわね」
昨日と同じように、ドアの前に食事をとりつつ、部屋の中にいる彼に他愛もない話を振る。
返事はかえってこないけれど。
ただ彼が偉いのは一時間目の時間になると、ちゃんと庭にやってくるのだ。
私は杖の代わりに、布を丸めて作った即席ボールを出す。
「今日はこれで遊びましょう」
「……それ、なに?」
「お手製のボールよ。子供の頃、うちはこれで遊んでいたの」
「そんなので遊ぶの……?」
ぽかんとする彼に遊びのルールを説明する。
まずはドッジボール的なやつだ。
五分もプレイすると、私は心底驚かされた。
私は貧乏家ではあったが、実は魔法の才や身体能力には恵まれていた。
でもアジュの高い身体能力にはついていけない。
「次は蹴って遊ぶわ」
簡易ゴールを作ってサッカーの真似事をする。
遊びの中、アジュがいいプレイをする度、私は全力で褒めちぎる。
「すごいわアジュ!? いまのシュート、天才的よ!」
「……お、おおげさ……」
「全然おおげさじゃない! 私は感動したわ」
「……」
どう反応していいのかアジュは迷っている。
彼の地の底まで落ちた自尊心を回復させたい。
実際、シュートはすごかったしね。
翌日は、庭にいる生物の観察をする。
アジュはアリの行列を見つけ、報告してくる。
「アリがいた」
「観察しましょう。歩き方とか、どこに向かうのかとか」
巣穴に向かうアリの観察を終えると、次はバッタを発見した。
それも観察する。
「……ねえ、これになんの意味があるの?」
「アリもバッタも前に進むけれど、動き方が全然違うでしょ?」
「それは、そうだよ」
「人間も同じよ。人に合ったやり方があるから、誰かと無理に比べる必要はないの。自分は自分でいい」
双子の弟キールに対する強烈なコンプレックス。
アジュの中にはそれがある。
周りから比較され続けたことも原因だろう。
簡単に消えはしないが、別軸の考え方を提示したい。
「アジュはアジュでいい。そう、自分を信じることも大事よ」
アジュはわかったような、わからないような顔をしていた。
まぁ難しいよね、大人だって中々できないし。
翌日からは、ようやく魔法訓練に入る。
魔道具の杖を持ったアジュに、私は尋ねる。
「いつも、どんなイメージをしている?」
「炎が強く噴きだす感じ。ヨルズや色んな先生に言われてたし」
「普通はそうよね。でもあなたは逆にした方がいい」
「……なんで?」
「魔力が強すぎるし、魔法にいいイメージもないでしょ?」
彼は答えず、杖を何度も逆の手に持ちかえた。
長く触れていたくないかのように。
……そっか。
魔道具そのものが、すでに嫌いなんだ。
だから無意識レベルで力んでしまう。
「アジュは大好きな人の頭や肩に触れる時、どうする?」
「え? 優しくなでたり、そっとさわったり?」
「そんな優しい気持ちで魔力を込めてみて」
アジュは戸惑いながらも腕を伸ばす。
杖は……やっぱり弾き飛ぶ。
でも今までとは違った。
弾かれる力が明らかに弱かった。
「アジュ、ものすごく良かった。杖があまり飛ばなかったでしょう? 魔道具が以前より、あなたを受け入れているからよ」
「僕を、受け入れてる……?」
「魔道具は友達よ。あなたの敵じゃなくて、友達」
「も、もう一回やってみる」
そこからアジュは何度も練習した。
杖が飛ぶ距離はほんの少しずつ、短くなっていく。
「もう日も暮れるし、今日はここまでにしない?」
「もうちょっとだけ」
夕日が沈む頃、ついにアジュは杖を飛ばさないことに成功した。
「やったわね! すごいすごいっ。アジュは天才よ」
「お、おおげさだよ……」
私は飛び跳ねて本人より喜ぶ。
実際、とても嬉しかった。
☆
実は日頃の生活は、魔法を使う上でも非常に大事だ。
乱れた生活をしていると、精神状態も悪くなる。
「早寝早起き、までは言わない。ただ夜中まで起きているのはダメよ」
「……眠れないんだよ」
「じゃあ馬車に轢かれて死んだら魔王に転生した人の話を聞かせるから」
「なにそれ!?」
ここはもう、前世で得たオタク知識が抜群に活きてくる。
マンガや小説で得たものをアウトプットしていく。
夜に話を聞かせてあげると、アジュは早く眠ることが多くなった。
