第7話 思い出の地、押上
「委任状書けました?」
「ああ、書けたよ。しかし便利だね、これ一枚でほとんどの手続きを肩代わりしてもらえるなんて」
「真琴さんが一枚で済む本人確認書類持ってればもっと楽に済んでましたけどね」
「耳が痛いな」
迎えた月曜日、二人は仕事を休んで役所巡りに繰り出そうとしていた。
委任状を書いてもらっていたのは、本人確認書類を持っていない真琴の代わりに悠人が窓口で対応したほうが早いと判断したからだ。委任状と来庁者の本人確認書類があれば、大抵の手続きはクリアできる。
「じゃあ、行きますか」
最初の目的地は墨田区役所。都営浅草線本所吾妻橋駅から徒歩五分ほどで着く、役所にしてはそこそこ立地がいい建物である。
青砥駅から本所吾妻橋駅は電車で十分ほど。悠人と真琴の初めてのお出かけにしては、あまりにも短い旅程だ。
とはいえ、今日の目的はあくまで転出入の手続き。遊びに行くわけではない。
さっさと終わらせたいところだが、今は三月の下旬。そして月曜日。二つの役所合わせて丸一日かかるような混雑具合だろう。
ある程度覚悟を決めて、悠人は墨田区役所に乗り込んだ。
開庁時間である九時過ぎに着いたはずだが、すでに窓口課の窓口はそこそこの混雑を見せていた。
「今日、平日だよな?」
それを見て、真琴が信じられないといった様子でぼやく。
「ええ、平日です。しかも九時です」
「悠人くん、役所、土日も開けたら?」
「無茶言わないでください」
生きていく上で必要な手続きが仕事を休まないとできないということ自体は確かにおかしいと思うが、とはいえこちらも仕事なのだ。土日まで役所を開庁させるのであれば、今の一・五倍の人員は必要になる。当然予算も一・五倍になるだろう。どう考えても現実的ではない。
「ほら、とりあえず整理券取りに行きますよ」
「帰りたい……」
またもぼやく真琴を引きずって、悠人は受付へと向かった。
◆
待つこと三時間弱。ようやく順番が回ってきた悠人は、委任状を手に転出の手続きを終え、無事転出証明書を手に入れた。
「たかが転出の手続きに三時間……? 正気か……?」
隣で干からびている真琴がなんとか声を出す。真琴的にはもう限界なのだろうが、まだ転入手続きが残っている。まだ頑張ってもらわないといけない。
「まだ午後もありますからね。でもまあ一旦お昼ご飯食べに行きましょ。なに食べたいですか?」
「…………焼肉」
「いいですね。どうせならいい肉をランチで食べましょう」
「……君は否定を知らないのか?」
そんな真琴のツッコミを無視して、悠人は再度真琴を引きずって墨田区役所を出た。
引きずっている最中、「もういっそ最初の時みたいにおんぶでもしてくれないか?」と真剣に打診されたが、それは丁重に断っておいた。こんな真っ昼間からそんなことできるわけない。
二人は押上に戻り、焼肉屋を探して入店した。平日の昼間だというのに、店内は八割程度埋まっている。大半は外国人観光客で、東京スカイツリーの観光地としての人気を悠人は再確認した。
「スカイツリーか。そういえば行ったことないな。君は?」
店員に案内された席に座りながら、真琴がそんなことを投げかけた。
「……例の子との初デートがソラマチで、スカイツリーにも行きました」
「いやその……すまない」
「やめて! 謝らないで!」
謝られるほうがいたたまれなくなる。
「お詫びと言ったらなんだが……行くかい? 上書きという意味で」
「逆にいいんですか? お疲れでは……?」
「なに、一日くらい大丈夫さ。それに、今日のお礼も兼ねてる」
「……そういうことなら。手続き終わったら、行きましょう」
「ああ、楽しみだ。だがその前にお昼だな、なにを食べようか」
注文しようと、メニューを開く。手頃なランチセットからそのセットの数倍はするセットなど、多種多様なランチセットが用意されていた。
「あ、これいいじゃないですか。特選三種盛合せ定食」
「どれどれ……ってこれ五千円もするじゃないか! 君は馬鹿か!?」
「いいじゃないですかたまには。平日に良い焼肉屋で高いランチ食べるなんて、そうそうないですよ?」
「いやまあ、そうかもしれないが……」
悠人が誘惑するが、真琴は渋ったままだ。
「真琴さんって、意外と常識人なんですね」
「意外ととは失礼な。私は信じられないくらい怠惰なだけで、他は比較的しっかりしてるぞ」
「信じられないくらい怠惰であることを恥じてくださいよ」
いろいろとぶっ飛んでいるところはあるが、それでも人間としてダメなラインは超えてこないため、なんだかまともな人間寄りに見えてしまうのが真琴の不思議なところだった。
なにより金銭面でだらしなくないところや金銭感覚がまともなところが、悠人的には好感度が高い。
実際、その怠惰なところも悠人からしてみればなにも問題ないというのが事実なのだが。
まあとりあえず、今は昼食のことを考えよう。
「どうします? 俺はこれ頼みますよ?」
「…………私もそれにする」
悩んだ挙句、二人とも一番高いランチセットを頼むことにした。
そして頼んだ後も、雑談は続く。
「真琴さん押上に住んでたんですよね? この焼肉屋とか行ったことないんですか?」
「ないね。基本的に家と職場の往復しかしないからね、私」
「うわ、すげえ真琴さんっぽい」
「君は押上よく来るのかい?」
「あ、はい。直近例の子と四~五回は来てますね」
「なあ君わざとか? わざとだよな?」
そんなこんなで頼んだランチに舌鼓を打って、二人は体力をフル回復させてから店を出た。
またここから長い戦いが続くのだ。




