第31話 尋問
リビングは予想通り——というか予想以上に広く、悠人の部屋の数倍はあろうかという広さに、派手さこそないがモダンでシックな家具が置かれている。
そして、リビングの一番目立つところに鎮座するは、件の二人——真琴の両親だ。
父親は灰色がかった短髪を七三に分け、眼鏡をかけている。体つきはがっしりしており今でもトレーニングを欠かしていないのだろうと想像できる。
一方で母親は、真琴の姉と言われても信じてしまうほどの美貌の持ち主で、黒く艶やかな髪を胸の辺りまで伸ばし、陶器のような白い肌には皺の一つもない。
——二人とも若……年齢が読めん。
そんな父親は眼光鋭く悠人を見つめ、母親は一瞥したきり手元のティーカップに目線を落として一度も目が合っていない。予想通りというかなんというか、歓迎されている雰囲気はなかった。
——俺、一応客だよな?
そんな思いを抱きつつも、ここは悠人も大人として対応しなければいけない場面。それに同棲ないし結婚の許しを得に来ているのだから、この対応も当然かもしれない。
悠人は頭と心を切り替えて、努めて明るく誠実そうな声を出した。
「初めまして。真琴さんとおつきあいさせていただいている片桐悠人と申します」
お付き合いさせていただいている、で父親がピクッと動いた気がしたが、気にせず続ける。
「本日はお時間いただきありがとうございます。こちら、よろしければどうぞ」
そう言いながら、今日ここに来る前にデパートで買ってきたお土産を差し出す。正直この家に何をあげても失礼に当たる気がしたから、この場面にふさわしそうな格のど定番のものを買ってきた。何も渡さないよりはマシなはずだ。
「これはご丁寧に、どうも」
そう上品な動作で受け取ったのは母親。愛想が悪いわけでも良いわけでもないが、淡々としている印象を受けた。なんというか、箔がある。
「どうぞお掛けになって」
「はい、失礼します」
促され、これまた良質そうな椅子に腰掛ける。悠人の家にある椅子とは大違いだ。
そして戦い(?)の火蓋が切られる。
切り出したのは、意外にも真琴の父親だった。
「今日はわざわざ来てもらってすまないね。父の俊彦だ」
その言葉に、隣に座る母親も続ける。
「母の恵です」
どうやらこの場の仕切りは俊彦が行うらしく、恵は再度手元のティーカップに目線を落とした。怖い。
ただ、どこの馬の骨発言をしていた俊彦は思っていたより落ち着いており、会話は問題なくできそうだ。初手から殺されてもおかしくはないなと思っていたので、その点は大人な対応をしてくれる俊彦に感謝しなければならない。
「それで早速だが……二人はどこで知り合ったんだね?」
「「——」」
初手からかまされて思わず天を仰ぎたくなる。真琴も似たような反応だ。
いや、この質問自体は何もおかしくない。おかしいのは悠人と真琴なのだ。
俊彦としては、時系列で二人の関係を聞こうとしているに過ぎず、あくまでアイスブレイク的な意味合いの問いだろう。それがまさか二人の地雷を踏み抜いているとは思ってもないはず。
それに加えて、昨日の今日の話なので、この件に関して真琴と充分な話し合いの時間が取れず、問答の方針というものが一切ないままこの場に挑んでいる。
戦場に武器も持たず繰り出すような行為だが、それでもここを乗り切るしか道は残されていない。
言い淀んだら終わり。けれど、無から創作する能力もない。適度に嘘を織り交ぜつつ、後は真琴のフォローに期待することにして、悠人は口を開く。
「真琴さんが酔い潰れているところを介抱したことがきっかけです。行くあてがないとのことだったので、私の家で居候する運びになりました」
——我ながら何を言ってるんだろう、これは。
相当な部分を省いて、二人の出会いを端的に説明する。
一言で説明しようとするとこんなわけのわからない説明になるのだと、他人事のように思う。
当然、俊彦が受け入れられるわけもなく。
「……待ってくれ。いきなりついていけないのだが……真琴が酔い潰れていた?」
どこから触れたらいいのやら、という様子で、俊彦は問いを投げる。
「はい、たまたま同じお店で飲んでいて……見ていて心配になるくらい飲んでいたので、こちらから声をかけたんです」
嘘である。店じゃなく公園だ。なんならもう潰れた後だ。
「それはいわゆるナンパじゃないのかね?」
確かにそうとられてもおかしくはない状況ではある。娘をナンパ男に渡したくもないだろう。どう答えるべきか頭を悩ませていると、横から助け舟が出る。
「それは違う。話しかけられた時はまだ記憶があったが、下心のようなものは感じなかった。純粋に心配してくれていたよ、そこは保証する」
ダウトである。真琴は自分が何を言ったかさえも覚えていない。
とはいえナイスフォローだ。下心がなかったことも事実である。
真琴がすぐさま反論したからか、俊彦もそこは納得した様子。
「そうか……ならそこはいい。ではなぜ、そこですぐこちらに連絡をしなかった?」
これは明確に真琴への質問だった。ここで悠人が答えては顰蹙を買うだけ。
——頼む真琴さん堪えてくれ……!