そして一週間が過ぎた頃。
私がいつものように朝食中に話しかけていると、突然ドアが開いた。
「……中、入ったら? 廊下で食べるのはへんだよ」
「いいの? 遠慮なく、お邪魔するね」
私は食事を室内に運ぶ。
近くにいたメイドたちが目を丸くして、顔を見合わせていた。
ケーキも枕も食らわずに、部屋に入れるなんて最高ね。
一緒に食事をとる。
言いたいことは正直いくつかある。
床で食べること。片付けをしないこと。
食べ方のマナー。
でも今はグッと堪える。
それを言って受け入れてもらえるほど、心の距離は近くない。
さて、今日の授業は一歩進んだことを行う。
「もう杖を飛ばさなくなったね。次は炎を出すわ。小さな蝋燭の火をイメージして」
「蝋燭の火」
訓練は何時間も続いた。
その間、アジュは根気強く練習を続ける。
日が沈む頃、ポッと一瞬だけ杖先に火が出る。
「きゃーーっ! やったわねアジュ!? 今のは間違いなく魔法よ!」
「ぼ、僕が、だしたの……?」
「そうよ。あなたが魔法を使ったの! ずっと頑張ってきたもんね。おめでとう!」
私は全力で褒めたつもりだったのだけど、アジュの反応は思ってたのとは違う。
フラフラと歩き、ストンと腰が抜けたように座り込む。
「……ひっく……ひっく…………うぇぇえええん──」
それは突然の号泣だった。
溜め込んでいた感情が爆発するような、そんな泣き方だった。
何年も抱え続けた苦しみから、少し解放されたのだと私は憶測する。
アジュの肩を抱き寄せると、しばらく私の胸の中で彼は泣きじゃくった。
☆
私がここにきて、約二週間が経った。
今日は約束していたアイグルが来ている。
「奥様、彼の気持ちは落ち着いたのですかな? フフッ」
庭で、揶揄うように笑うのはアイグルだ。
その隣にはヨルズもいる。
ついに、アジュの訓練の成果を見せる時がきたのだ。
「最初の一週間は頑張っていたのですが……ここ一週間は訓練を放棄して遊びに出ていたようですね」
冷めたような口調でヨルズが話す。
遊びではなく、外に出て魔法の練習をしていたのだ。
ヨルズやメイドたちに、アジュの力を見られたくなかったから。
「では奥様、見せてもらおうか。二週間の訓練の成果をね、クク」
「アジュ、まずはいつものをやってみせて」
「……うん」
アジュが集中すると、杖先から指先ほどの火がポッと出た。
それを十秒以上も維持する。
実はこれは難しいのだが、アイグルは堪えきれないように噴き出す。
「ハハハハッ! こりゃ参った! なにも出来なかった子供が火を出せた。これはめでたいっ。実にね」
口調が明らかに小馬鹿にしている。
「だがね奥様。わしが教えていたら、人の頭くらいの炎は出せただろうがね」
「勘違いしないでくださいね。これは、ウォーミングアップですから」
「ほう、もっと大きな炎が出せると? 拳程度だろうか!」
アイグルがニヤつく中、アジュは腕を真っ直ぐに伸ばす。
アイグルの横らへんの上空に照準を定める。
「そんな大袈裟な! 庭の草木を燃やすことを心配されておるっ」
「少し黙っててくださる? それともアジュの邪魔をしたいのでしょうか」
「……フン。ならば見せてもらおう」
彼がようやく口を閉じ、庭に静寂が訪れる。
アジュは深く呼吸した後、いつも通り魔法を放った。
──強烈な炎の渦
それがアイグルの頬の近くを通るようにして、天に伸びていく。
威力、熱量、範囲。
どれをとっても八歳の子のレベルじゃない。
熱気に当てられたアイグルが、へたりと腰を抜かすほどだ。
「な、なんだ今のは!?」
「う、うまくできたかな?」
「最高よアジュ! あなたはすごい才能の持ち主だわ」
私が褒め称える横では、アイグルとヨルズが顎が外れそうなほど大口を開けている。
「待て、おかしいぞ……!? 二週間であんな魔法を撃てるわけがない!」
「アジュだから撃てたのです。目の前で見たはずです」
「いや、だが……」
動揺してドモるアイグルの横で、ヨルズもまた落ち着かない様子だ。
「アジュ様は五年間、小さな火すら出せなかったのです。奥様、どんな指導をされたのですか……?」
