第5話 オムライス
悠人が重い瞼を開けスマートフォンで時刻を確認すると、すでにお昼の12時を回っていた。
——朝チュンならぬ昼チュンか……。
回らぬ頭で馬鹿なことを思いつつ、昨夜のことをぼんやりと思い出す。
途中でスイッチが入って止まらなくなり、気づけば朝だった。こんなことは人生で初めてで悠人も戸惑ったが、真琴が優しく受け入れてくれるので歯止めが効かなくなったことを覚えている。
おかげで寝不足と筋肉痛だ。こんなに動いたのは久しぶりで、日頃の運動不足を実感する。
「……起きるか」
もう少し寝たい気持ちはあったが、どこまでも眠ってしまいそうなので無理矢理起きる。
悠人は身体を起こして、隣でぐっすり眠る真琴を見つめた。
彼女は死んだようにぐっすりと寝ている。
「真琴さん、もう昼ですよ」
そう声をかけるが、当然に返ってくる声はない。
——休日とか、いつまでも寝てるんだろうな。
そんなことを思いながら真琴の頭を撫で、悠人は立ち上がって大きな伸びをした。
「……シャワー浴びよう」
◆
ゆっくりとシャワーを浴びたつもりの悠人だったが、真琴は依然としてベッドに横たわっていた。ただただ寝ている。
何をしても起きなさそうなので、部屋の片付けを始めた。昨日の夜は荒れに荒れたので、ゴミが散乱している。
ビニール袋を広げ、最低限の分別をしながらゴミを突っ込んでいく。それなりに音が出ているはずだが、真琴は一切起きる様子を見せない。
ふと、そのタイミングで悠人のお腹が鳴った。
時刻はすでに十三時を過ぎている。昨日の深夜から何も食べていないので、お腹も空くはずだ。
「……このままご飯も作るか」
料理をしても真琴が起きないと確信した悠人は、そのままキッチンに立った。とはいえ、まともに買い物をできていないので冷蔵庫の中にあるもので完結させなければならない。
「冷凍ご飯と……卵はあるな。ウインナーとケチャップもある。……いつものオムライスかな」
これを人様に振る舞うのはどうかとも思ったが、真琴がそれを気にするともなぜか思えなかった。
悠人は不思議な感覚になりながら、実家にいた頃からよく食べていた簡単オムライスを作り始める。具がウインナーだけの、ひたすらにシンプルなオムライスだ。
お店で食べるようなオムライスとは比べ物にならないくらい楽をした作りなのだが、悠人はなぜかこのオムライスが好きだった。
その味を、真琴に共有したいという気持ちが悠人にはあった。なぜかはわからない。ただ、食べてみてほしいと思う。
一人暮らしを始めてから何度も作っているため、気がつけば目の前の料理は完成に近づいていた。皿に盛り付けていたケチャップライスの上に、半熟気味の卵を乗せる。真ん中で割ったら綺麗に開くオムレツを作る芸当など、悠人にはない。
皿をリビングに持って行き、真琴に声をかける。
「真琴さん、起きてください。もうお昼です。お昼ご飯も作りましたから」
「……」
反応がないので、皿をテーブルの上に置いて今度は身体を揺する。
「ほら、冷めちゃいますよ」
すると真琴は「んん……」と少し色っぽい声を出して身体を動かした。
「……あと二時間」
「五分とかじゃないんだ。結構ガッツリいきますね」
「……君、やっぱり変だよ」
真琴はそう言いながらゆっくりと身体を起こし、大きくあくびをした。
「おはようございます、真琴さん。お昼ご飯できてますよ」
「おはよう。ん、美味しそうなオムライスだね。顔洗ってきたら食べるよ。洗面所のものは使っても?」
悠人が頷くと、真琴はお礼を言ってから立ち上がった。かろうじてTシャツで隠れてはいるが、ズボンは履いておらずスラっと伸びた生足が目の前に現れる。昨日散々見たはずだが、朝からこれはなかなか刺激的だ。
「なんか履いたらどうです?」
「あー、考えておくよ」
真琴は適当にひらひらと手を振って洗面所に消えていった。
「絶対履かないやつじゃん……」
そんな悪態をつきながら、悠人は目の前のオムライスに目を落とした。
不思議な光景だなと、呑気に思う。
昨日公園で酔い潰れていた女性と一夜過ごし、あまつさえ昼食まで一緒に取ろうとしているのだ。人生なにが起きるかわからないものである。
これからどうなっていくのか。考えることは山ほどあるし、いつまでもこのままというわけにはいかない。
とはいえ、今は目の前の日々を過ごすのに精一杯。まずはこの土日をどう過ごすかだ。
「お待たせ」
ちょうどいいタイミングで真琴が帰ってきて、悠人の隣に腰を下ろした。
「食べますか」
「ああ、いただこう」
二人で手を合わせ、オムライスを食べ始める。悠人は何食わぬ顔でオムライスを口に運ぶが、何よりも真琴の反応が気になっていた。なんでもないという顔をしつつ、横目で様子を伺う。
「うん、シンプルで美味しいね。よく作るのかい?」
その感想に心から安堵しつつ、悠人は答えた。
「そうですね。実家にいた頃はよく作ってもらってて、一人暮らしを始めても作ってました。ウインナーしか入ってないですけど、なんか好きなんですよね」
「はは、本当に好きなんだね。顔にそう書いてあるよ」
「……そんなにわかりやすいですかね、俺」
「自分のことなんて意外わからないものさ。それに私も好きだな、このオムライス。また今度作ってくれないか?」
「もちろんです。いくらでも作ります」
自分が好きなものを好きと言われるのは、こうも嬉しいものなんだなと悠人は思った。悠人の所感だが、真琴が合わせて言っているようにも思えない。荒んだ心が、少しずつ潤っていくのを感じる。
オムライスを食べ終えての食休み中、悠人はなんの気無しに切り出した。
「今日はどうします?」
真琴は意外にも、その問いに即答する。
「昨日失くしたスマホと財布を取りに行きたいな。さすがにどちらもないのは落ち着かない」
肩をすくめて笑う真琴に、苦笑いで返す悠人。ここまでしておいてまだ身分の確認ができていないのはもう笑うしかない。
「そういうことなら早く行きましょうか。服は俺ので我慢してください」
「贅沢は言わないよ。外に出られればなんでもいいからね」
悠人はクローゼットの中から、真琴が着ていてもおかしくない服を適当に見繕い、真琴に手渡す。
すると真琴はその場で着ていたTシャツを脱ぎ始めた。
「ちょ、真琴さんストップ! 着替えるなら洗面所で!」
悠人が慌てて止めると、真琴は心底不思議そうな顔をした。
「今更何を……? 昨日全部見たじゃないか」
「いやそれはそうなんですけど! なんか意味合いが違うっていうか!」
「……?」
「いいです俺があっち行きます!」
何を言っても無駄そうだったので、なぜか悠人が洗面所に駆け込んだ。確かに何を今更かもしれない。あそこで真琴がTシャツを脱いだからと言って、見るものはせいぜい下着姿だ。昨日見たものに比べれば、レーティングはだいぶ低い。
だが、それでも。
それはそういう時に見るものであって、日常的に見るものではない。というのが悠人の持論である。
恐らくこの辺りの感覚は、真琴には一生理解できないだろう。そんな気がする。
少し待つと、扉の向こうから「もういいぞ~」と言う真琴の間延びした声が聞こえた。
「君がそっち行く必要あったか?」
「俺にはあったんです。ほら、準備できたから行きますよ」