そんなのどう考えても折り合いが悪いから以外の何物でもないのだが、それを言ってしまうと場の空気が凍ってしまう。
「それは……急に帰っても迷惑になると思ったからだ。すぐに説明しなかったのも悪いと思っている」
反射で本音が出そうではあったが、真琴はなんとか抑え、なんと反省の意さえ表した。あまりも偉い。これは帰ったら褒め殺ししなければいけないだろう。
「……わかった。そこも水に流そう。しかし話を聞く限り出会ってまだ日は浅いようだな。それで同棲とは、思い切ったことをする。そこはどう考えている?」
——尋問かな?
もう挨拶というより取り調べを受けている気分だ。被疑者とはこんな気持ちなのだろうか。
しかし、俊彦の言うこともわかる。
実際出会ってから一ヶ月と少ししか経っていないし、本人たちは良くとも周りが心配するということはあり得るだろう。だが、そこまで柔な付き合い方を悠人と真琴の二人はしていない。
この一ヶ月は今までの人生で一番濃密だったと言っても過言ではないのだ。
だから回答も、言い淀むことなくはっきりと口に出せた。
「確かに、一般的な感覚では一ヶ月という月日は短いかもしれませんが、私たちは誰よりも濃い時間を一緒に過ごしました。まだ知らないことは多いでしょうが、互いのことは理解し合えていると確信しています」
こちらも思わず面接のような答え方になってしまうが、面接とは違い本心しか言っていない。
真琴のことを本質から理解できるのは自分しかいないと思っているし、逆もまた然りだ。
時間の長さというものも一つ重要なファクターかもしれないが、悠人と真琴には当てはまらないと言うだけの話。
それでも俊彦は、疑う目をやめなかった。
「だが真琴は家事ができない。君が全て担うということかな?」
「はい、そのつもりです」
「仕事しながらでは大変だろう。食事が粗末なものになったりしないか?」
そんなことあるわけないと反論しようとした時、横に座る真琴が口を開いた。
「それはないな。この一ヶ月間、悠人くんが作ってくれた食事で手を抜かれたものは一切なかった。朝食でさえもだ。それは断言できる」
横からありがたい援護射撃が飛び、悠人の発言に説得力が増す。
それに、と真琴が続けた。
「私も最近家事をし始めた。まだ至らぬことばかりだが、悠人くんにばかり負担をかけさせるような真似はしないつもりだ」
「真琴が……家事を……?」
娘の発言にも関わらず、信じられないといった様子で目を見張る俊彦。その隣に座る母——恵も、驚愕の視線を真琴に向けた。
「なんだ、二人して……。まあ信じられない気持ちはわかるが、私がそこまでしたいと思えるような男ってことがわかってもらえればいい」
真琴は両親を前にしてそう言い切った。
——すげえな、この人は。
相変わらずかっこいいというか、堂々としているというか、自分の両親の前でこうも言い切れる人がどれだけいるだろうか。少しは気恥ずかしさを感じそうなものだが、真琴にそういったものは一切ない。
こんなの、嬉しくないわけなかった。
その期待に応えようと、悠人はより一層気合いが入る。
「ほ、本当か……?」
なお信じられないのか、俊彦は確認するように悠人に問いかけた。
「本当ですよ、この前も夜ご飯作ってもらいました」
まだ一度きりだが、さすが器用なだけあってレシピ通りに作ることができていたし、味も申し分なかった。
本当にただただ怠惰なだけで、やればなんでもできるのだろう。真琴が本気を出せば、家事の腕前なんてすぐに抜かされるはずだ。だからと言って、家事の役割から降りる気は毛頭ないが。
俊彦はなおも疑うような視線を真琴に向けていたが、仕切り直しと言わんばかりに咳払いをして、改めて悠人の方に向き直った。
「悠人くん……と言ったかな? 仕事は何を?」
なんだか今度は面接みたいになってきたが、真琴があそこまで言ってくれたのだ。躊躇するような内容でもないし、ここまできたら俊彦にとことん付き合おう。
「はい、正規の職員として葛飾区役所に勤めています」
「部署は?」
「今は保育園の入所選考に携わる部署にいます」
それからというもの、俊彦は一問一答のような形式で悠人の個人情報を根掘り葉掘り聞いていった。
それも出身大学や高校、家族構成に始まり、誠にも聞かれたことないようなものまで幅広くだ。
一般的な感覚で見れば、俊彦の行為はとても褒められたものではないだろう。しかし、不思議と悠人は嫌な気持ちにならなかった。
恐らく、俊彦のこの行動が娘を心の底から心配しているからこそ出るものだと、なんとなくではあるが感覚的にわかるからだ。
家族同士で付き合いのあった、家柄も人柄もよく知っている人間と別れた後にすぐに別の男と仲良くなって一ヶ月で同棲、結婚なんて話が出たら心配するのも当然。
もしかしたら今この場にいることを許されているだけで儲け物かもしれない。
仮に自分に娘がいて同じような状況になったら、全力でその男のことを警戒して俊彦と同じ行動を取る自信がある。
何よりも、ここで引いて後悔するようなことだけは絶対に避けたい。そうしなければ、真琴にも、そして凪にも申し訳が立たない。
だからそんな質問にも、軽快に答えていた、その時——。
「もう充分でしょう」
沈黙を貫いていた真琴の母——恵が、その場をたんと切るように口を開いた。