「あなたたちの指導は一般的に間違ってないと思う。でもアジュに必要なイメージは、炎じゃないわ。自分はできる、というイメージが大事だった」
より天才的な双子と比べられ、また周囲の出来損ないという評価で曲げられていた自信。
私はこれを少し直しただけなのだ。
アイグルに言う。
「魔法理論の前に、心がある。私はそう思いますわ」
「……ぐぐぐ……し、失礼する……!」
プライドを傷つけられたようで、アイグルは下唇を噛みながら去っていく。
「痛だっ──!?」
途中、石につまづいてコケていた。
相当に動揺しているらしい。
一方、ヨルズの方は完全に放心状態で、ただただ立ち尽くす。
普段冷静な彼の目が、確かに潤んでいた。
「……これが、坊っちゃまの本当の才能だったのか……」
悔しいのか、感動なのか、ヨルズの頬に一筋の涙が伝う。
彼は、私に向き直る。
「奥様……あなたこそ、真の指導者です。我々が五年で出来なかったことをわずか二週間で成し遂げました」
「大げさよ。土台はできていたわ。私は最後の一押しをしただけ」
「大変失礼な態度を取りました。約束通り、今日限りでここを立ち去ります」
深々と頭を下げると、ヨルズは邸宅にゆっくりと戻っていく。
切なそうにするアジュに、私は尋ねる。
「あなたは、ヨルズが嫌いだった?」
「……ううん、嫌いじゃない。怖かったけど」
「このまま出ていってほしい?」
その質問にアジュは素早く首を左右に振った。
その態度で、今後の成長に必要な人だとわかる。
「ヨルズ、待って」
「……はい」
「あなたには、まだ伯爵家に残ってほしい」
そう伝えると、彼は目を見開いた。
「あなたの仕事ぶりは真面目だし、三十年も伯爵家に仕えた忠誠心は本物よ。なにより、アジュがね……」
私はアジュの背中を軽く押して、彼の前に出す。
「ヨ、ヨルズが悪いわけじゃない……と思う……。だから、いてよ」
アジュは言語化が、まだあまり上手くない。
それでも精一杯の想いは伝わったらしい。
ここにきて初めて、私はヨルズの笑顔を見た。
「承知しました。このヨルズ、奥様と坊っちゃまのため、粉骨砕身努力いたします……!」
ヨルズは私の前でひざまずき、頭を深く下げる。
彼も伯爵家の未来のため、常にプレッシャーを感じていたのだと思う。
お互いにとって、いい結果になったかな。
その日の夜、私は自室で日記をつける。
一日の出来事と、アジュの成長を記録している。
彼の魔法を見たら、ランス伯爵はどんな顔をするだろうか?
あの無感情が壊れるのか、今から気になってしまう。
コンコン。
ドアがノックされた。
「どうぞ」
入ってきたのは意外にもアジュだった。
「部屋にくるのは初めてね」
「あの……お話聞きたい。眠れないから」
「ええ、もちろんよ。今日はどんな話にしようかな」
「冒険のやつがいい!」
すごく元気に答えるので、私も自然と笑みがこぼれる。
どこにでもいる八歳となにも変わらない。
部屋に向かう途中、突然アジュが立ち止まった。
様子が変だ。
指をもじもじさせ、上目遣いで私を見てくる。
首を傾げると、彼は緊張気味に話す。
「あの……前のやつ、ごめん……」
「前のやつ?」
「ケーキとか、あと……ブスって言って本当にごめんなさい」
あぁ、そんなこと……!?
アジュはずっと気にしていたらしい。
不安で、今にも泣きそうな顔をしている。
私はしゃがんで、彼の目をしっかりと見つめる。
「ちゃんと謝ってくれたから許すね。私のことは無理に母とは呼ばなくてもいいから。呼びたくなった時に、好きに呼んでね」
「うん! わかった、ユミルさん!」
ちゃんと敬称をつけるのは偉いね。
頭を撫でてあげると、照れたのか下を向いておどおどし出す。
部屋にいき、私は彼が眠るまで日本で読んだ小説の物語を語って聞かせた。
「スゥー、スゥー」
小さな寝息を立てる彼の寝顔は、天使と表現するしかない。
やっぱり子供は宝物だ。
私は音を立てないよう気をつけて、部屋から出ていく。
明日は、私が料理を作ってあげようか。
本日4話まで投稿予定です
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